警察署での事情聴取が終わった翌日のこと。
通り魔事件の続報が、テレビのニュースでやっていた。
包丁とコートに付着していた血を鑑定した結果、二件の殺人事件の被害者のものと一致したという。
供述から新しい証拠も出てきたらしい。
事件の詳細は、今後の裁判で明らかになるだろうと、ニュースでは締めくくられていた。
昨日、これらの証拠固めが終わったから、未遂事件の方にも目を向けたのだろう。
テレビ局は、犯人の顔写真を手に入れていた。
写真の中の女性は怒り肩で体格もよく、コートを着ていれば男性と見間違うのも頷けた。
『夢』の中で犯人は捕まっていなかった。それは警察が黒コートの
なんにせよこれで、通り魔連続殺人事件は俺の手を離れた。
――ぴんぽーん
「こんにちはっ!」
玄関を出ると、通り魔事件のときに俺が助けた女性が立っていた。
「なぜ俺の家が?」
「警察の人にぜひお礼がしたいって言ったら、教えてくれたの」
たしかにあのとき、警察官に名前と住所、それに電話番号まで教えたが……。
「………………個人情報保護法はどこへいった」
「なにそれ?」
「いや、なんでもない」
個人情報保護法は、この時代にはまだ存在すらしていない。
言っても分からないだろう。
「直接会って、ひと言お礼を言いたかったの。あっ、これつまらないものですが」
紙袋を手渡してくるが、菓子折りにしてはやや重たい。
「お礼ということですので受け取っておきますが、こういうものは今後、ご無用に願います」
「なんてしっかりした受け答え……年下よね?」
「そうです。十五歳の高一です」
当然、『夢』の経験はなかったことにしている。
「あっ、自己紹介するね。わたしは
「おそらく知っていると思いますが、大賀
「愁一くんって呼んでいい?」
「いいですけど」
「じゃあ、シュウちゃんは?」
「それは駄目です」
「だったらシュワちゃん」
「絶対に駄目です」
「シュワちゃん、カッコイイのになぁ……大口でカップラーメン食べてくれそうだし」
「…………」
昨年、筋肉モリモリのアメリカ映画スターが、両手にやかんをもって体操をするカップラーメンのCMが流れた。
このCMで、アクション映画に興味のない若い女性にも認知されはじめたのだ。
しばらくすると州知事になって政治家に転身するのだが、たしか今年公開の映画に主演して、合衆国で大ヒットを記録するはずだ。
もちろんそれは、日本でもヒットする。
「それでね、それでね、パパとママが愁一くんにお礼を言いたいから、都合を聞いてほしいって言われたの」
「これ以上のお礼は結構ですと、お伝えください」
「パパはいま単身赴任中だから、来月に一度、帰ってくるって言っていたけど、いつ頃がいいかなぁ?」
「人の話を聞いていませんね。それでは社会に出てから苦労しますよ」
「お願い~~、パパとママはどうしても直接会って、お礼が言いたいって聞かないの!」
「先ほどから無用と申しているはずです」
「そう言わないで……ね? 私まだ未成年だから、親の言うことを聞かないといけないのよ」
「未成年って、十八歳は法律上の成人……ああ、そうでした」
「……ん?」
「いえ、何でもないです。単身赴任ならば、仕事を優先するように伝えてください」
2022年から十八歳成人がスタートするが、この時代ではまだ成人は
少年法の改正すら行われていない。
「ほんとはね、パパの会社の社長さんが、すぐにお礼にかけつけるべきだって言ったの。だけど、パパじゃないとどうしてもまとめられない仕事があったみたい。それが駄目になると会社は大きな損が出るから、あと半月くらいはどうしても動けないんだって」
「いいことです。一家を支える大黒柱は、そうでなければいけません」
「だから来月またお礼に来るから、そのとき会ってね」
「いえ、あなたの事情は分かりますが、この件はこれでお終いにしたいと考えています。俺の中ではもう、終わったことです」
「でもそうすると社長が来るかも。すごく義理堅い人で、社員は自分の家族同様だなんていつも言ってるくらいだし」
「昔の経営者には、そのような人が多かったみたいですね」
「うん、社長は
「戸山……政継ですか?」
「そうだけど、知ってるの?」
「聞いたことがあります。
『夢』の中での話だが、戸山開発は荘和コーポレーションで買収するか悩んで、詳しく調べたことがあった。
海外のリゾート開発事業を専門にしているため、国内の知名度はほとんどないが、アメリカやカナダ、オーストラリアでいくつも大規模リゾート開発を手がけていた。
俺が買収を断念したのは、想像以上に借金を抱えていたためであり、当時、戸山開発が所有していた不動産の多くが不良債権化していた。
戸山開発は十年に一度くらいの割合で大きな失敗をしており、2000年頃からはほとんど成長していなかったはずだ。
「知ってるの? 国内じゃ無名だってパパは言ってたけど」
「海外のリゾート開発事業ですからね。新聞、ラジオ、テレビにも広告を出していないと思います。規模が大きいわりに無名なのは、国内で受注するつもりがないからです」
「すごい……ほんとうに知ってるんだ」
「いまの時期だと……ああ、そういうことですか。カナダのバンクーバーだったかな、日本人街の近くにリゾートホテルを建設する予定でしたね」
話しているうちに、記憶が蘇ってきた。