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045 九星会というもの

 俺が知っている九星会は、ただの政治団体だ。

 何人かの議員の後援をしている程度。表だった活動は、調べた限り出ていなかった。


 俺が知っている九星会とは別物なのだろうか。

「不勉強で申し訳ないのですが、九星会きゅうせいかいとは、一体何なんでしょうか?」


 少なくとも、こんな場所で名前が挙がるなんてことは……絶対にないはずだ。

「九星会か……どう説明したら良いのだろうな」


 峰男氏はしばし悩むそぶりを見せたあと、昔を思い出す表情を浮かべながら語り始めた。


「知っている者はもう、少なくなったであろうな……もともとは、山梨にあった宗教団体が母体なのだ」

「……? 宗教団体ですか?」


「うむ。世を救うと書いて救世と読む。『救世会きゅうせいかい』……昭和初期まではそう名乗っていたはずだ。祖父に連れられて、何度か本殿に行ったことがある」


 峰男氏は大正生まれ。幼少時の記憶もかすかに残っているという。

 インターネットで調べたとき、そんな話はどこにも載っていなかった。


「……こ、小耳に挟んだのですが……ど、同級生に亜門あもんという生徒がいまして……別の学校なので、噂程度ですが……そ、その一族が九星会を運営していると」


 先ほどから、動悸が激しい。

 動揺している自分がいる。


「おお、亜門。懐かしい名だ。亜門……下の名はなんと言ったかな、本殿に『預言の巫女』がおったのだ。祖父はそのお言葉を賜りに通っておった」

「預言ですか。それは、超能力みたいな?」


「いや、どうかな。あれは占いとも違っていたような……祖父は晩年、頭が良すぎて世界が見えすぎるのだろうと言って笑っておったが、私も詳しいことは分からん」


 預言の巫女は、二十代くらいの女性に見えたという。

 いまは生きているのか、すでに亡くなっているのか不明。


 その後、吉兆院家は占いや預言から脱却したため、連絡を取っていないという。


「政治というのは、そういう神秘が入る隙間がまだあるのだろう」

 そう言って、峰男氏は笑った。


 その後も経済や商売の話を続けたが、吉兆院が「つまらない」と飽きてきた。

「昼を用意しておいた。食べていきなさい」


 昼食に誘われたので、ご相伴にあずかることにした。

 食事中、吉兆院がGWに観たという映画を峰男氏に話していた。


「……でさ、そこでマスコミに就職しようとがんばるんだけど、なかなか内定が出なくて苦労してたんだよ」

 吉兆院が、映画のあらすじをおもしろおかしく説明している。


 峰男氏は「そうかそうか」とニコニコしながら話を聞いていた。孫馬鹿だ。

「そういうわけで、面白かったよ。なんか変なタイトルだったけど」


「それは1929年に発売されたエーリヒ・レマルクが書いた『西部戦線異状なし』をもじっているぞ。西部戦線というのはドイツから見た西、つまりフランス側での戦いを指している。反対にソ連側は東部戦線だな」


「へえ。だから戦線なんてついていたのか。全然戦ってなかったら、変だなと思ったけど」

「就職活動を戦争に見立てたのだろう。採用する企業側、就職協定、他大学のライバル、そして自分の内面との戦いも含まれているかもしれないな」


「そうなんだ。……あれ? ひょっとして、もうその映画観た?」


「……ああ」


「そうなんだ。あれ、面白いよね。実際に就職するとき、あんな風に活動するのかな」

「大部分はフィクションだろうな。ただ、企業が内定日を同じにして囲い込みをしたのは本当だぞ。そうしないと、学生が本当に来てくれるか分からないからな」


 同業種の企業が同日に「内定説明会」を実施して、そこに来るか来ないかで入社意思を確認していた。

 出席を取って解散のところもあれば、ディズニーランドで一日遊ばせるところもあった。


 バスで観光旅行、BBQ、ホテルで宴会など、さまざまな方法でその日、学生を拘束した。

 ちなみに俺が映画を観たのはもっと後、テレビで放送されたときだ。


 その後も、吉兆院は最近流行りのテレビドラマや漫画、アニメの話を祖父に語って聞かせていた。

 どうやら仕事が忙しいのは本当らしく、高校に上がってからほとんどゆっくり会話する機会がなかったのだという。


 この時代、大会社の社長ならばそうだろう。

 接待で帰りが深夜なんていうのもザラだったはずだ。


 そう考えると、菱前老人はよく俺と会ってくれたと思う。

 峰男氏以上に、忙しかったのではなかろうか。




 峰男氏との会話は、穏やかなうちに終了した。

 会社の成り立ちや戦後の苦労話は大変興味深かった。


 あまりに難しい話をして、吉兆院が何度もむくれたが。


 今後の成長をどうするのか聞いたところ、1987年に制定された総合保養地域整備法そうごうほようちいきせいびほう、いわゆるリゾート法にうまく乗っかって、地方開発の受注に力を入れることにしたらしい。


 たしかにこれから先は、リゾート開発が伸びる時期である。

 もっとも、ほとんどのリゾート施設は、作ったがいいが毎年巨額の赤字を垂れ流すことになる。


 最終的には2000余の施設が建設されて、その九割超が赤字となる。


 俺たちが頑張って建設してもまったく有効に活用できない地方が悪いのか、税金の無駄遣い、箱物はこもの行政と揶揄やゆされても毎年予算をつける政府が悪いのか。


 そのせいか、観光に来た外国人が「日本はどんな田舎に行っても道路が整備され、立派な港や建物がある。それなのに使う人がほとんどいないのはなぜだ?」と驚くことになる。


 日本の道路をすべて舗装にするのはいいことだが、維持費のことをちゃんと考えていたのだろうか。

 地方財政を圧迫した原因のひとつに、都心部と同じ環境を実現しようとしたことにあるのではと、思えてならない。


 どうでもいいことだが、最近、大人たちと話す機会ばかり増えている気がする。


「次は、神子島かごしまさんのお父さんか」

 なぜこうも、対話の予約が入っているのだろうか。


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