菱前老人は、詐欺師に会うため、ウキウキしながら出ていった。
あの小山田一郎と名乗った詐欺師だが、まだ素性がバレたことを知らない。
老人とどんな話をするのか興味あるが、老人は俺をその場に連れて行きたくないらしい。
社員を数人引き連れていくようなので、あとで結果だけ聞こうと思う。
というわけで俺は今日一日、フリーだ。
「ラスベガスに行ってみるか」
ホテルのフロントで確認したところ、最寄りの空港を使えば、ラスベガスまでおよそ一時間らしい。
料金は片道42ドルと格安だ。
『夢』の中で俺は、冤罪で逮捕された。
マスコミが待ち構えている中での逮捕だ。
まったく状況が分からなかったため、当初はものすごく混乱してしまった。
混乱だけではない。あとで思い返せば、記憶もあやふやだった。
当初は満足に答えられず、あれで警察の心証が悪くなったのかもしれない。
俺はなぜ、ラスベガスから飛行機に乗ったのか。
たしかに搭乗チケットは、ラスベガスからだった。
だが記憶力のいい俺が、どれだけ思い出そうとしても、ラスベガスで何をしていたのかどころか、どうやって飛行機に乗ったのかすら覚えていなかったのだ。
――記憶の欠落
サクラメントで工場の受注に成功し、現地で向こうの社員と打ち合わせをした。
着工日を含めた諸々が決まり、俺は一度、報告のため帰国したはずだった。
それなのになぜ俺は、ラスベガスから飛行機に乗ったのか。
手がかりはラスベガスにあると思うが、そう都合良く欠落した記憶が見つかるだろうか。
俺は空港までタクシーで向かい、そこからプロペラ機でラスベガスの町に降り立った。
ラスベガスといえばカジノだ。
「眠らない町」と言われ、いまも多くの富裕層がきらびやかな建物の中でギャンブルに勤しんでいるはずだ。
「……さて、どうするかな」
勢いで来てみたものの、見たことのある風景はない。
ここは砂漠の中にできた町だが、歩いて回るには広すぎる。
移動するにはタクシーが便利だが、その前に目的地を決めなければならない。
「そうだな……南に行ってみるか」
一昔前のドラマや映画、小説でラスベガスが舞台になると必ず、マフィアが登場する。
カジノやホテルをマフィアが仕切っているのだ。
一文無しになった客は、カジノの地下に連れていかれ、弾が一発だけ入った拳銃を渡されて小さな部屋に入れられる。
すると部屋の中から銃声が聞こえて、マフィアのボスが「片付けておけ」と指示したりする。
その時代、カジノを仕切っているのはマフィアであることはみんな知っていたし、きらびやかな町の裏には、そういった暴力が潜んでいることを理解していた。
そんなダークな場所で、富豪たちが遊びたいと思うだろうか。
一般人もそうだ。小金が貯まったからカジノへ行こう……となるだろうか。
善良な一般人がカジノで遊びたいと考えても、マフィアが仕切っているというだけで敬遠するはずだ。
80年代に入って、負のイメージを払拭するため、米国政府はマフィアへの締め付けを厳しくした。
結果、マフィアが所有するホテルなどは売却され、マフィアの影響力は日増しに少なくなっていった。
その後、町の拡張ラッシュがはじまる。
するとまた、マフィアが暗躍し出すが、さまざまな法律を駆使してマフィアを押さえ込んでいったのである。
90年代に入ると、マフィアの影響力はほぼ払拭され、またもや町の拡張が始まったのである。
「この時期はたしか、ラスベガスの南部だったよな」
いまから俺が向かうところは、町の拡張がはじまっているはずだ。
タクシーに乗り込んで十五分ほど。
思った通り、ラスベガスの南部はいままさに拡張の真っ最中だった。
完成した住宅や店舗がある横で、建築途中の家が並んでいたりする。
区分けしたまま放置されている箇所もあり、あと数年もすれば、ここに多くの家が立ち並ぶだろう。
しばらく進むと大きな建物が目に入った。
スーパーマーケットだろうか。
建物に看板を設置している人たちがいる。
「あっ、運転手さん! 止めてください!」
タクシーの運転手は不審な目を向けてきたので、ここで降りると告げた。
運賃を支払い、タクシーを降りると、俺は看板に近寄った。
「……これ、見たことあるぞ」
新品の看板を設置しているのだから、この建物は開店前だ。
だが俺は、ここに入ったことがある。もちろん今ではない。2030年当時だ。
ここでは、食品と雑貨、それにカウンターでコーヒーとドーナッツを売っていた。
「……うっ!」
看板を見上げていると、急にフラッシュバックが来た。
俺はここに立ち寄った。
だが、目的があって店に入ったのではない。
何度もフラッシュバックがやってきて、映像が次々と蘇ってきた。
「そう、俺はここで三人のあとをつけたんだ……気づかれないよう、ゆっくりと……」
一人は男性……おそらく亜門清秋だろう。
残りの二人は女性だ。後ろ姿と横顔を見ただけだが、よく似ていた。
歳は……それほど若くない。40代くらいだろうか。
清秋と一緒にいる二人の女性は、どこかで見たことがある。
「…………あっ!」
思い出した。
清秋と一緒にいるのは、占い師と名乗ったあの双子の少女たちだ。
かすかだが、面影がある。
「あのとき俺は、清秋と双子のあとをつけていたのか」
どうやら、双子とは初対面ではなかったようだ。
そこまで思い出したとき、更なるフラッシュバックがやってきた。
パパパパッと、時系列を完全に無視した記憶の流れ。
断片的な記憶の欠片が、次々と俺の頭に流れ込んでくる。
もともと『俺の記憶』だからか、無秩序な記憶の欠片でも、順番通りに並べ替えることができる。
「そうか……飛行場で見かけたか」
サクラメントで俺は、飛行場にいた清秋を見たのだ。
何十年も会っていなくてもすぐに分かった。
同時に気になった。
清秋は日本で官僚をしているはずだ。それがなぜ、こんなところにいるのか。
俺は黙ってあとをつけた。
清秋は双子と合流し、何やら話をしている。
俺はそれを盗み聞きして、彼らがこれから飛行機でラスベガスへ向かうことを知った。
清秋がサクラメントに来たのは双子と合流するためだったようだ。
(アイツは官僚だ。外国で不正をしているかもしれない)
直感だが、清秋の弱みが握れるかもしれないと考えた俺は、スマートホンで彼らが乗る飛行機をネット予約し、余った時間で変装のため、売店でサングラスを購入した。
そうして俺は、清秋たちと同じ飛行機に乗り込んだのだ。
運良く席は離れていたし、俺はサングラスで顔を隠していた。
清秋に気づかれることはなかった。
タクシーでやつらのあとをつけ、ここに寄ったことまでは思い出した。
「ここであいつは買い物をして……それから……?」
それからどうしたのか。思い出せそうで思い出せない。
「ここからどこかへ向かったはずだが……どっちへ向かったんだ?」
この不自然な記憶の欠落がもどかしい。
俺はどこに向かえばいいか分からず、その場に立ち尽くした。