「そういえばな、中国で手がけていた工場じゃが、なんとかなるかもしれん」
俺の様子がおかしいのを見て、菱前老人が話題を変えてくれた。
「土中から遺跡が出たとかで、計画がストップしていたあれですか?」
「そうじゃ。もう駄目かと思って内陸に候補地を探していたのだがな。向こうの役人のすることはよく分からん。それに信用してよいのかもな」
計画が中止になる前提で動いていたところに、再開してもいい状況になったらしい。
言っていることがコロコロと変わるのならば、信用できないのも分かる。
「ですが、許可の書類が出てしまえば、問題ないのでは?」
「うむ。もともと出土したのはそれほど古いものでもないようだし、認可など、あやつらのさじ加減で決まっていたのかもしれんわ」
菱前老人は、GW中にも中国の内地をいくつか巡り、新しい工場を建築する場所を探していたらしい。
だが、中国の内陸部はインフラが脆弱で、適した場所は見つからなかったとか。
この時代の中国は、インフラ整備に大金を投じられるほど豊かではない。
大きな都市でさえ、大雨で道路が通行止めになったり、電力が安定して供給されなかったりすることがあった。
「たしか、温州市でしたね」
「そうじゃ。権力闘争があったのか、それとも人事異動があって方針が変わったのか分からんが、出土したものそっちのけで、話が二転三転してたわ。まったく……あれは一体何だったのか」
菱前老人が憤慨している。
自社の工場建設が権力闘争の駒にされたのならば、怒るのも当然だ。
「そういえば、出土したものとは、なんだったのですか? 以前伺った話だと、二百年ほど前のものと聞きましたが」
「大岩の表面を削って平らにし、人型のようなものが彫ってあった……どこかに写真があったな」
老人は手を叩き、秘書を呼び寄せ、写真を取りにいかせた。
「そんなものが出土したのですか?」
土中から出てきたと聞いていたので、もっと小さなものを想像していた。
「うむ。山の中腹にでも設置してあったのであろう。地滑りで滑落して、土中に埋まったようじゃがな」
「……中国ではありそうですね」
国土が広すぎて、大規模な土砂災害があっても、そのままにされることが多そうだ。
日本ならば再発防止策を採りつつ、土砂などはすべて取り除くのだろうが。
少しして秘書が数枚の写真を持ってきた。
「おお、これじゃ。人型というには、やや
「なるほど、中国の少数民族ですか。たしかに可能性はありそうですね」
現代においても、中国の少数民族に関する研究は少ない。
過去には文字すら持たない民族がいたほどで、民族固有の言語を使用していたりと、歴史を辿ろうにも、不明なことが多いのだ。
これもそのうちの一つということは十分にありえる。
俺は老人から手渡された写真を見た。
岩の表面が、ノミか何かで削られている。
機械で削られたようには見えないし、研磨の跡もない。
そして肝心の彫り物だが、たしかに人型だ。だがこれは、『人』と言えるのだろうか。
「直立していますし、人型と言えなくもないですが、頭にあるのは……
「
「なるほど……背中の翼みたいなのは、何かを背負っているのでしょうか。……しかし、奇妙な姿ですね。あまり見かけ……ん?」
「……どうした?」
「いや、なぜか見覚えが……」
「ふむ。どこかで同じようなものでも見たと?」
「どうでしょう……ただの
そう答えたが、これと同じものを俺は、どこかで見た。
俺の記憶の中にある……はずなのだが、どこで見たのか?
そんなに昔ではない。結構最近だと思う。ここ一、二年の話だ。
だが、最近の生活の中で見かけたのならば、忘れるはずがない。
だとすると……『夢』の中の記憶か?
――俺を信用してください
「うっ!!」
「どうしたっ!?」
「何かが……フラッシュバックして」
「……?」
いまの記憶は何だ?
場所は……どこかの地下? 暗い洞窟のような中を歩いた映像と一緒に思い出した。
だが、それはおかしい。
俺は、洞窟の中など歩いていないし、そんな記憶など持っていないはずだ。
いくら『夢』の中とはいえ、そんな場所へ足を踏み入れたのならば、絶対に忘れはしない。
だがそうするとおかしい。この記憶はどこから……?
――もちろんです、約束は守りますよ
まただ。また、記憶にない映像が浮かんできた。
俺はだれかと話している。
まるで見上げるように首を傾けている。相手はそれほど高い位置にいるのか?
相手はだれだ? 俺はだれと話している?
――いいでしょう。見返りをいただけるのなら、俺が会社を動かしてでも、阻止してみせます
なんだこれは? 会社? やはり『夢』での記憶なのか?
周囲の状況も分からない。広い部屋のようだが、調度品は何もない。
まるで石室の中のような……。
――因縁があるんですよ、そこは察してください
――しかしまさか、奴の跡をつけて
――こんな地下に
――これは運が向いてきた
――日本に帰ったらただちに……
――日本に帰ったら……
――日本に……
「おい、どうした!? しっかりしろ! おい! だれかあるか! 救急車を呼べ、すぐにだ」
どこか遠くで、菱前老人の叫ぶ声がした。