俺は、ラスベガスの中心部からここまでタクシーで来た。
2030年当時、つまり『夢』の中でのことを考えよう。
亜門清秋たちは、どうやってここまで来た?
状況的に考えて、空港からタクシーに乗ったはずだ。そしてこの店の前で降りた。
だとすると、目的地はこの辺ではないか?
「よし、周辺を歩いてみよう」
いまこのあたりは、町を拡張するため、大規模な工事をしている。
歩いたところで、数十年後の面影を見つけることは不可能だろう。
「いまと数十年後で、景色が変わらない場所があれば……」
俺は、ここから少し離れたところなる小高い丘に目をやった。
数十年経っても変わらない場所といえば、そこくらいしかない。
ゆるやかな坂をのぼり、丘に向かう。そこで二時間ほど散策した。
すると、一枚の大きな岩を見つけた。
オーストラリアのエアーズロック――このあと現地語の『ウルル』と呼ばれるあれに似ている。
岩の大きさはもっとも長い横幅で四十メートルほどだろうか。
ぐるっと一周すると、以前菱前老人宅で見た壁画と同じものを見つけた。
あのとき菱前老人は、写真は中国の温州市で撮ったものと話していた。
「中国とアメリカで、同じ絵か」
そして忘れてならないのが、双子が持っていたペンダント。
幹部の印と言っていたあれにも、これと同じ絵が描かれていた。
中国と日本。そしてここアメリカのラスベガス。
この絵と出会うのは、三度目だ。
俺は壁画に近づいた。
「これは……スプレーの落書き?」
壁画の周辺に、スプレーで落書きがある。
暴走族が「○○参上」と書いているアレと同じ。
おそらくこの落書きは、自己顕示欲の強い若者たちが描いたものだ。
だれかがこの壁画を見つけて、周辺にラクガキを描き始めたとか、そんな感じだろう。
夜になれば、灯り一つないこの場所だ。
若者の夜のたまり場なのかもしれない。
ただの岩があるだけで、ここには何もない。
しかも若者のたまり場になっているのならば、良識ある者たちは普段、近寄らないだろう。
だからこそだれにも注目されず、この絵も何十年にわたって放置されたのかもしれない。
「ある意味シュールだな……うっ!」
壁画に触れた瞬間、記憶の欠片が怒濤のごとく押し寄せてきた。
フラッシュバックだ。
俺が清秋たちのあとをつけていったときの記憶。それが蘇ってきた。
なるほど、俺の記憶によれば、清秋と双子は間違いなくここへ来た。
俺は距離をとって、彼らに気づかれないよう、彼らの行動をこっそり見ていた。
「ううっ……」
ここで清秋が何をしたのかも、バッチリ見てしまった。
好奇心猫を殺すということわざがある。
それと知らず、俺は連中の秘密に迫ってしまったのだ。
「……っ、ふう」
フラッシュバックは終わった。
今回のことで、いろいろ記憶が戻ってきた。
俺は痛む頭を押さえつつ、壁画の右手に触れた。
続けて壁画の右足、左足、右手、左手、右手、左手、右足、左足と触れて、最後に頭を三度、叩いた。
「記憶の通りなら……」
ゴゴゴと、重いものがこすれる音が響き始めた。
「やはり『夢』と同じか……壁画がタッチセンサーになっているだろう。この順番、知っている者じゃなきゃ、絶対無理だ」
ゴゴゴという音が消え、足下のわずかな振動もなくなった。
壁画が描かれている岩の裏に洞窟の入口があり、それが開いたのだ。
『夢』の中で清秋たちは、迷うことなく洞窟の中へ消えていった。
俺はそれを隠れて見ていた。
その後、おそるおそる近づいてみたが、入口はもう、閉じた後だった。
俺はその場で、かなり長い時間隠れて待っていた。
だが一時間、二時間待っても、彼らが戻ってくることはなかった。
そのため俺は、意を決して清秋のマネをして洞窟の入口を開き、中へ入った。
「そうだ……俺はあのとき、洞窟の中へ入った」
今回、清秋たちはここにいない。
俺はだれにも見られていないことを確認したあと、洞窟に入った。
「……そう、ここだ」
菱前老人宅ではじめてフラッシュバックを見たとき、俺は洞窟の中を進んだ記憶があった。
それがこの洞窟だったのだ。
洞窟は長く、ゆるやかに下っている。かなり歩くと、細い脇道が出現した。
洞窟は人工的に掘られたようで、下は平ら。天井や壁全体がほのかに発光している。
そのため、壁面のデコボコも目を凝らせば、見ることができた。
「ここだ。ここで俺は清秋たちをやり過ごした」
洞窟を進むうち、コツコツという足音が聞こえた。
あとで分かったのだが、双子が履いていたヒールが音を立てていたのだ。
俺は清秋たちに見つからないよう、脇道のひとつに隠れた。
清秋たちは俺に気づくことなく、出口の方へ向かって進んでいった。
「記憶が蘇ってきた。この先……そうだ、目的の場所はもうすぐのはずだ」
あのとき、双子が履いていたヒールの音で、清秋たちを察知できた。
俺は、音を出さないよう歩いていたため、清秋たちに気づかれることはなかった。
あのとき、彼らをやり過ごした俺は洞窟を進み、そして……。
『夢』の中と同じように俺は洞窟の中を行き止まりまで進んだ。
当時も、清秋たちがここで引き返したとは思えなかった。
あれほど長い時間、洞窟に中にいる意味がないからだ。
「……あった」
行き止まりの壁の脇に小さな絵を見つけた。壁画と同じ絵だ。
触れる順番は覚えている。
壁画の右手から順に触れていくと、行き止まりだった場所がゆっくりと開いた。
観音開きの扉があり、それが巧妙に隠されていたのだ。
扉の奥の床はしっかりとした石畳に変わっており、薄暗かった天井は十分な明るさがあった。
天井全体が光を放っているのだ。
しばらく進むと、一メートルほどの生き物が立った状態で俺を待ち構えていた。
全身が赤茶色で、頭部に二本の角が生えている。
それだけではない。背中にはコウモリの羽根に似たものがあり、手や足の爪が尖っていた。
顔は雄牛を思わせるが、その目をよくみると知性が感じられる。
米国で有名なUMAであるジャージー・デビルにそっくりだ。
キリスト教徒がこの姿を見れば、「悪魔!」と断定し、十字架を突きつけたことだろう。
そんな悪魔に似た生き物を見つけた俺はというと……。
「このっ、ギュラルラルゥめ! よくも俺を騙しやがったな!!」
目の前の悪魔のような生き物を指さし、俺はそう糾弾した。
「人よ……なぜ、私の名を知っている?」
それに対する悪魔の返答は、困惑を含んだものだった。