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068 相談の決着

 公園での話し合いから四日後。

 俺はいま、菱前ひしまえ老人の屋敷にいる。


 実は以前から、「これだけの貸しをどう返そうかのう」と言われていたので、早い内に貸しを相殺そうさいしておきたかったのだ。

 そこで俺は、大山おおやまさんから聞いた「先輩」の情報を伝えて、調べてもらうことを思いついた。


 先輩の名は北山きたやま信治しんじ。中学時代の名簿から住所と電話番号も分かっている。

 つるんでいる不良仲間の名前と外見的特徴も加えて、その背後関係があるかどうかを調査してもらった。


 菱前老人は「小物を調べるくらい、ワケないぞ」と笑って請け負い、本当にたった数日で調べきってしまった。

「お手数おかけしました」


「なんの。身内と繋がっていたのでの。すぐに知れたわ」

「とすると、上は建築会社を持つ組ですか?」


さといな。そこまで大きくはない。ただの口入れ屋だ。組であることには変わりないが」

「なるほど……とすると、組が知っているかどうかが問題となりますが」


「おぬし、詳しいの……結論から言うと、組は一切関知しておらん。今頃はもう、詰め腹を切らされておるじゃろ」

「話が早いですね」


 さすがに苦笑を禁じ得ない。

 この老人……ずいぶんと張り切ったな。


 大山さんが恐れている北山さんだが、まだ高校を卒業したばかりの十九歳だ。

 自分の考えで配下を増やし、集金システムを確立させているのか、俺は疑問だった。


 もっと上の存在がいるのではと、予想したわけだ。

 菱前老人の調査によると、やはり上と繋がっていた。口ぶりから、ヤクザの構成員かその舎弟、もしくはその使いっ走りだろう。


 老人は「口入れ屋」と言っていたので、巨大企業であるヒシマエ重工から仕事をもらってシノギとしていることがうかがえる。

 人手が足りないときに人を派遣してもらっているのだろう。


 ヤクザのシノギとしてはごく普通のことで、日雇い労働者を集めてその上前をはねているわけだ。

 ヤクザの親分も、菱前老人に睨まれたら一巻の終わりなので、不幸にも先輩と繋がっていた人物は切り捨てられた。


 菱前老人は、本当に仕事が速い。

 巨額銀行詐欺事件で抜け殻のようになってしまった姿しか見ていなかったから、違和感をおぼえるほどだ。


「しかし、ええのか? 自分で解決すべき問題じゃろうに」

「甘やかされていますからね」


「そうか……ならばワシは、何も言うまい」

 老人の言いたいことは分かる。公園でも思ったが、こんな話、日本全国どこにでも転がっている。


 大山さんが先輩に、「金を払わない」と言えば済む話だ。

 後輩に迷惑がかかると悩み、彼女に相談している場合ではない。自身で問題解決を図るべきなのだ。


 なぜそれをしないのか。

 大山さんはこれまで、困難な問題に直面したとき、身近な者を頼ってきたのだと思う。


 親や兄弟、友人などに問題を解決してもらったはずだ。

 だから今回も、前例にならった。


 公園で会ったときも思ったが、普段は気の良い、優しい青年なのだろう。

 ただしそれは、自分がぬるま湯に浸かっているからこそだと思う。


 俺たちの世代は、そういう自己解決能力がある者とない者が混在しているように思う。

 大山さんのように甘やかされた者はいるが、同時に過酷な環境をものともせずに生きてきた者もたしかにいたのだ。


『夢』で知り合った友人は、高校在学中に病院の院長をしていた父親を亡くした。

 しかも院長の死に乗じて、叔父が病院を乗っ取ろうとしたのだ。


 その友人は受験勉強をしながら裁判をおこし、T大医学部に通いながら乗っ取りをたくらむ叔父と裁判で争っていた。

 その後はちゃんと、医師免許を取るまでに病院を取り戻していた。


 そこまで問題解決能力が高い者はまれだが、悪いグループから抜けることくらい、自分でできるはずなのだ。


「ではこれで、貸し借りはナシということで」

 俺がそう言うと、老人は「まだまだ天秤は傾いておるよ」と言って笑った。




 この話の後日談というか、事後処理みたいなもの。


 あちらでも伝言ゲーム的なものが行われたらしく、「先輩」である北山さんは、怯える表情をしながら大山さんに詫びを入れ、全額返金してきたという。


 最後は転がるように去っていったこと、「遠くに行くから、もう二度と会わないでくれ」と懇願されたことに、大山さんはかえって恐怖を覚えたらしい。


 冬美が「お兄ちゃん、何やったの?」としつこく聞いてきたので、「知り合いに頼んで、丁寧に説明してもらった」と話したのだが、まったく信じてくれなかった。




 ~おまけ1 大賀冬美~


「でもカレシの問題が片付いて良かったね、はるか」

 わたしがそう言うと、親友のはるかが微妙な表情を浮かべた。嬉しくないのだろうか。


「えっとね、冬美……もうカレシじゃないんだ」

「ん? どゆこと?」


「なんていうかさ、今回のことで醒めちゃったというか、昔は頼れるお兄さんだったの」

「うん、そう言ってたね」


「でもほら、今回のことで……なんていうか、ちょっと違うかなーって」

「そうなんだ。でも、その気持ちは分かるかな。やっぱ年上のカレシだったら、頼りがいがないとね」


 近所の頼れるお兄さんが、頼りがいのあるカレシに成長するとは限らない。

 思い出補正で見ていたけど、ちょっと違ったのだろう。


「冬美も分かってくれるのね……というわけでさ」

「うん」


「冬美のお兄さんって、いまフリー?」

「はいっ!?」


 はるか、いま何て言った?

 もしかして、わたしのお兄ちゃんを狙っている?


「紹介してくれるよね?」

「ええっ!?」


 あっ、これマジだ。


「あたしあれ、『有り』だと思うの」

「いや……やめた方がいいと思うよ。ひ弱……では最近ないけど、性格が……」


「うんうん、冬美がお兄さんを取られたくない気持ちは分かるから」

「そうではなく」


 兄を取られたくないがゆえに、わたしが悪口を言っていたと思っているみたいだ。

 違うのに。


「今度、何かお礼を持って、遊びに行くからね」

「う……うん」


 わたしは説得を諦めた。

 将来、親友から「義妹」などと呼ばれる日が来ないわよね。来たら怖いんだけど。


 あと、ほんの数日でお兄ちゃんが解決しちゃったのよね。

 何をしたのか、お兄ちゃんは教えてくれないけど、あらためて考えると怖いわ。




 ~おまけ2 大賀愁一~


 妹の依頼は問題なく解決できた。

『夢』だと、妹から相談がなかったわけだが、どう解決させたのだろうか。


 彼氏一人で解決できたとは思えないのだが……ん?

 そういえば、妹は高校に上がる前、一時期結構荒れていた。


 その頃とっくに兄妹間の断絶がおこっていたので、何があったか知らなかったが、もしかすると友人の彼氏の事情に妹も巻き込まれたのかもしれない。

 友人を通して不良仲間とつるむようになり、ずるずると抜けられず、私生活が乱れた可能性がある。


 もちろん想像でしかないが、もしその予想が当たっていれば、この人生で、妹の生活が乱れないかもしれない。

 もしそうならば、巡り巡って、我が家のためになった可能性がある。


「……まあ、真相を確かめる術はないけどな」

 俺は読みかけの本の続きを開いた。


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