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079 パーティとお土産

 吉兆院が本気で、フライドポテトを野菜に分類していないと思っているが、冗談か本気か判断しづらい。

 栄養学的に考えると、ジャガイモは『いも類』なので、炭水化物に分類されたはずだ。


 そもそも若い内から油分と塩分過多の食事ばかりしていると、成人病まっしぐらだ。

 吉兆院の場合、55歳まで現役で社長を続けるはずなので、いつかどこかで健康の大切さに気づくのだと思う。


「財閥のパーティって、面倒だよね。今回、なんでお呼ばれされたんだろ?」

「同じ財閥だし、それで呼ばれたんじゃないのか?」


「どうかな。ライバル……いやむしろ敵対? 財閥の中でも派閥があってさ。じーちゃんでさえ、呼ばれたことなかったんじゃないかな」

 今回、吉兆院家は家族でパーティに参加したらしい。初めてのことだという。


「ふむ……」

 もうすぐバブル崩壊の余波があらゆる業種に襲いかかってくる。

 財閥系の企業と言えども、不況の波は避けてくれない。


光井みついのパーティだったんだけど、そういえば三美辞みつびじも呼ばれてたな。……でもあそこはまあまあ、仲いいか」

「そうだな。三美辞は光井と昵懇じっこんだな」


「ああ、いっぱい来てたね、四津菱の人たち」

 これより10年後、光井銀行は往友おうとも銀行と合併する。


 財閥系銀行の大合併ということで、大きくニュースで取り上げられた。

 これからの20年、どの銀行も不良債権処理に手間取る。


 世界を相手に戦うには資本力の強化が必要だ。

 また窓口業務の効率化を図るため、それぞれいくつかの中小銀行を吸収する。


 普段、パーティに呼ばない派閥外の人間に声をかけるほど、先行きが暗いのかもしれない。

「そういえばじーちゃんにさ、しきりに不動産を勧めてたよ。じーちゃんは断ってたけど」


「これから不動産価格は下落の一途を辿るからな。不動産を担保にしていた企業がこぞって担保割れを引き起こす。いま不動産を買うのは得策ではない」

「そうなんだ……じゃあ、光井はそれを知ってたのかな」


「かもしれん」

 今後、多くの不動産が負動産に変わる。その前に売り抜けようとしているのか。


 九星会の占いでそういう未来が提示されたのか、先見の明のある者がいるのか知らないが、だれかに『高止まりした土地』というジョーカーを引かせるつもりなのだろう。


「いまから不動産に手を出さないのが正解だ。吉兆院財閥は銀行を持っていないから、借金を増やして不動産を買いあさると、借金返済で事業をどれだけ売却しても追いつかなくなるぞ」

「へー、そうなんだ」


 その辺は、当主である吉兆院の祖父がよく分かっているだろう。

 戦時中、銀行を持たずに大きな借金を抱えた鈴木商店は、台湾銀行から取引停止を通告されて倒産した。


 もっともあれは、他の財閥系銀行から借金をしたくないという鈴木商店側の思いと、日本進出の足がかりにしたいという台湾銀行の思惑が一致したことで、台湾銀行は総資産額のおよそ半分を鈴木商店に貸し出したからだ。


 あれで台湾銀行は、膨大な不良債権を抱えることになった。

 あまりに共存しすぎたゆえの共倒れ。吉兆院財閥には、そんな道へ進んで欲しくない。


 とにかく、どんな大企業でも最後はあっけないもの。

 壊れるときは一瞬なのだ。




 その日の夜、めずらしく家族全員が夕食時に揃った。

『夢』では、一家団欒など行われなくなって久しい頃で、なんだか変な感じだ。


「愁一は、来週にはもうアメリカか。あっちは広いぞ。父さん、行ったことないけど」

 めずらしく父は、上機嫌だ。


「よそ様にお世話になりながら海外旅行なんでしょ。ご迷惑にならない? 大丈夫なの?」

「お兄ちゃん、お土産買ってきてね」


 母は心配し、妹は土産の無心。家族の反応はさまざまだ。

 とくに母は、いまだに世話を焼きたがる。


「アルバイトで行くようなものだから、心配いらないよ。それで冬美は、お土産に何が欲しいんだ?」

 すでに渡米の目的は何度も説明している。それでも母は、心配のタネが尽きないらしい。


「わたしはねえ……マカダミアンナッツのチョコがいい! お土産の定番でしょ」

「冬美……ハワイは寄らないぞ」


「ん? 何か違うの? いつもよそ様から貰うお土産って、あれだよね?」

 冬美が首を傾げている。


「ハワイはアメリカの一部だが、俺が行くのは本土だ。西海岸といえば分かるか?」

「えーっと、よく分からないけど、そこにマカダミアンナッツのチョコはないの?」


「あるかもしれないが、わざわざ本土でハワイ土産を買う必要もないだろ。それにマカダミアンナッツの原産はオーストラリアだぞ」

 ハワイ土産の定番だが、ハワイに植わっているマカダミアの木は、オーストラリアから輸入したものだ。


「難しい話はいいから、お土産は甘いものにしてよね」

「甘いものなら、何でもいいのか?」


「おいしくて、甘いもの! 外国のお菓子って、なんだか高級感あって、食べてみたくなるでしょ?」

「分かった。現地で適当に見繕っておく。忘れずに買ってくるから、大人しく待ってろ」


「うん、やったぁ!」

 土産は吉兆院と同じでいいだろう。


 現地での滞在期間は、一週間から十日。

 渡航目的は『観光』になっている。


 というのも、銀行買収交渉が秘密裏に行われてきたこともあって、日本のマスコミはこのことを知らない。

 だが最近、菱前老人の周囲やヒシマエ重工そのものに「何かあるのでは?」と考える記者が出始めているらしい。


 この段階でスクープ記事としてすっぱ抜かれると困るため、菱前老人は渡米する際、夏の休暇を利用して観光に行くと周囲に説明したようだ。

 というわけで、今回の費用はすべて老人のポケットマネーで賄われている。


 ちなみになぜ、老人がいまだ騙されたフリを続けているかといえば、実行犯だけでなく主犯を逮捕するためだったりする。

 菱前財閥ならびに、ヒシマエ重工をコケにしたことを菱前老人はひどく怒っている。


「絶対に捕まえてやる」と気炎をはいているわけだが、同時に俺に対して「膨大な借りができた」と常々話している。

 今回の渡米費用と現地での滞在費用はすべて老人が用意してくれた。


 それだけでなく、アルバイト代まで出してくれる。

「アルバイト代が出るから、父さんと母さんにも土産を買ってくるよ」


『夢』でできなかった親孝行をしてもいいかもしれない。

 なんにせよ、俺はもうすぐアメリカの地に立つことになる。


 上司に嵌められた、因縁の地に。


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