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031 空白の二日間

 学校へ行くと、吉兆院が満面の笑みで待っていた。

「なんだよ、ニコニコして。気持ち悪いぞ」


「じいちゃんも会いたいって。そんで、来月の中旬になれば、時間大丈夫みたい」

 昨日の話の続きらしい。


「それはいいけど……本当に俺と会いたいのか? なぜ?」

 会社の社長がわざわざ時間を割いてまで、孫の友達と会いたがるだろうか?


「うーん、名出さんとこから話を聞いたんじゃない?」

「……ああ、そうか。仕事繋がりだな」


 ウッカリしていた。

 近所で長いこと似たような仕事をしているのだ。交流がないわけがない。


「もしかして、名出さんのこと、昔から知ってた?」

「おれ? そうだね。同い年だし、何度か会ったことあるかな」


 中学校は別々なのは知っていたが、以前からの知り合いだったようだ。

 こういうのは、本人から話を聞かないと、分からないものだな。


『夢』の中で吉兆院建設とリミスが共同で俺の無実を調べてくれたのは、昔からのつながりも関係していたのかもしれない。


 なぜあの二つの企業が……とは思っていたのだが、そういうカラクリがあったのか。

「ならば、ぜひとも会わせてもらおうか」


 向こうが会ってもよいと言っているのだ。

『夢』の中の恩を一部でも返しておこう。


 この二人は知らないだろうが、あの時の俺は完全に追いつめられていた。

 味方が現れて、どれだけ心強かったことか。


 この「のほほん」として、何も考えていないような吉兆院が社長に就任したとき、苦労しないための下地くらいは作ってもいいかもしれない。


 それにこれは、吉兆院だけの話ではない。俺の為でもある。

 というのも俺はいま、荘和コーポレーションを潰すための計画を思いついていた。


 かつて戦国時代、台頭してきた織田家に対抗するため、周辺大名の多くが協力した。信長包囲網である。

 あれを現代に蘇らせようと思う。


 荘和コーポレーションを囲んで潰す。

 その布石をひとつ、打っておこうではないか。


「六月の中旬だな」

「うん。その頃になれば、じいちゃんが抱えてる仕事が一段落するんだって」


「分かった。詳しい日程は、近くなったら教えてくれ」

 四季報を見て、いまの吉兆院建設の規模などは理解している。


 それに2000年以降の動きならばよく覚えている。

 だがこの頃の吉兆院建設が何をしていたのか、まったく知らない。


 時間もあるし、吉兆院建設だけでなく、同業他社も少し調べておくか。

 この時代の建築業界全体を知ることは、俺にとってマイナスにはならないはずだ。


「しかし、インターネットがないと不便だな」

「インター……なにそれ?」


「巨大な通信網だよ。まあ、そのうちだな」

 いまは草の根ネットと呼ばれる、小規模なネットワークが日本各地にできている。


 あと五、六年もすれば、それを使っていた人たちがこぞってインターネットに流れていく。

 同時に発信される情報も膨大になっていく。


 いまはまだ、情報は家の中にいても集まってこない。足で稼ぐ必要があるのだ。

 そう考えたら、面倒くさくなってきた。企業の「いまの仕事」を調べる方法って……なくないか?




 どうしたら、各企業の現状を知ることができるか。

 家に帰って、その手段を考えてみた。


 いくら新聞に目を通しても、通り一遍のことしか分からない。

 この時代ならば、実際に足を運んで聞いて回るしかないわけだが、高校一年生という年齢が悔やまれる。


「やはり、インターネットは偉大だな」

 何でも検索できた時代を経験しているだけに、ちょっと情報が欲しいときに不便を感じる。


「面倒だから、自分で事業を立ち上げるか?」

 社会が『夢』と同じ道を歩むのならば、それも可能だ。


 だれかの代わりに俺がやっても同じはずだ。

「いや……そういうのはもう止そう」


 どこかで足下をすくわれて、刑務所暮らしになるのがオチだ。

 飛行場で待ち構えていたマスコミのことは、今でも夢に見る。


 あそこにマスコミがいたのは、俺が会社に飛行機の時間を伝えたからだが、あんなのはもうごめんだ。


「………………………………ん?」

 いま、なにかがフラッシュバックした。そして気づいた。


「ちょっと待て! ……おかしくないか?」

 マスコミが俺を待ち構えていたのは、俺が会社に飛行機の到着時間を伝えたからだ。それは間違いない。


 そして俺は、連絡が付かなくなることがないように、いつもちゃんと自分の予定を会社に告げている。

 とくに飛行機で移動する前と後には必ず、会社に連絡を入れている。


 フライト中は、スマートホンを機内モードにしているから、当然だ。

「やはりおかしい……」


 記憶をさぐると、俺は会社に帰りの飛行機の時間を告げていた。

 だが、俺の記憶によると、告げた時間どころか、すらもズレている。


 俺が会社に告げた日時と、実際に到着した日時。

 記憶によると、それが二日間もズレている。これはどういうことだ?


 トラブルで、予定より帰りが二日遅れたということはない。

 マスコミが日本で待ち構えているはずがないからだ。


 これによって、俺は会社に変更の連絡を入れていることが分かる。

 だが、その記憶が俺にはない。


 それどころか、二日間の記憶すらない。

 記憶力に自信がある俺が、まったく覚えていないなんて……ありえるのか?


 それに先ほどのフラッシュバック。

 どこかの地下を思わせる建物の内部。洞窟らしき壁や床、天井。


「どういうことだ? ……うっ!!」

 頭が痛んだ。鋭い痛みに襲われた瞬間、だれかの後ろ姿が映った。


 男だ。前をゆく男の後ろを俺は……。

「跡をつけたのか?」


 距離があって、男がだれか判別できない。

「――何なんだ、この記憶はっ!!」


 叫んだところで、記憶が戻ってくることはなかった。


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