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069 2030年、エネルギー危機

 ――神宮司あやめの直感


 アメリカ西部にある都市サクラメント。

 巨大なビルが立ち並ぶオフィス街を神宮司あやめは歩いていた。


「……ふう。収穫といえば収穫だけど、ここまで来た意味があったのかしら」

 あやめは、ミスターこと大賀愁一が逮捕前に関わっていた案件を調べていた。


 ミスターが帰国直前まで何をしていたか、だいたい分かっている。

 巨大な工場の建築工事の受注を勝ち取ってきたのだ。


 荘和コーポレーション北米支社としても鼻高々だったろう。

 だがミスターが逮捕され、その契約は白紙となった。


 詳細は分からないが、契約直前で、実際の契約締結はしていなかった可能性もある。

 もしくは詳細が分かる者がミスターしかいないため、これ以上契約を進めることが難しかった可能性も。


 まさか荘和コーポレーション北米支社まで尋ねていって「なぜなんですか?」と質問するわけにもいかない。

 あやめは、そこにわずかな謎を感じ、引き続き調べることにした。すると……。


「ただの工場建設なのよね。でもどうして……?」

 白紙に戻された建築工事は、入札二位の業者がスライド受注していた。


 先ほどあやめが訪問した先こそ、受注に成功した建築会社だったのである。

 あやめは、喫茶店の窓側の席に座り、先ほど会った人物との会話を思い出していた。


「なぜか荘和さんが、受注した案件を戻したんですよね。だから偶然、ウチが取れましたけど……それだけですよ。リミスさんとは交流もありますし、この工事でもお手伝い願うかもしれません。そのときはよろしくお願いします」


 ぜひにと話を聞きに行ったあやめだったが、担当者はあやめが営業に来たと思ったらしかった。

 工事の詳細を聞いたが、納期が短いこと以外、おかしなところはなかった。


 あやめは、改めてミスターの最後の仕事を考える。


 いくつか不可解なことがあり、それがあやめの第六感を刺激している。

 たとえば、納期が短いこと。


 受注から半年以内というのが業者選定の条件に入っている。

 そこまで急ぐ必要があるものではないと、あやめは思っている。


 着工から半年以内というのは、たとえ中がスカスカの工場でも、それなりに厳しいスケジュールだと思える。


 次にミスターが逮捕されたあと、なぜか受注した案件が荘和コーポレーション側からキャンセルされた。

 担当者が逮捕されたからともとれるが、その決断を下した上司の行動がおかしい。


 仕事そっちのけで、もっと南の方をウロウロとしている。

 あれは仕事と関係があるのか、どうなのか。


 そして最大の謎。

 あやめが、ミスター最後の仕事を調べようとしたとき、最初はほとんど情報が手に入らなかったのだ。


 この高度に情報が発達した社会において、情報がほとんど入ってこないというのは、それだけでおかしい。

 結局あやめは、案件を再受注した企業に頼み込んで、できる範囲で内容を教えてもらうことにしたのである。


「だのに、ただの工場建設だったと……」


 ミスターの裁判はすでに数回行われ、彼に不利な証拠と証人が続々と出てきている。

 マスコミは初期報道をしたあとは興味をなくしたのか、ミスターの犯罪を報道したあと、ろくに後追い報道もしなくなっている。


 あやめの上司であり、親友の名出琴衣は、「やっぱり、おかしい!」と握りこぶしを高く掲げていた。

「あたしが、テレビに訴え出てやる」とも。そのうち何かしでかしそうだと、あやめは考えている。


「そういえば、ソルガムの加工工場になるって言っていたわね……ソルガムって、よく知らないけど、雑穀よね。バイオ燃料にでもするのかしら」


 エネルギー危機が叫ばれる昨今、世界各国がとても緊張している。

 先進国をはじめとした西側諸国が、急激かつ強固なエネルギー規制を推進する一方、ロシアや中国、途上国がいまだに好き勝手やっている。


 大昔にあった東西冷戦以上に、関係は冷え込んでしまっている。

 エネルギー危機によって、第三次世界大戦がはじまるとまで言われはじめた。


 あやめは、スマートフォンでソルガムを調べはじめた。


「へえ……生育が早いのが特徴かぁ。砂漠でも育つの? そういえば、ここの東……ネバダ州やユタ州、それにアリゾナ州には巨大な荒れ地が広がっているのよね」


 あやめは、スマートフォンに表示されている情報を目で追っていく。


 どうやら、2020年頃からソルガムをバイオ燃料に利用しようという動きは活発になり、最近ではエネルギー変換効率がよいことが注目されはじめたとある。


「新しい代替エネルギーの希望になるといいわね……ん?」

 あやめは、関連する情報を次々追っていき、とある記述に目を留めた。


「これは……?」

 あやめは、その記述を三度読み込み、親友にメッセージを送った。


 ちょうどそんなとき、道路でちょっとした騒ぎがおきた。

 痴話げんかか、若い男女が言い争いをしている。


「うるさいわね」

 あやめが外に目をやると、若い男が懐から拳銃を取り出した。


 あっと思う間もなく、拳銃から放たれた一発の弾丸が、女性の脇をすり抜けて喫茶店の窓ガラスを突き破り、あやめの胸を貫いた。




 ――名出琴衣の胸騒ぎ


 名出琴衣がぼーっとした頭で朝食を摂り、ベランダから吹く風に目を細めていると、テーブルに置いたスマートフォンが震えた。


「あやめからだ」

 彼女の親友はいま、アメリカに滞在している。何か用事でもあるのだろうとスマートフォンを開くと……。



 あやめ:ミスターの冤罪の原因、分かったかもしれない



 そんな一文が記されていた。

「えっ!? どうしたの、急に?」


 琴衣が慌てて返信するも、既読が付くことはなかった。

 なんだかとても、胸騒ぎがした。


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