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035 巨額銀行詐欺事件の詳細(2)

 なぜ企業と役所がグルなのか。

 この時期のフィリピンは、犯罪の温床地帯だ。


 役所や警察でも普通にワイロが効く。

 というか、堂々とワイロを要求してきたりする。


「この場で決定的な証拠を出せと言われても困りますが、役所がグルなのは間違いありません。現地からいろいろ書類を取り寄せることになっていますよね?」


「もちろんじゃ。フィリピンの銀行を買収するのじゃぞ。こちらでも揃えるし、向こうからも資料を送ってもらう手はずになっておる」


「その取り寄せた資料は、すべて役所の手続きミスになります。いま調べてもおかしなところは出てきませんが、いつの間にか修正されていたり、転記ミスや確認ミスで、古い情報がそのまま使われていたりします。公文書偽造ですね。あの国の役所はまだ『手書き』で処理していますので、ミスが分かりにくくなっているんです」


 何かを調べるとき、膨大な紙の束の中から一枚一枚目で追っていくしか方法がない。

 あまりにローテクなので、不正し放題なのだ。


「いくらミスが分かりにくいと言ってもだな、限度があるであろう」

「フィリピンはまた、指紋採取による科学調査が導入されていません。だれが関わっているのかは、永久に分からないと思います」


 防犯カメラもないため、役所は不正し放題。

 本人が名乗り出ない限り、書類を改ざんしたり、偽造したりしても、犯人が見つかることがない。


 すべてただのミスとして処理されてしまう。

 ヒシマエ重工の場合、それが致命的となる。


「役所が信用できんというのか……?」

「些細な転記ミスがあったとして、それで生じた損害を国が補填するでしょうか?」


「そんなの、不可能な話だ」

「はい。書類のミスは修正されても、被害に遭った側は泣き寝入りするしかないですよね」


 俺は菱前老人に、この辺の経緯を詳しく語った。

 老人の顔色が次第に悪くなり、最後には唸りはじめてしまった。


「……というわけで、詐欺事件が発覚したあと、『スヴァローグ』の言い分は、ただ場所を貸しただけ、内容については一切知らないとなります。ほとんどの社員は本当に何も知りませんしね。取り引きの場に『スヴァローグ』の社員がいたと言っても、取り合ってくれません」


「だが仲介業者だぞ。名刺も本物だった」

「本社に案内されたのは一度だけですよね。あとは支社だと思いますけど」


 菱前老人は頷いた。

「その支社は偽物です。用意したのは詐欺に関わっている上層部の一人でしょう。ことが終われば、さっさと撤退することでしょう。そもそもその支社が入っている物件ですけど、入居して何ヶ月目なんでしょうね」


「…………」

 インターネットがないこの時代、現地へ確認しにいくしか方法がない。


 たとえ現地へ行ったとしても、そこに看板があって、事務所があれば、それ以上調べることはしないだろう。

 空き事務所などだれでも借りられるし、そこに看板を出しても、だれも本社に問い合わせたりしない。


 たとえば『スヴァローグ』の元締めであるドイツの『レギン』だが、いきなり電話をかけて、子会社の情報を教えてほしいと言ったところで警戒されるだけで、教えてくれるわけがない。


 そんな簡単に情報が集められるならば、俺がやっている。

 その後も俺は、菱前老人にこれまでの流れと、今後、どのように詐欺か行われるかを話した。


「なんと!? 現役の大統領まで詐欺に関わっているだと?」


「会って挨拶して、よろしくと言うだけで何千万円ものお金が手に入るんです。もちろん、言質げんちを取られることはしませんし、大統領は多くの国民や外国人と会って挨拶します。あとで問題になっても、大勢と会っているので記憶にないと言えばいいんです。引退後は悠々自適ゆうゆうじてきの生活でしょうね」


 サクラ役の一人として現役の大統領が出てくるのだから、騙されても仕方ないのかもしれない。

 協力した大物たちは全員捕まっていない。知らなかったというのがその主張だ。


 主犯格は逃亡して、『夢』の中の世界では、最後まで捕まらなかった。

 偽名だし、写真もないため、解像度の荒い監視カメラの映像が唯一の証拠。


 本人たちの行方はようとして知れない。

 ちなみに詐欺が発覚してから末端が逮捕されるまで一年かかり、裁判は三年で結審している。


 この詐欺事件での被害総額は膨大で、一兆円に届くことになる。

 もともと七千億円ほどの話だったが、諸種の事情で膨れ上がったのだ。


 エイミー銀行は、フィリピン国内の時価総額第三位ということで、ヒシマエ重工としては是が非でも欲しかったのだろう。

 その知名度とノウハウを日本国内の銀行業務に流用できると考えたのだと思う。


「銀行買収には政府の認可が必要ですから、その政治工作資金もねだられましたよね」

「当然だ。ワシらのような外国人がいきなり行っても足元を見られるからな。信用できる者を何人も雇うことになっておる」


「協力する代わりに土地を買ってくれとか言われて……なるほど、当初の七千億から、そうやって膨らんでいくわけですか」


「おぬし、買収金額も知っているのか?」

 菱前老人が驚いている。


「最初に話がきたときは五千億、いまは七千億ですよね。最終的には一兆円にまで膨れ上がりますよ」

「…………」


「あとは……そうですね。各人の役割と、どんな話をするのかをお話ししましょう」

 こうして唖然としている菱前老人に、俺はさらに続けた。


 この詐欺事件、本当によくできている。

 人を騙す教科書にしたいくらいだ。そんな教科書があっても、だれが使うのか分からないが。


 致命的な証拠は一切残さず、捕まる者は微罪になるよう調整され、他の者は善意の第三者か、利用されただけという有様。

 事件の解明が進んでも、本当のところはどうなのか、分からないようになっている。


「……という感じで、お話しできることは以上ですね」

 なんだかんだで、四時間も話してしまった。


 質問に答えたりしていたのもあるが、相手が老人ということで、ゆっくりと話したのも理由のひとつだ。

「もちろん裏は取らせてもらう……もらうが、貴重な話を聞かせてもらった」


「そうですか。後はおまかせします。ここで話した内容は、好きに使ってください」

 帰り際、「このあと、料亭でもどうだ」と誘われたが、全力で辞退した。


 料亭って……何を考えているんだ、このじいさん。


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