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040 拾いもの

 ある日、学校へ行くと名出ないでさんの周囲に人だかりができていた。

 名出さんは明るい性格で、クラスの人気者だ……とでも言うと思ったか。


 とても嫌な予感がする。

 絶対に関わりたくない。


 ただこういう場合、見なかったことにすると、あとで「大変面倒なこと」になってから、俺のところへ話がやってくる。

 人の輪の外からそっと覗いてみると……毛むくじゃらの何かがいた。


「……おい」

「あっ、大賀くん。おはよう」


「おはよう、名出さん。……で、それは何かな」

「この子ね、カステラっていうの」


 ――ワン!


 自己紹介するように犬が鳴いた。

「なぜキミは、犬を学校に連れてくる?」


 頭痛が痛い。

 二回くらい痛いのだ。察してほしい。


「U字溝にスッポリ入ってたの。鳴き声が聞こえたから、探しちゃった」

「つまり、登校途中に拾ってきたと?」


「救出したのよ。でもあのフタって重いのね」

 名出さんは、ドヤって顔をしている。


「そのカステラってのは?」

「この子の名前。あたしがつけたの。どう? 似合ってるでしょ」


 足を折り曲げて香箱こうばこのように座る犬は珍しい。それはいい。

 全体的に茶色い。カステラに見えなくもないが、なぜ食べ物の名前? それよりなぜ、拾った犬にすぐ名前をつける。


「いいか、名出さん。現代の日本に純粋な野犬はいない。飼い主がいるはずだから、勝手に名前をつけちゃだめだ」

「えっ? あたしが拾ったんだよ? あたしのものだよね?」


 心底意外だという顔をしている。

「拾得物横領罪だな。首輪はついてないが、それはきっと、飼い主から逃げ出したからだ」


「そうなの?」

 それは想定外だという顔をしている。


「生まれたばかりの仔犬じゃないのは分かるだろ。ナリは小さくとも、立派な成犬だ。U字溝に入って出られなくなった間抜けだ。……そういえばさっき、フタをどかしたって言ってたな。そのフタ……ちゃんと元に戻したか?」


「ど、どうかな~?」

 名出さんの挙動が怪しくなる。


「フタは帰りに戻しておけ。あと、小学生みたいに、むやみに拾ってくるな」

「じゃあ、どうしたら良かったのよ」


「警察か保健所に連絡しろ。学校に連れてくるな」

「そうしたら、あたしのものになる?」


「ならない。警察に連絡するのは、さっき言ったように拾得物横領罪にならないようにだ。保健所に連絡すれば引き取りにきて、一定期間、保護してくれる」


 意外かもしれないが、犬などのペットは『物』扱いだ。

 散歩中のペットが車に轢かれたら物損事故、迷子のペットを保護した場合でも、拾得物となる。


「犬はね、保健所に渡したら処分されちゃうんだよ。あたしだって、それくらい知ってるんだから!」

「飼い主がいれば大丈夫だ。いなくなったと分かれば、探しにくる」


「もしかして事情があって、来られないかもしれないじゃない」

「それなら動物愛護団体にでも連絡しとけ」


「やだ! あたしが飼うんだから!」

「おはよう……なに? まだ席についてないの?」


 いつの間にかチャイムが鳴っていたようで、担任の前岡まえおか彰子あきこ先生がやってきた。

「ホームルームをはじめるわよ……って、それはなに?」


「先生、カステラです!」

 犬を両手で抱えて、これでもかと見せつける。


 ――ワン!


「名出さん……犬を教室に持ち込んではだめでしょ。外へ出しなさい」

「やだっ!」


「教室にペットの持ち込みは禁止です。授業の先生たちを困らせるつもり?」

「カステラはいい子だもん」


 そんな言い訳が通用するはずもなく、名出さんはめちゃくちゃ怒られていた。




 学校に動物を持ち込んだことで、名出さんは反省文を書かされることになった。

 数年に一度くらい、こういう考えなしの生徒が出るらしい。


 拾った犬は一旦、技術員室に持っていった。

 クラス代表が付き添って事情を説明するようにと言われたが、問題行動をおこした名出さん自身がクラス代表なのだが……。


「じゃ、おれも付き合うよ。面白そうだしね」

 吉兆院が立候補して、俺と名出さんを加えた三人で技術員室に向かった。


 技術員室の先生に事情を話すと、「あ~」みたいな顔をされた。

「ここに犬用のケージがあるから持ってきて」と言われて鍵を渡された。『防災備蓄倉庫(外)』と書いてある。


 わざわざ敷地の端まで行って、大きなケージを抱えて戻ってきたら、名出さんは犬と戯れ、吉兆院は技術員の先生と談笑していた。

 なんかイラッとした。


 無言でケージを組み立てていると、吉兆院がやってきて、放課後、名出さんが警察に持っていくことになったと教えてくれた。

 どうせそっちも、付き合うことになるのだろう。


「それはいいけど、なんで犬のケージが学校にあるんだ?」

 数年に一度やらかすバカ者のために置いてあるとは思えない。


「ここが広域避難場所だからだって、技術員の先生が言っていたよ」

 吉兆院がしたり顔で言う。


 さっき技術員の先生と話していたのは、このことだったのか。

 吉兆院のやつは、意外とそういうところに抜け目がない。


「災害時に、ペットと一緒に避難してくる人がいるのか」

 避難時、ペットは家に置いておけとは言えないだろう。大型犬の場合、ケージを持参できない場合もある。


 かといって、そのへんに繋いでおくわけにもいかない。

 なるほど、予備のケージは必要なのだろう。


 だがあれは防災用品であり、学校の備品ではない。

 防災備蓄庫の鍵は学校側でも管理しているが、中の物を勝手に使っていいとは思えない。


「いや、実用可能かどうか数年に一度、検査する必要があったはずだ。そういう名目なら使用も問題ない……のか?」


 いざ使用しようとしたら、ゴムのパッキンが劣化していて、ご飯が炊けなかったとか、懐中電灯の電池が液漏れしていたとかのトラブルは聞いたことがある。


 ペット用ケージにしたって、実際にペットを入れてみて不具合を確かめるのも有りだろう。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない。これで問題が片付いたと思っただけだ」


 名出さんが「そうだ、餌をあげなきゃ」とポケットから個包装のチョコを取り出したので、チョップで止めた。

「一日くらい食べなくても死なないし、犬にチョコは厳禁だ」


 というかなぜ、当然のようにポケットにチョコが入っているんだ?

 相変わらず名出さんは、ミステリアスだ。悪い意味で。


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