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041 拾得物として

「……というわけで、犬はいま技術室で大人しくしています。放課後、名出さんが責任をもって警察まで持っていくことも納得させました」

 昼休み、担任に事の次第を説明する。


「そう……ちゃんと飼い主が見つかればいいけど」

 担任はどうやら、犬のことを心配しているらしい。意外と優しい面があるのかもしれない。


「不注意で逃げ出したか、散歩の途中でリードから外れたか分かりませんが、飼い主は探していると思います」


 自分で探して見つからなかったらまず警察。

 そこで情報がなければ保健所に向かうだろう。どちらにしろ、飼い主が探してさえいれば、見つかるはずだ。


「なぜこう、次から次へと問題がおきるのかしらね」

 担任が嘆息している。


「何かありましたか?」

 純粋な質問だったのだが、担任は「げふっ」とむせた。そしてゴホゴホとやっている。


「ふう。……ちょっと聞きたいのだけど、大賀くんって記憶力はどうなの? いいほうかしら?」

「もちろんです。記憶力に関しては、それなりだと自負しています」


 昔から記憶力だけはよかった。

 だがなぜそんなことを聞くのだろうか。


「じゃあ、わたしがゴールデンウィーク直前に話した内容って覚えている?」

「もちろんですよ。朝のホームルームのときの言葉ですね。『この時期、解放感に浮かれて、繁華街などで問題を起こす生徒が出ます。みなさんも気を引き締めてください』そんな風に言っていたと思います」


「よく覚えているわね。わたしは『ゴールデンウィーク』に『繁華街』で『問題をおこさないように』注意したのだけど、意味は理解できているのかしら」

「もちろんです」


 担任は「はぁ」とため息をついた。

「このまえ、警察から確認の連絡がきたの。殺人犯と大立ち回りをした大賀愁一という生徒が在籍しているか確認したいということだったのだけど……」


「あ~……大立ち回りはしていませんよ。前蹴り一発でしたし」

「…………」


 このあと、刃物を持った大人相手に突っ込んでいくな。大声を出して逃げろとメチャクチャ怒られた。




 放課後、名出さんが捨てられた仔犬のような目でこっちを見てくる。

 無視して帰ろうとすると、鞄のヒモを握って放さない。


 仕方ないので、俺も警察まで付き合った。

 フタはどうしたと言ったら、U字溝のあるところまで連れて行かされた。


「近くに遊歩道、その奥はマンション群か。散歩途中で首輪が抜けたのかもしれないな」

 犬の散歩は早朝に行われるのが普通。


 散歩させているのが専業主婦ならば捜索の時間が取れるが、そうでなければ、仕事に行かねばならない。

 ギリギリまで探して見つからなかったら、泣く泣く仕事に出かけることもある。


「U字溝に入ったら、見つからないもんね」

「そういうことだ。よし、警察に行くぞ」


 フタを元に戻したあと、交番で犬を拾った場所と時間を伝えた。

「うーん……犬の遺失届いしつとどけは、まだ出てないね」


「そうですか。ちなみにここで引き取ってくれたりは?」

 警官は首を横に振った。


 名出さんは「ええええ~」と驚いている。

 実は、その可能性があると俺は考えていた。


「一時預かりはできるが、交番は無人になることが多くて、奥の部屋は鍵をかけておくことがほとんどなんだ。かといって、だれでも入れるカウンターのところに置いておくことはできないからね」


「その場合、この犬はどうなりますか?」

「保健所に連絡を入れて、引き取りにきてもらうことになるかな。そこでしばらく様子を見て、引き取り手がだれも現れない場合は、処分されるだろうね」


「ええええええ!?」

 名出さんがうるさい。


 警官は丁寧に答えてくれたと思う。

 普通の拾得物は、交番の奥で厳重に保管されるが、さすがに生き物を保管するのは難しい。


「彼女が拾得者なんですけど、代理で預かることは可能ですか?」


「可能だよ。落とし主、この場合は飼い主だね。それが六ヶ月以内に現れなければ、拾得者に権利が移るけど、この場合は犬だからね。その時点で、所有するかどうか、また聞くことになると思うよ」


「なるほど、よく分かりました」

「えっ、どういうこと?」


「名出さんの家でこの犬を保管……つまり飼うことができれば、連れて帰っていいとさ。それで飼い主が見つかれば、連絡をくれるって」


「カステラもらえるの?」

「いや、もらえないから。一時的に預かるだけだから」


 拾得物……といっても今回は犬だが、拾った日時、場所、色や大きさなど、それに名出さんの住所と電話番号などを用紙に記入した。


「それじゃ、飼い主が見つかったら連絡するね」

 犬を連れて帰れると分かってホクホク顔の名出さんとともに、俺たちは交番を出た。


 名出さんはご機嫌だ。「にゃ、にゃ」と無意識に声が漏れている。

 犬と猫って、仲が悪いんじゃなかったか?




 あれから四日経っても、警察から連絡はない。

 いまだ探しているのか、迷い犬の情報を警察に聞く発想がないのか。


 保健所にも連絡済みだ。

 念のため、警察と保健所に寄って、飼い主からの連絡がないか問い合わせてみたが、それも空振りに終わった。


「カステラを探している人がいないってこと?」

「そうなるな。いなくなったことに気づいてないはずはない。本来、何らかのアクションがあるはずだが」


「じゃ、あたしが飼っていいってことだよね」

 名出さんは上機嫌だが、いろいろとおかしい。


「犬を拾ったとき、身体を洗ったりしてないよな」

「うん。そのまま学校に持ってきた」


 犬の毛はほとんど汚れていなかった。腹を空かせている感じでもなかった。

 つまり、直前までだれかが世話をしていたはずだ。


「捨てた可能性もあるにはあるが……腑に落ちないな」

 飼い主が、なんらかの事情で飼えなくなったとしよう。


 その場合、そこらへんの町中に捨てるだろうか。俺はそうは思わない。

 友人や親戚など、ごく親しい人に飼ってもらえないか尋ねるのが普通だ。知人を介することで、周囲に呼びかけてくれる可能性もある。


 それでも引き取り手が現れなかった場合、動物愛護団体のようなセーフティネットに相談すると思う。

 首輪を外し、そこらへんの町中にポイッとする例は、ほとんどないと考えられる。


 もう少しすると、アメリカなどでペットにICチップを埋め込むようになる。

 それで所有者の情報が分かるようになるのだが、この時代ではまだそれも存在していない。


 そもそも『夢』の中でも、日本の場合、ペットにICチップを埋め込む割合はかなり低かった気がする。

 飼い主が探していれば連絡がくるはずだし、そうでなければ、本当に捨てたという可能性もある。


「こっちは待っている以外にすることもないしな」

「だよね~、最近お父さんもカステラにメロメロでさぁ」


 名出さんは飼う気満々のようだ。


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