パーティはつつがなく終わった。
日本人は、西洋人の顔の区別は苦手だと言われるが、それを体現したような相手だった。
スーパーマンのオーディションに行けば、似たような顔がゴロゴロいるだろう。
俺は通訳に徹し、とくに意見も挟まなかった。
老人も当たり障りのない会話に終始し、どの会話にも均等に興味や関心を示していた。
このパーティは、GTM社と関係のあるいくつかの会社が、重要な取引先を呼んだものだったらしい。
商談中もしくは、これから商談がはじまる相手を呼んで、まとめて接待してしまおうということだろう。
俺たちのホスト役を担った社員は、知識も教養も申し分なく、態度も洗練されていた。
長年営業マンとして暮らしてきた俺から見ても、非の打ち所がないものだった。
優秀な人間は、どこにもいるものだが、やはり米国の一流会社は違うなと思わせる。
米国の投資会社
サブプライムローンに端を発したリーマンショックやドバイ・ショック、財政難に陥ったギリシャ、アイルランドなどのユーロ危機問題、中国の急激な経済減速など、このあとさまざまな金融危機が世界を襲うが、GTM社は大きな痛手を受けていない。
今後何十年にもわたって成長し続けるには、相当な努力が必要なはずだ。
もっとも、裏で多くの投資家が泣かされた可能性もあるのだが。
翌日、今回の目的であるGTM社との会談が行われた。
もちろん初回は、ただの顔合わせ。
通訳をしていて分かったが、相手はすでに、ヒシマエ重工の企業評価を終えていた。
融資する場合のリスクとリターンを徹底的に調査するデューデリジェンスもだ。
事前調査していたのだろうが、手早いことだ。
最初から狙いを定めていたとしたら、ありえる話である。
俺も『夢』の中で何度も企業の合併や買収に立ち会ったから分かるが、GTM社が揃えた外部資料は完璧の一言に尽きた。
ヒシマエ重工が用意した資料よりも詳しいのではなかろうか。
「次回は明後日と言ってます」
「うむ。それで構わん」
老人が軽く頷いて、会談は終わった。
帰り道、「どこかに寄っていくかの」と老人が言うので、大通りに面したドーナッツ店に入った。
街中には、多くのファストフード店がひしめいている。
あと30年もすると、低所得者向けのこういった店はなりを潜め、チップが必要な店が増えていく。
いまはまだ、ブルーカラーが多いのだろう。
「しかし、トントン拍子に話が進んで、なんだか薄ら寒いの」
先ほどの会談を思い出したのか、老人が浮かない顔をした。
「次回は投資条件の確認になりそうですね。たしかに早いです。投資額、投資期間、投資の目的はほぼ決まっていますから、あとはこちらの条件になりますが」
「うむ。そういえば先ほどの話の中で、『情報開示のルール』が気になったのじゃが……」
「GTM社が情報開示を求めてきたら……という部分ですね。あれは透明性を求める……と言えば聞こえはいいですが、監視と監査権を求めた感じでしょうね」
「やはりそう思うか?」
「今回は一括融資ですから、社内
「ほぼ無制限に情報開示を求める権利を持ちたいわけか……」
老人は腕を組んで考え込んでいるが、俺は別のことが気になった。
「それより俺は、投資のリターンの方が気になりましたが」
「ん? そうか? 融資した金額と同等の価値があるものを担保にするのは当然だと思うが」
「はい、日本では普通です。米国の場合、株式の取得割合を話し合うのだと思ったものでして」
「ふむ?」
「融資が成功して株価が上がれば、それを売却して利ざやを稼ぐことができます。ですがGTM社は、社が保有する『融資した金額と同等の価値があるものを担保に』と言っています。おそらく契約締結の前に社のドル箱部門を指定してくるでしょう」
日本の商習慣に慣れているとあまり気にならないが、米国の投資会社の言葉としては、少しおかしい。
普通は、融資額と同等の株式を交換する。
融資が成功した場合、会社の業績は上昇するので株価は上がる。
もちろん手元にある株式はその上がった金額で引き取ってもらえばいいし、市場に出して売却することもできる。
今回、会社が保有する資産を指定してきた。
担保にしているだけだから、ヒシマエ重工側には一見、何の損もないように見える。
だがまるで、融資が失敗することがはじめから分かっているから、株式を指定していないようにもみえる。
そう説明すると、老人は
「銀行から金を借りるのと同じと考えていると、痛い目をみるわけか。ううむ……」
日本人の感覚だと、土地や建物を担保に金を借りることが普通なので、あまり気にならないだろう。
アメリカの場合は少し違う。
一般的な不動産ローンの他に、自動車を担保とするオートローン、株式を担保とする証券担保ローンなどがある。
他に、そのうち日本でも問題になる学生ローン。これは卒業後に自身が働いて返すローンである。
少額なら信用カードローンがあるし、信用が足らない場合は限度額を決めてパーソナルローンを組むことがある。
個人やビジネスで借りる際に、信用スコアや収入・業績などから最適なものを選ぶことになる。
担保の代わりに株式を譲り受ける証券ローンは、会社の業績が大きく上昇すると、利益が大きく膨らむ。
今回、その話が一切出なかったのが、気にかかったのだ。
「まあ、どうせ借りることはないのだ。気にせんでもよい」
「たしかにそうですね」
ホテルに戻ると、ヒシマエ重工の社員が待っていた。
俺たちが会談に臨んでいる間、昨日の名刺について、現地へ問い合わせたらしい。
「……ふむ。同姓同名の者はおるが、役職は違うとな。そしていま日本にいると」
「決まりですね」
あの小山田一郎と名乗った人物は偽物。
名刺にあった電話番号にかけてみたところ、長田商船株式会社は実在し、小山田一郎もそこに在籍していた。
ただし、役職は専務ではなく営業課長。そして本人が電話に出たという。
営業職が相手ならば、名刺を手に入れるのは容易。
それをそのまま使うのではなく、肩書きを専務に書き換えたのだろう。
パーティのような場で箔を付けるために。
「偽の名刺を持ってあのパーティにいたということは……」
「GTM社もグルということですね」
「ククッ、クック……」
老人は笑っている。笑っているのだが、その形相はとても笑っているとは思えないものだった。
「物騒な顔をしていますよ」
「あやつらをしっかり刻んで、魚の餌にしてやりたいところじゃが、いまの時代、それもできん。穏便な方法で引導を渡してやるわ」
顔どころか、発想すらも物騒だった。
老人と明後日の会談について詰めていると、ホテルのフロントから連絡が入った。
外線のようだ。相手は小山田一郎。電話を切り替えるか、聞いてきた。
「小山田一郎からですけど、出てもいいですね?」
「ほう。早速か。ではわしが受けるとしよう」
老人は電話を替わった。
数分ほど話して、老人は電話を切った。
「どうでした?」
「明日、会いたいと聞いてきたので、受けておいた」
「そうですか。どうせ明日は予定がありませんしね」
「うむ。ただ明日は部下を連れて会うことにする。おぬしは好きにしてよいぞ」
「分かりました。では……そうですね、少し遠出しようと思います」
老人は、あの詐欺師と俺をあまり会わせたくないようだ。
ならば俺は、少し気になるところを歩いてみよう。