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038 奇跡的な出会い

 買収計画を進めるため、かなり念入りに調査したときの記憶が蘇ってきた。

 この頃、戸山開発のリゾート計画は順調に進み、契約直前まで行っていたはずだ。


 カナダ政府の認可もおり、各所の根回しも済んだ。

 だがリゾート計画はこのすぐ後くらいで停滞し、理由は分からないが、着工が五年も伸びた。


 その五年の間に情勢は変わり、日本人観光客目当てのアテが外れたり、事業が延期されたことで発生した特別損益が思った以上に大きかったりと、バンクーバーのリゾート計画は、最終的に失敗に終わっていた。


 あのとき、資料を見た俺は、正直「もったいないな」という感想を抱いた。

 バンクーバーでのリゾート計画は、時流を見誤ったわけでもなく、計画がずさんだったわけでもない。


 着工に至るまでの五年間が致命的だったのだ。

 戸山開発の不運は続く。


 そのときの損失を補填するのに何年もかかり、ようやく次に向かって新しい一歩を踏み出せるとなったとき、たまたま手がけていたロシアの開発事業が頓挫とんざした。


 ちなみに現在、地球上にロシアという国は存在しない。

 今年の年末にソビエト連邦USSRが崩壊し、ロシアが誕生する。


 開発事業が頓挫した直接の原因はロシアの『通貨切り下げ』だが、ここでも五年の遅れが後々まで祟ったのだと言える。

 このとき戸山開発は、ロシア政府に言われて大量のドルをルーブルに換えていたため、大損害を被った。


 まったくもって不運としかいいようがない。


「もしかしてお父さんは、カナダのバンクーバーに行っているんじゃないですか?」

「えっ? なんで分かったの?」


「日本人街に隣接した場所に、日本人観光客を誘致するためのリゾートホテルを建てる計画がある……と小耳に挟んだんです」


 いまより五年ほど前、カナダでカレー屋を開く夢を持った若者を描いたドラマが放映された。

 視聴率もそれなりによかったらしく、ロケ地のひとつであるバンクーバーの知名度がかなり上がったと記憶している。


 そしてドラマに先駆けて、バンクーバーで日本食や日本料理店ブームが沸き起こる。

 1900年代初頭にできたリトル横浜やリトル東京を彷彿とさせるリトル銀座ができるのも1990年代に入ってからだ。


 2000年になる頃にはそれも落ち着くのだが、戸山開発のリゾートが完成したのもちょうどその頃。

 ブームに乗った頃がブームの終焉となってしまったのである。


 着工が五年も遅れたのは、計画の要であった彼女の父親が、娘を失ったことで使いものにならなくなったからだろうか?

 そうだとしたら俺は、一人の命を救っただけでなく、もっと多くの人に影響を与えたのかもしれない。


 俺が通り魔から助けた女性――神子島かごしまはなさんは、とにかくお礼をすると言って譲らない。

 押し問答しても埒があかなさそうなので、一度だけという条件をつけて彼女の両親と会うことにした。


「ありがとう! パパが日本に帰ってきたら、絶対に連絡するからね!」

 神子島さんは思った以上にフランクで、積極的な子である。ニコニコしながら「またね」と言って帰っていった。


「……ふう」

 思わず、大きなため息が出た。まだ五月だというのに、やたらと慌ただしいのは、なぜだろうか。


「吉兆院の親父さんと会うのが六月の中旬で、神子島さんのご両親も同じ頃になりそうだな」

 しばらくはゆっくりしたがったのだが……どうやら無理そうだ。




 部屋に戻り、最近のことを考えてみる。

「吉兆院に名出さんだけじゃなく……神子島さんか」


『夢』の中で関わりのあった人物やその家族と縁を持つことになった。

 もちろんこれは偶然だ。


 菱前老人は俺の方から近づいたので除外するとしても、たった半年と少々で、これだけの偶然が重なると、変な作為を疑いたくなる。

「奇妙なことが二度続けば偶然、三度目は奇跡。ただし四度目は必然だから注意せよ……だったかな」


 中東で占星術を使った占い師に言われた言葉だ。

 どうやら西洋占星術の起源はその地域にあったらしく、いまでも職業としての占い師が多数存在していた。


 中東にいた頃、現地の人の考え方や信仰を知る上で必要だと思い、何度か占ってもらったのだ。

 とくに当たり障りのない言葉が並ぶ中で、その言葉だけは妙に確信的で、よく覚えている。


 奇妙な体験をしても、人は「珍しいな」で済んでしまう。

 普段留守がちの人の家に明かりが灯っていても、「ああ、今日は家にいるんだな」程度だ。


 それが二日続くことがある。

「偶然、休みが続いたのだろう」と思えばいいし、三日続けば「奇跡的に休みが取れたのかな」と考えることができる。


 だが四日続いたらどうだろうか。「もしかして職を失ったか?」「具合が悪くて倒れているのかもしれない」と疑えということだ。

 今回の場合、吉兆院、名出さん、神子島さんと、『夢』で関わった人たちと奇跡的に繋がりをもってしまった。


 そう考えればいいだろう。だがもし新たな出会いがあって、それがまた『夢』の中の俺と因縁があったならば……。


「……考えるのは止そう。そのときはそのときだ」

 俺はすべての不安を頭の中から振り払った。


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