学校へ行くと、吉兆院が満面の笑みで待っていた。
「なんだよ、ニコニコして。気持ち悪いぞ」
「じいちゃんも会いたいって。そんで、来月の中旬になれば、時間大丈夫みたい」
昨日の話の続きらしい。
「それはいいけど……本当に俺と会いたいのか? なぜ?」
会社の社長がわざわざ時間を割いてまで、孫の友達と会いたがるだろうか?
「うーん、名出さんとこから話を聞いたんじゃない?」
「……ああ、そうか。仕事繋がりだな」
ウッカリしていた。
近所で長いこと似たような仕事をしているのだ。交流がないわけがない。
「もしかして、名出さんのこと、昔から知ってた?」
「おれ? そうだね。同い年だし、何度か会ったことあるかな」
中学校は別々なのは知っていたが、以前からの知り合いだったようだ。
こういうのは、本人から話を聞かないと、分からないものだな。
『夢』の中で吉兆院建設とリミスが共同で俺の無実を調べてくれたのは、昔からのつながりも関係していたのかもしれない。
なぜあの二つの企業が……とは思っていたのだが、そういうカラクリがあったのか。
「ならば、ぜひとも会わせてもらおうか」
向こうが会ってもよいと言っているのだ。
『夢』の中の恩を一部でも返しておこう。
この二人は知らないだろうが、あの時の俺は完全に追いつめられていた。
味方が現れて、どれだけ心強かったことか。
この「のほほん」として、何も考えていないような吉兆院が社長に就任したとき、苦労しないための下地くらいは作ってもいいかもしれない。
それにこれは、吉兆院だけの話ではない。俺の為でもある。
というのも俺はいま、荘和コーポレーションを潰すための計画を思いついていた。
かつて戦国時代、台頭してきた織田家に対抗するため、周辺大名の多くが協力した。信長包囲網である。
あれを現代に蘇らせようと思う。
荘和コーポレーションを囲んで潰す。
その布石をひとつ、打っておこうではないか。
「六月の中旬だな」
「うん。その頃になれば、じいちゃんが抱えてる仕事が一段落するんだって」
「分かった。詳しい日程は、近くなったら教えてくれ」
四季報を見て、いまの吉兆院建設の規模などは理解している。
それに2000年以降の動きならばよく覚えている。
だがこの頃の吉兆院建設が何をしていたのか、まったく知らない。
時間もあるし、吉兆院建設だけでなく、同業他社も少し調べておくか。
この時代の建築業界全体を知ることは、俺にとってマイナスにはならないはずだ。
「しかし、インターネットがないと不便だな」
「インター……なにそれ?」
「巨大な通信網だよ。まあ、そのうちだな」
いまは草の根ネットと呼ばれる、小規模なネットワークが日本各地にできている。
あと五、六年もすれば、それを使っていた人たちがこぞってインターネットに流れていく。
同時に発信される情報も膨大になっていく。
いまはまだ、情報は家の中にいても集まってこない。足で稼ぐ必要があるのだ。
そう考えたら、面倒くさくなってきた。企業の「いまの仕事」を調べる方法って……なくないか?
どうしたら、各企業の現状を知ることができるか。
家に帰って、その手段を考えてみた。
いくら新聞に目を通しても、通り一遍のことしか分からない。
この時代ならば、実際に足を運んで聞いて回るしかないわけだが、高校一年生という年齢が悔やまれる。
「やはり、インターネットは偉大だな」
何でも検索できた時代を経験しているだけに、ちょっと情報が欲しいときに不便を感じる。
「面倒だから、自分で事業を立ち上げるか?」
社会が『夢』と同じ道を歩むのならば、それも可能だ。
だれかの代わりに俺がやっても同じはずだ。
「いや……そういうのはもう止そう」
どこかで足下を
飛行場で待ち構えていたマスコミのことは、今でも夢に見る。
あそこにマスコミがいたのは、俺が会社に飛行機の時間を伝えたからだが、あんなのはもうごめんだ。
「………………………………ん?」
いま、なにかがフラッシュバックした。そして気づいた。
「ちょっと待て! ……おかしくないか?」
マスコミが俺を待ち構えていたのは、俺が会社に飛行機の到着時間を伝えたからだ。それは間違いない。
そして俺は、連絡が付かなくなることがないように、いつもちゃんと自分の予定を会社に告げている。
とくに飛行機で移動する前と後には必ず、会社に連絡を入れている。
フライト中は、スマートホンを機内モードにしているから、当然だ。
「やはりおかしい……」
記憶をさぐると、俺は会社に帰りの飛行機の時間を告げていた。
だが、俺の記憶によると、告げた時間どころか、
俺が会社に告げた日時と、実際に到着した日時。
記憶によると、それが二日間もズレている。これはどういうことだ?
トラブルで、予定より帰りが二日遅れたということはない。
マスコミが日本で待ち構えているはずがないからだ。
これによって、俺は会社に変更の連絡を入れていることが分かる。
だが、その記憶が俺にはない。
それどころか、二日間の記憶すらない。
記憶力に自信がある俺が、まったく覚えていないなんて……ありえるのか?
それに先ほどのフラッシュバック。
どこかの地下を思わせる建物の内部。洞窟らしき壁や床、天井。
「どういうことだ? ……うっ!!」
頭が痛んだ。鋭い痛みに襲われた瞬間、だれかの後ろ姿が映った。
男だ。前をゆく男の後ろを俺は……。
「跡をつけたのか?」
距離があって、男がだれか判別できない。
「――何なんだ、この記憶はっ!!」
叫んだところで、記憶が戻ってくることはなかった。