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052 続・巨額銀行詐欺事件(2)

 巨額銀行詐欺事件については、新聞、テレビ、雑誌で報道された。

 だが、その発端については、どこにも掲載されていなかったと思う。


「あの話は、どこから来たのですか? 言い換えれば、だれがあの話を持ってきたのですか?」

「はじまりは、とある政党のパーティの席上でじゃった」


「それは……政治資金パーティーですか?」

 老人は頷いた。


 政治資金パーティーとは、政治資金を集める目的で開催される会のことだ。

 大学生が「イェーイ!」なんて開くパーティとは違う。


 だれも三角帽子なんて被らないし、男女交際目的で開くわけでもない。

 この時代だとまだ企業がこぞって『パーティー券』を購入し、それが政治活動資金へと流れていく。


 一万円から数万円……中には十数万円もするパーティ券を競って買っていた時代だ。

「政治資金パーティーはたしか、政治団体によって開催されるのが原則でしたね」


「よく知っておるの。パーティー券にもしっかりと政治資金パーティーであることを書かねばならないなど、多くの約束事がある。開催団体もそうじゃな」


「収支報告書の提出義務のない団体……ただの応援団体などが政治資金パーティーを開いたら、脱税し放題になりますからね」

 政治団体は、収支報告書の提出が義務づけられている。


 そのため政治資金パーティを開いたら、必ず収支報告書が提出される。

 一応それが、裏金作りの抑止力となっている。


 もっとも、二十万円以下の購入者の場合、匿名での記載が可能となっているため、この頃はとくに政治資金パーティーを利用した政治献金の場となっていたはずだ。


 あと十年もしたら、国民の目が厳しくなってくるが、いまから三十年経っても尚、政治資金パーティーは開催され続けている。

 パーティ券の購入という政治献金をして便宜を図ってもらっても、国民は知ることができない。


「そのパーティでワシと同じく招待された者がいてな。話しているうちに紹介されたのが始まりじゃった。そこから紹介の紹介を経ていくうちに知り合った……もしかすると、あれは最初から仕組まれていたのか?」


「あれだけ用意周到な相手でしたら、そういうこともあるかもしれませんね」


 旧財閥の中でも銀行業務を持たないことが、事業発展のウィークポイントとなっていた。

 ヒシマエ重工が銀行を所持したがっていた事は、だれでも知っていたはずだ。


「紹介した者も、利用されただけかもしれん」

「なるほど、そうかもしれませんね」


 だから裁判のときでも、名前が出てこなかったのだろう。

 名を出すと相手に迷惑がかかる。とくに大物ならば尚更だ。


 テレビなどで面白おかしく語られることを考えると、紹介者の名前を出しても、いいことは一つもない。

「何にせよ、九星会が巻き込まれんでよかった。あそこはまともな政治団体であるからのう」


「……えっ? まさか、いま九星会って言いました?」

「そなた、九星会を知っておるのか? あれはあまり表に出ない団体じゃが」


 やはり、聞き間違いではなかった。

 なぜここで九星会の名前が出てくるのだ?


亜門あもん一族の……九星会ですね」

「すごいな。そなた、その名をどこで?」


 どういうことだ、これは。……最近、おかしくないか?

『夢』で俺が奴から逃げた帳尻を合わせるかのように、九星会――亜門清秋せいしゅうの影がチラついてくる。


 吉兆院の祖父の口から九星会の名が出たときは驚いたが、まさかここでも聞かされるとは。

「他の高校ですけど、同学年にとてつもない天才がいると小耳に挟んだことがありまして……名前は亜門清秋といいます」


「学年繋がりか。習い事などで、他校の生徒の噂はよく入ってくると聞くが。そうか、同学年に亜門一族の者がおるのか」

 とっさに思いついた言い訳だったが、菱前老人は納得している。


 T大で、俺を完膚なきまでに論破した亜門清秋。もちろん『夢』の中の話だが、俺はいまだに忘れることができない。

 その亜門一族が運営する九星会の名前、このところやけに耳にする。


 ――もうすぐ悲願が達成される


 九星会に入った同級生を酔わせて聞き出した言葉。

 もしかしてこの銀行詐欺事件も、悲願達成のための仕込みだったのではなかろうか。


 同級生の口ぶりからすると、九星会の悲願は、世代を超えて受け継がれていくもののようだった。

 つまり、当代から次代……希代の天才亜門清秋へと。


 彼が本気で動いたら、その悲願とやらも達成されるのではないか。

『夢』の中で俺は、自分の出世のことばかり考えていた。周囲が見えていなかった。


 そしていま、あらためて見回すと、そこかしこで九星会の名前を聞く。

 実際『夢』の中でも、九星会は悲願達成のために動いていたのだろう。


 俺は亜門のことを避けるあまり、目に入っていなかったのだ。

 荘和コーポレーションが躍進する目はかなり潰せたと思う。


 リミスや吉兆院建設と組めば、そうそう荘和コーポレーションが力を増すこともないだろう。

 菱前老人も味方についた。


 もし荘和コーポレーションが海外に進出しても、

 神子島かごしまさんを通して、戸山開発に働きかけてもいい。


 荘和コーポレーションに優秀な人材が入っても、そうそう後手に回ることはないはずだ。

 そして俺を嵌めた上司は、いまはまだ何の力も持っていない。


 早期に見つけて、権力を持たせないようにすればいい。

 時間はまだ十分残っているのだ。


 つまり、俺はただここで雌伏していればいいはずだ。

 そう思うのだが、なぜか心がざわつく。


 このままじゃいけないと、もう一人の俺が叫んでいる。


 しかし……俺はなぜ嵌められたのだろう。

 改めて考えると、おかしい。


 荘和コーポレーションで汚職が行われたのは事実だろう。

 俺はその罪を被せられた。


 だが、それをマスコミに公表するのは、会社にとってデメリットしかない。


 荘和コーポレーションの名を落とさないため、俺一人に罪を被せたと思っていたが、それにしては周囲に対する影響が大きすぎる。


「もしかして……?」

 あれも九星会が絡んでいたのか。


 自社の汚職事件を大々的に公表する合理的な理由が分からない。

 何か別の目的があって、そのために行ったのではないだろうか。


 あれもまた、九星会の悲願の一部だったのではないかと。


 ――もうすぐ悲願が達成される


 その悲願とあの汚職事件はまったく無関係だろうか。

 それとも……気のせいなのか?


 吉兆院や菱前老人にまとわりつく九星会の影。

 それは偶然……そう思いつつも、否定しきれない自分がいる。


「どうしたのじゃ? ずいぶんと考え込んでいるようじゃが」

「いえ……ちょっと」


 俺はすっかり冷え切ってしまった焼き魚を前にして、さらに考える。

 俺の脳裏に浮かんだ亜門清秋の顔が、いつまで経っても消えることはなかった。


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