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049 相性診断

 神子島華さんは、とてもお買い得らしい。

 ただの女子大生以上に価値がありますよと、言いたいのだと思う。


 旬が過ぎて値が下がった意味ではないはず。

 以前の俺は、損得勘定のみで相手を判断していた。


 仕事の邪魔にならなければ、出世に影響しないのなら、パーティで隣に立って笑ってくれるなら、だれでもよかった。

 いまはメリットとデメリットを加味して相手を選ぶ意味はないと思っている。


「お買い得でしたら、売れ残ることはなさそうですね」

「そうよ、本当なんだから……というわけで、はいコレ」


 華さんは、後ろ手に持っていた本を俺に差し出した。

「なんですか、占い……四柱推命しちゅうすいめいの本ですか?」


「相性占いよ。いま流行ってるの……お互いの相性診断、やってもいいかな?」

 いまが占いブームとは知らなかった。


 そういえば毎朝テレビでは、「今日のラッキーカラーは……」などとやっている。

 しかも非効率にも、各チャンネルで別々の占いをしている。


 スマートフォンが普及するとアプリで占いが簡単にできるようになる。

 いまの時代だと本を買って、行うのが主流だろう。


「いいですよ。俺も少しばかり興味がありますし」

 超常の体験をした身としては、非科学的だからといって、全否定できない。


「やったぁー! これは生年月日が必要なんだけど……教えてくれる?」

 占い本には、やたらと付箋ふせんが貼ってある。


 今日のために準備してきたのだろうか。

 流行っていると言っていたので、普段から使っているのかもしれないが。


「生年月日は、1975年の七夕たなばた生まれです。それだとどうなるんですか?」


「えっとね……いま十干じっかんを見つけるわね。最初の数字が44だから、それに生まれた日の7を足して……分かった。大賀くんの十干はきのえよ。そして私がかのとだから…………」


 華さんの口が「へ」の字を描いた。どうやら、相性がいいとは言えないらしい。

「どれどれ……」


 付箋の付いたところを流し読みする。

 俺のきのえは「木の兄」を意味し、相性がいいのはそれと正反対の性質をもった「土の弟」を意味するつちのとになっている。


 華さんは「金の弟」を意味するかのとらしいので、彼女と相性がいいのはひのえとなる。

 つまり、相性は「よくない」。


「まだよまだ! 十干が駄目なら、十二支じゅうにしがあるわ。……ううん、こうなったら十二運星じゅうにうんせいだけでも」


 下を向いて呟いている声が聞こえる。

 ちょっと思い詰めているような声が怖い。


 いま聞こえた十二支というのは干支かんしのことだろう。

 もとは方位を表していたと記憶している。


 性格診断で十二支を使うのがあるので、そんな感じだと思う。

 それはいい。最後に聞こえた十二運星は、聞いたことがない。


 一体どんな占いなのかと、付箋のところを読んでみた。

 ちょうど、赤線が引いてあったのだ。



『――十二運星の相性診断は、心と身体。互いの性的な面での相性を占います。相対する星とその両隣が良い相性と判断されます。たとえば長生ちょうせいの場合、真逆にあるびょうだけでなく、すいも良い相性となります』



 性的な占いじゃないか。

 俺は本をテーブルに叩きつけた。


 この残念女子大生、高校生相手に何を考えてるんだ。

 世が世なら、通報待ったなしの案件だぞ。


 その後も、一緒に占おうとにじり寄ってくる華さんをひっぺがし、彼女の評価を下方修正した。

 この人、お買い得というより、大幅値引きディスカウントな大人だと思う。


「さて、そろそろ暗くなってきましたし、駅まで送りますよ」

「えっ、もう?」


「もうって、帰宅途中の夕方に襲われたんですよね? あまり遅くなると、ご両親が心配するでしょう」

「いや、まだそんな時間じゃ……私、大学生だし」


「俺は高校生です。さあ、お帰りはこちらです。行きましょう」

 性的な相性を診断しようとする人は、妹が帰ってこないうちに、とっとと追い出すが吉だ。


「着替えさえ貸してもらえれば、泊まっていっても」とたわけたことを言いだしたので、俺は手を引くようにして家を出た。




 帰りの道すがら、華さんのお父さんについて聞いてみた。

 華さんより、その父親に興味を持つのは、『夢』での影響が強いからだろうか。


「うーん、お父さんかぁ。正月に帰ってきて以来だから、会ったのって半年ぶりくらいなのよね」

「なるほど、お仕事が忙しそうですね」


 俺も経験あるが、契約が締結される直前は、本当にあらゆる所に気を遣う。

 漏れがないか何度も各方面のチェックをするため、家庭を顧みる余裕はなくなるのだ。


「お父さんってヘビースモーカーだから、最近肩身が狭いみたい。今日も意外とあっさり帰っていったでしょ。あれきっと、ニコチンが切れかかったのよ」

 昭氏は「あとは若い者同士で」などと言っていたが、そういう裏があったようだ。


「そういえば昨年、連邦航空局FAAが、機内の全面禁煙を実施しましたね」

 全米の商業航空機内での喫煙が禁止されたニュースは、日本でも流れていた。


 逆に考えると、これまでずっと飛行機内でタバコが許されていたのがすごい。

 ちなみに、日本を含めて機内禁煙が広がると、飛行機のトイレでタバコを吸い、煙センサーを反応させる事件が頻発する。


 ずっと禁煙しろと言っているのではない。飛行機に乗っている間だけ、我慢すればいいのだ。

 だが、それすら我慢できない人たちが一定数いるのが、理解できない。


 ちなみに2030年当時、かなり敏感なセンサーが取り付けられていて、「一口だけ吸ったら消そう」なんて思って火を付けても、客室乗務員のところに警報が届くシステムになっていた。


 町中で分煙が進むのは、いまよりもっと先の時代になる。早く到来してもらいたいものだ。

「それで私たちの相性だけど」


「良くないと占いで出ていましたね」

「う、占いは占いだし……そうよ、お別れのキスで親密に……って、痛い、痛い!」


 往来の真ん中で変なことを言いだしたので、すぐにアイアンクローをかました。

「ギブ!」と三回言うまで放さなかったら、こめかみに指の跡がついていた。


 これで冷静になってくれるのを切に願う。


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