「……以上から、リスニングを上達させたければ、英文がいくつのシラブルに分けられているか注意してみてください」
これで、ネイティブの英語が速すぎて聞き取れないということも少なくなるはずだ。
「なんか大賀くんが話すと、すごく英語らしいリズム感? かっこよく聞こえるわ」
「外田先輩も発音はいいので、慣れればすぐマネできますよ」
「そうかな? でも練習してみるね。あと気をつけることとかある?」
「あとは文全体のイントネーションですかね。これは本人が強調したい、重要な部分に自然とつきますので、頭の中に入れておくといいでしょう」
「イントネーションね。分かったわ。これも意識してみる」
「そういえば、外田先輩はイントネーションを高低で付けていますね。日本語だとそれは正しいのですが、英語は強弱です」
「えと、どこが違うの?」
「日本人は、『橋』と『箸』を音の高低で区別しているんですよ。それを英文に持っていくと、やはりちょっとおかしな感じになります」
「うっ……そうなのね」
「反対に、外国人が日本語を話すとき、つい母国語の強弱を付ける例がありますね。『日本食が、
「あるある。テレビでよく見たけど……あれが強弱なのね。よく分かるわ。たしかに、日本語に強弱はおかしいかも」
「日本語の高低を英語に持っていくと変に聞こえるし、逆もまたしかりなんです……
「アラッ、わたしがいても、問題ないわよ」
「いえ、これはクラブの活動とは関係ない内容ですので」
「ソウ? 残念ね。……でもまあ、時間はあるものね。また今度、みんなに教えてあげてね。そしてシューイチにプレゼントよ」
顧問の早乙女マリ先生は、俺にウインクしながら手紙をヒラヒラと振った。
「国際郵便ですか……ということは、この前の返事が来た?」
「ザッツ、ライッ! さあ、受け取って」
この英語クラブに入った直後、俺はアメリカの経済学者ジョー・ロジャーに手紙を書いた。
早乙女先生に預けておいたのだが、どうやら連絡先を探し出して、送ってくれていたようだ。
「ありがとうございます。帰ったら読んでみます」
「じゃ、次回、読んだ感想を聞かせてね。……それじゃ、今日はコレをやります。みんな、プリントを一枚ずつ取ってね」
わら半紙に印刷された紙を一枚もらう。
「The Raven……ポーの詩ですね。
「シューイチはさすがね。そう、ポーの詩の中でも有名なものよ。まずは何も言わないから、自分の目と耳でじっくりと感じてみて。ハイ、スタート!」
英語クラブの部員は慣れているのか、すぐにプリントに没頭しはじめた。
エドガー・アラン・ポーは、小説家として有名だが、実は詩人でもあった。
江戸川乱歩のペンネームの元になった人物であり、『モルグ街の殺人』や『黄金虫』などは、日本でもかなりの知名度をほこる。
一方、ポーの詩集はあまり日本では浸透していない。
もっとも、ポーの詩自体、本国アメリカよりも、ヨーロッパの方で人気になったと聞いたことがある。
東欧には世界的に有名な詩人が何人もいるし、いまでも詩の授業があることを考えれば、アメリカより詩が身近なのだろう。
「まずは自分の目と耳でか……」
ポーの詩は複雑な
早乙女先生がわざわざ『耳で』と言ったのは、音読してアクセントの強弱から韻を読み取ってもらいたかったのだろう。
あえて何も言わず、放任したところに、先生の強かさを感じる。
早乙女先生を盗み見ると、「しぃー!」と人差し指を口に立てていた。言うなということだろう。
このあと、プリントの内容についてディスカッションがはじまる。
詩の内容について語るだけでは、早乙女先生の術中に嵌まるだけだが、さて……。
「ねえねえ、大賀くん。これ……すごく暗いお話?」
外田先輩が全体の三分の一程度読み終わったようだ。
難しい単語もないので、スルスルと読めるのだろう。
「そうですね。深夜、主人公の前に突然現れた人語を話す大鴉との対話ですからね。徐々に精神を乱されていく話ですから暗いですね」
「うんうん、そうだよね。なんか、読んでいて暗くなるというか……先生は何を考えてこれを読ませたんだろう」
外田先輩は三年生。早乙女先生と付き合いは長いはず。
考えがあってのことと察しているものの、真意を測りかねているようだ。
ここは少し手助けしてみるか。
「外国の詩に触れる機会って少ないですからね。一番身近なのは中国の詩でしょうか」
「そうね。漢詩なら、漢文の授業で習ったわ」
「
「ああ、『国破れて山河あり』ってやつね」
「そうです。五言律詩のアレです」
「韻を踏むから綺麗に聞こえるのよね……ん? そういえばこれも……」
外田先輩は何かに気づいたようだ。
早乙女先生を見ると「こらっ」という顔をしている。
このくらいのアドバイスはいいのではと思ったので、知らんぷりしていると……。
「Thing of evil!(悪い子ね!)」と、詩の中の一文を使って注意してきたので、すかさず「Nevermore(二度と言いませんって)」と返したら、早乙女先生は降参とばかり、両手を挙げてた。
いまので、早乙女先生のもう一つの意図を潰してしまっただろうか。
俺、何かやっちゃいました?