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075 生徒総会

 三日間かけて行われた期末試験が、たったいま終わった。

 このあとは、講堂で生徒総会だ。


 時刻はまもなく12時になろうかというところ。

 ステージ上では、生徒会役員がマイク片手に話をしている。


「腹減った……もう帰りたい」

 体育座りの吉兆院が、ヒザを抱えて弱音を吐いている。


「ああああ、今日もぜんぜんできなかった……パパに怒られる」

 名出さんは、先ほどからずっと頭を抱えている。


 二人とも生徒総会はどうでもいいようだ。


「試験ができないのは、普段から勉強していないからだ」

「だって、授業聞いてもよく分からないし」


「逆に、その発想が分からん」

 授業を聞いても分からないというのは、どういう状況なのか。


「勉強なんて、大人になっても何の役にも立たないってパパが言ってたのに、どうしてあたしだけ……」

 名出さんの父親は中学時代、ずいぶんとヤンチャをしていたという。


 勉強はしていなかっただろう。その分、社会に出て苦労したと思う。

「昔から、学校の勉強は役に立たないという生徒は大勢いた」


「そうよね!」


「その反論はいくらでもできるが、俺はこう思うことにしている。学校の勉強は、インプットとアウトプットの訓練の場だと」

「……バスケのルールの話?」


「違う。たとえば……そうだな、吉兆院が親の会社を継いだとする」

「なになに? オレの話?」


「部下が資料を持ってきて、この案件はどうしましょうと聞いてきたとする。吉兆院なら、どう答える?」

「オレ? よく分からないから、任せるよって答えるかな」


「…………」

「えっ? だって分かる人がやった方がいいじゃん」


「資料を読んで内容を理解するのがインプットだ。それに自分の経験や他から仕入れた情報を加味して判断を下す。社長はただゴーサインを出せばいいわけじゃない。自分の考えをしっかりと誤解ないように伝えなければならない。どこまで力を入れるのか、たとえば事業の規模、期間、人員など、目安が必要だ。それらがアウトプットだ」


 社会に出ると分かるが、いつでも十全な資料が揃うとは限らない。

 物事には期限があり、協力的な者ばかりではない。ライバル会社も存在している。


 手持ちの情報だけで、『進む』か『退く』かを決断するのが普通だ。

 決断の結果を社員に納得させる必要もある。


 毎回「ヤマ勘で決定した」などと言っていれば、社員は不安に思うだろう。

 もうこの社長にはついていけないと考えるかもしれない。


 そうならないためにも、情報を集め、読み込み、分析し、他人が理解できるように説明する能力が求められる。

 まるで学校の試験のようではないか。


 学生は社会に出るまでに、このインプットとアウトプットを何百回、何千回と繰り返している。

 毎回、試験やテストのたび、本気で取り組んだ経験が糧となっていると思っている。


「よく分かんないけど、全力を尽くすことが重要ってこと?」

「それでもいい。よく分からないなら、いまやれと言われたことを真面目にやっておくことだ。社会に出て役に立つときが来る」


「だったら、成績が悪くてもいいよね」


「名出さんの場合は、努力不足だ。いつかどこかで踏ん張らなくてはならないときがきっとくる。そのとき、面倒事から逃げた経験しかないと、土壇場で踏ん張ることができないかもしれない。いま、いくら嫌でも歯を食いしばって耐えておけば、その経験が将来の糧になる」


「そのとき頑張ればいいんじゃない? ……だめ?」

「それは自分で判断すればいい。……だが、名出さんのお父さんはそれじゃ駄目だと思っているから、厳しいんじゃないのか?」


「たしかにパパは、自分が苦労したからって言ってるけど、優秀な旦那さんがいれば……」

 名出さんは口を尖らせて、小声で何かを呟いていた。


 ちなみに神宮司さんは、名出さんに寄りかかったまま寝ていた。

 どうりで静かだと思った。




 生徒総会は年に二回(二月、七月)あり、二月は会計報告と生徒会役員の承認。

 七月は規約改正などを中心に行っている。


 今回の議題は、「夏服にポロシャツを許可してほしい」という要望を学校側に提出することだ。

 俺と名出さんはクラス委員なので、代表者会議に参加しているため、これまでの経緯も知っている。


「白ワイシャツのみ可」だった校則を「白色無地のポロシャツも可」に変更したいのだ。

 本生徒総会で可決されれば、それをもとに要望書を作成。


 学校側が要望書を読み、『承認』か『拒否』の判断をする。

 もし承認されれば、来年度入学生の生徒手帳から、校則の文言が変更されることになる。


 学校が承認したとして、その頃にはもう冬服に移行しているため、現三年生に恩恵はない。

 だが、この校則の改定案は、三年生が中心となって動いている。


 一番ヤル気があり、真面目に生徒総会に参加しているのが三年生。

 一年生と二年生は、今回初めて知ったという顔をしている。


 ただ、二年生も残りの学生生活に直結するからか、いくつかの質問をしている。

 比較的大人しいのが一年生だが、これはシステムがよく分かっていないからだろう。


 この生徒総会だが、期末試験の最終日に開催されるのは、先生方が採点で忙しいからだ。

 平常授業のあとに行うと、授業終了時間がバラバラで、時間を遅らせると部活動の妨げにもなってしまう。このタイミングがおそらくベストなのだ。


「こういうのも新鮮だな」

 生徒が自主的にルールを作り、それを学校に要望書として提出する。


 K高校では自己責任のもと、かなりの自由が認められていた。

 通う生徒の多くは、入学早々『個人主義者』になってしまい、みなのために何かをするというのを見たことがなかった。


 生徒総会も年に一回。しかも書面総会だった。

 みな、興味どころか関心もなかったと思う。


 議論が出尽くしたところで採決に入った。

 各クラス委員が賛成数を数えて本部に伝達するのだが、なぜか我がクラスは、俺が立ち上がった瞬間、全員が手を挙げた。


 賛成でいいんだよな、それ。




 生徒総会が終わったあとは自由解散。

 部活に向かう者、帰宅する者、友人と遊ぶ約束をする者など、さまざまだ。


 俺は家に帰ることをせず、電車に乗って新宿駅まで向かった。

 駅近くにあるファミリーレストランに入ると、目当ての人物がブンブンと手を振っていた。


「愁一くん、久しぶりよね!」

「そうですね。神子島かごしまさんもお元気そうで」


はなって呼んでいいのよ」

「遠慮しておきます」


 期末試験前に神子島さんから連絡を受けて、今日会うことにしたのだ。

「ようやく会えたわね。今日はお姉さんが、オトナのあれこれを教えて、ア☆ゲ☆ル……あたっ!」


「教えるのは俺の方でしょう。無理して履修した数学の授業が分からないからと泣きついてきたのは、どこのだれですか。ハンバーグ定食と、三種類のチーズサラダ、コーヒーは食後にお願いします」


「なんか注文と一緒で、わたしの扱いが……雑?」

「普通です。……それより、とっとと出すもの、出してください」


「かしこく見えそうだから」と見栄で履修した数学の単位を落としそうだと泣きながら電話してきたわりに、元気そうだ。


 神子島さんは、「ウイットに富んだ会話くらいしてもいいのに」とつぶやきながら、鞄の中からテキストとノートを取り出していた。


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