「なあ、今度は
先ほどから
「おまえな……」
「名出さんの親父さんと会ったんだろ。なら次は、おれの番じゃん」
「…………」
とにかく吉兆院がうるさい。
先日、リミスの事務所を訪問して名出さんのお父さんと話をした。
そのことを知った吉兆院が、今度は自分の番だと譲らないのだ。順番って、俺は家庭訪問の教師か?
吉兆院建設は大きい。
この当時ですら、日本全国でさまざまな公共事業を行っている。
道路などのインフラ整備、企業の本社ビル建設、地方で工場の設置、山を切り崩してのリゾート開発やニュータウン事業など、手がけている案件は多く、その種類も多岐にわたる。
リミスとは比べものにならない規模だ。
その時点でさえ、荘和コーポレーションよりも大きな会社だった。
つまり、いまの時点で不安要素はない。
もちろん問題も抱えているが、それは経済の動きとは関係ない。
このあと吉兆院
だが、社長となった
内部抗争を収めるため、先代が社長に復帰するのだが、その過程で吉兆院建設が抱える問題が表面化するようになる。
優馬は社長就任直後から試練の道を歩むはずだ。
それは分かる……分かるのだが、なぜ俺が優馬の祖父と会わなければならないのか。
もし会うとしても10年後でも間に合うと思う。
「頼むよ」
たしかに『夢』の中で俺は、吉兆院建設に助けられた。
会社に裏切られ、周りがどんどんと離れていく中で、リミスとともに助けてくれたのだ。
ハッキリ言って俺は、吉兆院建設に多大な恩がある。
恨まれても仕方ないのに、助けてくれたのだから、その恩の重さは計り知れない。
「……分かった。会うよ」
「やったぁ!」
「ただし、おまえの爺さんが『うん』と言えばだからな。無理に会う必要はない」
「分かった。じいちゃんにそう言っとく」
なぜか吉兆院は、とても上機嫌だった。
何事もなく、数日が過ぎた。
五月も中旬となり、暖かい日が続く。
先日の通り魔事件だが、逮捕されてもニュースにならなかった。
少なくとも、俺がチェックしている新聞には影も形もない。
(連続事件の犯人じゃなかったのか……?)
もしそうならば、警察官相手に思わせぶりに伝えた俺が馬鹿みたいだ。
そんなことを思っていたら……。
『――次のニュースです。先日、女子大生を包丁で傷つけ、逮捕された
あの事件が、朝のテレビで大きく扱われた。
どうやら杞憂だったらしく、『夢』の中でおきた未解決連続通り魔事件は、これで解決しそうな雰囲気だ。
「おにいちゃん、怖いね」
「……ああ」
妹が食パンにピーナッツバターをたっぷり塗りながら「怖い、怖い」と連呼している。
鼻唄をうたいながら手も止まっていないので、あまり説得力はない。
「春は変質者が多いからな、
「通り魔だよ? どう気をつければいいのよ」
「暗い道を一人で歩かない。声をかけられてもついてかない。何かあったらすぐに大声を出して逃げる。それから……」
「分かったから。それにわたしは、これがあるから大丈夫!」
妹が取り出したのは、防犯ブザーの『まもるくん』だ。
中学校で、全校生徒に配られるやつだ。ちなみに俺も貰った。
「おまえそれ、ヒモ抜いてみな」
「えっ? どうして? うるさく鳴るよ」
「責任は俺が取る。練習だと思って、やってごらん」
「どうなっても知らないからね……えいっ!」
――ぴぃろろろ
電話の着信程度の音量がスピーカーから流れた。
「……あれれ?」
「それは、入学時に学校から配布されたやつだろ? 安物でな、一年ほどで電池切れをおこすんだ。新しい電池に取り替えた方がいいぞ」
「え~、知らなかったよ」
「俺たちの代だと、結構イタズラで鳴らす奴が多くて、みんな知ってるんだけどな」
学校へ納入する業者をどうやって選定するのか。
それは入札で、一番値段の安いところが選ばれる。
学校側はたとえ品質に問題があると思っていても、それを理由に業者を外せない。
それができてしまうと、理由さえつくれば、
いま冬美が持っている防犯ブザーは、最も安く価格を提示した業者の製品であり、おそらくだが、五年分の納入とかそういった契約だったのだろう。
俺がもらった『まもるくん』と、色も形もまったく一緒だ。
冬美が貰ったのは一年前だが、製造はもっと古いのかもしれない。
何にせよそれは、防犯の役目を果たさない防犯ブザーとなり成り果てていた。
「電池入れ替えてくる。それとみんなに教えなきゃっ!」
「それがいいぞ」
役所や学校の入札は、応募の時点で
その場で品質が確認できるものはいいが、備蓄品などそうはいかない。
値段だけで納入業者を選ぶのは本当に危険なのだ。
しばらくして妹がやってきて「これに合う電池がなかったから、新しいのほしい」と、一緒に防犯ブザーを買いに行くことになった。
妹と一緒の買い物。『夢』の中の時間を入れたら、何十年ぶりのことだろうか。
護身用に、「それとは見えない隠し武器でも持っておくか?」と提案したら、「わたしは何と戦うのよ」とジト目で見られた。
隠し武器で攻撃し、怯んだ隙に防犯ブザーを鳴らしながら逃走すれば、普通は追ってこないと思うのだが。
それが嫌なら、俺が受けた特殊訓練でも伝授してやろうか。
夏休みを全部使えば、素人男性を怯ませる攻撃くらい、マスターできるはずだ。
「おにいちゃん、買い物いくよ。ホラ立って!」
「分かったよ。それで中東で役に立つ技があるんだが……」
俺は妹にせかされながら、立ち上がった。