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055 九星会について調べる

 夜、病院のベッドでいろいろ考えた。

 2030年のあのとき、俺はラスベガスにいたらしい。


 一切、記憶に残っていないのは謎だ。

 荘和コーポレーションが扱っている建物は、ラスベガスにはない。


 工事計画もなかった。

 つまり、俺があそこへ行く用事はなかったはずだ。


 フラッシュバックがおきた原因はなんだろうか。

 大岩に彫られていた人型の写真を見たのが引き金となったと思う。


 おそらくだが、俺はあれと同じもの、もしくは同じようなものを過去に見たのだ。

 だがあれは中国の温州市にあり、ラスベガスとは一切関係ない。


 とにかく分からないことだらけだ。


 フラッシュバックで判明したいくつかの記憶。

 たとえば、俺が跡をつけた人物。


 もしその人物が亜門清秋だとすると、九星会がらみの何かの可能性がある。

「ストリートビューがあれば、いろいろ確認できるのだが」


 この時代の不便さを改めて実感した。

 と言って、いまラスベガスに飛んでも、記憶の謎を解くことは難しいだろう。


 当時と90年代では、建物からして違うのだ。

 では、どうすればいいか。


「……九星会を調べるしかないか」

 日本にいてできることは、それしかない。


 幸い、俺はいまだ、亜門清秋と出会っていない。

 奴はまだ、俺のことを認識していないはずだ。


「やってみるしかないか」

 俺は本格的に、九星会を調べることにした。




 翌日、俺は退院した足で図書館に向かった。

 学校は今日一日、休みをとっている。


 九星会は政治団体であるから、国に届け出が必要である。

 政府発行の機関誌になにか情報があるかもしれない。


 図書館員の人を見つけて、俺は聞いてみた。

「すみません、官報かんぽうを閲覧したいんですけど」


「官報ですか? 月ごとの閲覧になりますけど、何号もしくは、いつの日付でしょうか」

「あー……政治団体について記載のある号を読みたいのです」


「官報は、行政機関の休日を除いて、毎日発行されています。特定の内容を調べるのは大変だと思いますけど」

「電子データ化されていないから、そうなりますね。とすると……」


 たしかに政治団体と言っても、国内に何千とある。

 インターネットならばワード検索ができるのだが、さてどうしたものか。


「政治団体について調べたいのでしたら、所在地のある行政機関に資料があると思いますよ」

「なるほど、そういえばそうですね」


 九星会の所在地はどこだろうか。

 吉兆院峰男氏は、九星会は官僚に影響力を持っていると言っていた。


 菱前老人は、パーティで知り合ったらしい。

 とすると、『東京』が所在地である可能性が高い。東京の行政機関と言えば都庁だ。


「分かりました。先々月、都庁が新庁舎になりましたし、見学がてら、そちらへ行ってみます」

 俺は図書館員にお礼を言った。


 都庁まで電車で一時間くらいだ。

 このまま向かってみよう。


 新都庁は、『夢』の中と同じ二本の塔が特徴的なデザインだった。

 俺としては、こっちの方が馴染みがある。


 東京都の選挙管理委員会が公表している収支報告書ならば、都庁の中で見ることができるはずだ。

 職員に話をし、昨年度分の収支報告書を出してもらった。


 政治団体の収支報告書は、市民ならばだれでも閲覧することができる。

 これは市民の権利だ。


 緊張しながら、九星会の資料を開いた。

 だが、なんと収入の項目はゼロ。つまり、どこからも寄付などを受け取っていなかった。


 職員に聞いたところ、届け出をしている政治団体のおよそ半数が、収入ゼロで報告書を提出してくるらしい。

 収入がゼロならば、支出もゼロ。


 これなら収支報告書で突っ込まれることはない。

 なんてことだ。


「代表者と会計責任者が同一人物の場合、そういうケースが多いですね」

 町内会で会長と会計を一人でするようなものだ。なんという雑なやり方。


 収入がゼロではない団体の収支報告書を見せてもらったら、事務所費や光熱水費などがしっかりと記載されていた。

 ほかにも政治活動費や選挙関係費など、本来の活動に使用した金額が書かれている。


 こういうのが見たかったのだ。

 ではなぜ政治団体が、収入と支出ゼロでやっていけるのか。


 そもそも政治団体として活動をしていない場合や、政治団体としての収入がなくても、活動に支障がない場合が考えられるとのこと。


 俺は職員にお礼を言い、今度は住所に書かれていた九星会の事務所に向かってみた。

 するとそこは、何かの道場だった。


 おそらくだが、通常は道場の運営を行っていて、九星会の活動が主ではないのだろう。

 それならば事務所費もかからなければ、光熱水費だってかからない。謎は解けた。


 だがそう考えると、おかしなことも出てくる。

 吉兆院峰男みねお氏や、菱前老人の話からすると、九星会はかなり官僚や政治家に影響力を行使できる団体であることが分かる。


 それが活動費ゼロでやっていけるわけがない。

「これは、表向きの収入がゼロでも、活動に支障がないほど金を持っているわけだ」


 九星会は、先の選挙で与党大勝に貢献したはずだ。

 それでも表向きの活動費はゼロ。


 政治に大きな影響力を持つ団体だが、表向きはまったく活動していないことになっている。

 そう考えると逆に怖い。


 結局、わざわざ都庁にまで出かけていったが、収穫はゼロだった。

「いや、ゼロではないな」


 正体を隠す、とても怪しい団体であることが分かった。


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