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027 五月五日

 明日からゴールデンウィークが始まる。

 いつものように、学校の図書室で新聞を読んでいると、気になる記事を見つけた。


「そうか……アレがはじまるのか」

 専務だった菱前ひしまえ宣人のぶとが、ヒシマエ重工の副社長に就任したというニュースだ。


『夢』の中で俺は、社長になった彼と会ったことがある。

 彼の目の前で、ヒシマエ重工の経営権を奪ったのだ。


 疲労と焦燥、恨みと辛みがないまぜになった彼の顔は、よく覚えている。

 経営権譲渡の書類にサインさせたとき、彼の手は、見て分かるほどに震えていた。


「とすると……この時期から、水面下で動きがあったわけか」

 新聞には通り一遍のこととしか書かれていない。


 だが、彼が副社長になった経緯を俺は知っている。

 ヒシマエ重工はこのあと、に巻き込まれる。


 巨大な損失を出すことになるのだ。

 銀行詐欺に騙された企業ということで、ヒシマエ重工の業績は下がり続ける。


 失われた10年と言われる不況の中、相当がんばったのだと思う。

 だが現社長が死に、いまの副社長が社長になっても業績の回復は見込めなかった。


 結果、弱体化したヒシマエ重工はなす術なく、荘和コーポレーションに吸収されたのである。

 これによって、母体が倍以上に膨れあがった荘和コーポレーションは、ようやく世界を相手に戦えるようになった。


「『夢』の通りに進めば、ヒシマエ重工が凋落して、荘和コーポレーションが躍進するのか……少しやっかいだな」

 俺が入社したことで、荘和コーポレーションは飛躍的に業績を伸ばした。


 もし俺がいなくても、だれかが同じことをやったかもしれない。

 一人では無理でも、複数人でとりかかれば、達成できたはずだ。


 荘和コーポレーションのことは、いま置いておこう。

 問題はヒシマエ重工だ。現在進行中の『巨額銀行詐欺事件』にまったく気づいていない。


 将来のこととはいえ、荘和コーポレーションが大きくなる足がかりを残しておきたくないのだが……。

 動くべきか、動かざるべきか、それが問題だ。


 ハムレットを気取ったわけではないが、ここは悩み所だ。

 俺は新聞を閉じて、ヒシマエ重工について考えてみた。


「この時期のヒシマエ重工に不安材料はない。銀行事業にさえ、興味を示さなければ……」

 いや、業績が好調だからこそ、話に乗ったのか。


 いま俺は、舞台の脚本が分かった上で演劇を見ているようだ。

 そして望ましくない方へと、劇は進んでいく。


「……よし、介入しよう!」

 荘和コーポレーションに復讐するためにも、ここでヒシマエ重工にコケてもらっては困る。


 放課後、まっすぐに家へ帰ると、俺は机の引き出しからレターセットを取り出した。

 いまから手紙を書く。


 相手は新副社長の宣人氏ではなく、ヒシマエ重工の実権を握っている現社長――経済界の怪人とまで称された菱前老人にする。

 ラスボス級の相手だが、より強い権限を持っている方が、話が早い。


 俺は、思いつくままにペンを走らせた。

 いまだメディアに発表されていない銀行買収について大事な話がある。


 五月最後の日曜日にへ伺うので、話を聞くつもりがあるなら在宅していてほしい。

 強制はしない。


 ただし、この情報はマスコミに流す用意ができている。

 当日、その辺のところも話し合いたい。


 くどいようだが、こちらから強制はしない。

 会えなければ、マスコミに情報が流れることになるが、それは了承してほしい。そんな内容だ。


 手紙を二度、読み返した。

「……うん。どう解釈しても、脅しだな」


 初手から喧嘩を売るような内容だが、一介の高校生が怪人とサシで話すには、これくらいのインパクトが必要なはずだ。

 悪感情を抱かれても、興味を持ってもらわなければ、会うことすら叶わない。


 もっとも今回、会ってくれなければ、本当に情報をマスコミに流すつもりだ。

 つまりこの文面は、警告の意味も含んでいる。


「よし、これでいい。買い物に行こう」

 手紙を出すついでに、通り魔対策のための買い物をしよう。


 俺は手紙を持って、家を出た。




 菱前老人に手紙を出した日から一週間経過した。

 今日は五月五日のこどもの日、ゴールデンウィークの最終日だ。


「……どうしてこうなった」

 通り魔を見つけようと駅に向かったら、名出さんに見つかった。


 もう一度言おう。どうしてこうなった?

「大賀くん、今日も不審者を探しにいくんでしょう? でも、エラいと思うよ。あたしもついてっていい?」


 無邪気にそう言われ、頭を抱えたくなった。

 今日、この周辺のどこかで殺人事件が起こるのだ。


 さて、どうするか。

 名出さんの申し出を断るのは簡単だが、こっそり俺のあとをつけられても困る。


 この前、なぜ俺が名出さんのストーキングに気づかなかったのか。

 彼女は、足音と気配を消すのがうまいのだ。まるで肉食獣のように。


 そして、こっそりあとをつける。

 いかにも名出さんがやりそうなことだ。


 しばらく悩んだすえ、俺は彼女の申し出を受けることにした。

「不審者を捜すんだ。危険が伴うぞ」


「そうだね。それで、どうするの?」

 名出さんは、まったく動じていない。


「この駅にはカラオケボックスが二軒ある。そこを見張ろうと思う。場所を教えるから、名出さんは……そうだな、俺たちくらいの集団が入ってきたら、知らせてくれ」


「カラオケボックスの張り込みだね! 分かった、やってみるわ」

「なら、これを持っていて。もし黒コートの不審者を見つけたら、すぐに鳴らすんだ」


 俺はこの前買った防犯ベルを名出さんに渡した。

「大賀くん。こんなもの、いつも持ってるの?」


「いや、このために買ったんだ。黒コートを見かけたら、すぐにベルを鳴らすんだ。決して近づいてはだめだぞ」

「あたし、女の子だもん。そんなの分かってるよ」


「じゃ、頼む」

「うん、まかせて!」


 名出さんには、見張りがしやすいボーリング場の方をお願いした。


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