夜、病院のベッドでいろいろ考えた。
2030年のあのとき、俺はラスベガスにいたらしい。
一切、記憶に残っていないのは謎だ。
荘和コーポレーションが扱っている建物は、ラスベガスにはない。
工事計画もなかった。
つまり、俺があそこへ行く用事はなかったはずだ。
フラッシュバックがおきた原因はなんだろうか。
大岩に彫られていた人型の写真を見たのが引き金となったと思う。
おそらくだが、俺はあれと同じもの、もしくは同じようなものを過去に見たのだ。
だがあれは中国の温州市にあり、ラスベガスとは一切関係ない。
とにかく分からないことだらけだ。
フラッシュバックで判明したいくつかの記憶。
たとえば、俺が跡をつけた人物。
もしその人物が亜門清秋だとすると、九星会がらみの何かの可能性がある。
「ストリートビューがあれば、いろいろ確認できるのだが」
この時代の不便さを改めて実感した。
と言って、いまラスベガスに飛んでも、記憶の謎を解くことは難しいだろう。
当時と90年代では、建物からして違うのだ。
では、どうすればいいか。
「……九星会を調べるしかないか」
日本にいてできることは、それしかない。
幸い、俺はいまだ、亜門清秋と出会っていない。
奴はまだ、俺のことを認識していないはずだ。
「やってみるしかないか」
俺は本格的に、九星会を調べることにした。
翌日、俺は退院した足で図書館に向かった。
学校は今日一日、休みをとっている。
九星会は政治団体であるから、国に届け出が必要である。
政府発行の機関誌になにか情報があるかもしれない。
図書館員の人を見つけて、俺は聞いてみた。
「すみません、
「官報ですか? 月ごとの閲覧になりますけど、何号もしくは、いつの日付でしょうか」
「あー……政治団体について記載のある号を読みたいのです」
「官報は、行政機関の休日を除いて、毎日発行されています。特定の内容を調べるのは大変だと思いますけど」
「電子データ化されていないから、そうなりますね。とすると……」
たしかに政治団体と言っても、国内に何千とある。
インターネットならばワード検索ができるのだが、さてどうしたものか。
「政治団体について調べたいのでしたら、所在地のある行政機関に資料があると思いますよ」
「なるほど、そういえばそうですね」
九星会の所在地はどこだろうか。
吉兆院峰男氏は、九星会は官僚に影響力を持っていると言っていた。
菱前老人は、パーティで知り合ったらしい。
とすると、『東京』が所在地である可能性が高い。東京の行政機関と言えば都庁だ。
「分かりました。先々月、都庁が新庁舎になりましたし、見学がてら、そちらへ行ってみます」
俺は図書館員にお礼を言った。
都庁まで電車で一時間くらいだ。
このまま向かってみよう。
新都庁は、『夢』の中と同じ二本の塔が特徴的なデザインだった。
俺としては、こっちの方が馴染みがある。
東京都の選挙管理委員会が公表している収支報告書ならば、都庁の中で見ることができるはずだ。
職員に話をし、昨年度分の収支報告書を出してもらった。
政治団体の収支報告書は、市民ならばだれでも閲覧することができる。
これは市民の権利だ。
緊張しながら、九星会の資料を開いた。
だが、なんと収入の項目はゼロ。つまり、どこからも寄付などを受け取っていなかった。
職員に聞いたところ、届け出をしている政治団体のおよそ半数が、収入ゼロで報告書を提出してくるらしい。
収入がゼロならば、支出もゼロ。
これなら収支報告書で突っ込まれることはない。
なんてことだ。
「代表者と会計責任者が同一人物の場合、そういうケースが多いですね」
町内会で会長と会計を一人でするようなものだ。なんという雑なやり方。
収入がゼロではない団体の収支報告書を見せてもらったら、事務所費や光熱水費などがしっかりと記載されていた。
ほかにも政治活動費や選挙関係費など、本来の活動に使用した金額が書かれている。
こういうのが見たかったのだ。
ではなぜ政治団体が、収入と支出ゼロでやっていけるのか。
そもそも政治団体として活動をしていない場合や、政治団体としての収入がなくても、活動に支障がない場合が考えられるとのこと。
俺は職員にお礼を言い、今度は住所に書かれていた九星会の事務所に向かってみた。
するとそこは、何かの道場だった。
おそらくだが、通常は道場の運営を行っていて、九星会の活動が主ではないのだろう。
それならば事務所費もかからなければ、光熱水費だってかからない。謎は解けた。
だがそう考えると、おかしなことも出てくる。
吉兆院
それが活動費ゼロでやっていけるわけがない。
「これは、表向きの収入がゼロでも、活動に支障がないほど金を持っているわけだ」
九星会は、先の選挙で与党大勝に貢献したはずだ。
それでも表向きの活動費はゼロ。
政治に大きな影響力を持つ団体だが、表向きはまったく活動していないことになっている。
そう考えると逆に怖い。
結局、わざわざ都庁にまで出かけていったが、収穫はゼロだった。
「いや、ゼロではないな」
正体を隠す、とても怪しい団体であることが分かった。