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086 記憶の奔流

 俺は、ラスベガスの中心部からここまでタクシーで来た。

 2030年当時、つまり『夢』の中でのことを考えよう。


 亜門清秋たちは、どうやってここまで来た?

 状況的に考えて、空港からタクシーに乗ったはずだ。そしてこの店の前で降りた。


 だとすると、目的地はこの辺ではないか?

「よし、周辺を歩いてみよう」


 いまこのあたりは、町を拡張するため、大規模な工事をしている。

 歩いたところで、数十年後の面影を見つけることは不可能だろう。


「いまと数十年後で、景色が変わらない場所があれば……」

 俺は、ここから少し離れたところなる小高い丘に目をやった。


 数十年経っても変わらない場所といえば、そこくらいしかない。

 ゆるやかな坂をのぼり、丘に向かう。そこで二時間ほど散策した。


 すると、一枚の大きな岩を見つけた。

 オーストラリアのエアーズロック――このあと現地語の『ウルル』と呼ばれるあれに似ている。


 岩の大きさはもっとも長い横幅で四十メートルほどだろうか。

 ぐるっと一周すると、以前菱前老人宅で見た壁画と同じものを見つけた。


 あのとき菱前老人は、写真は中国の温州市で撮ったものと話していた。

「中国とアメリカで、同じ絵か」


 そして忘れてならないのが、双子が持っていたペンダント。

 幹部の印と言っていたあれにも、これと同じ絵が描かれていた。


 中国と日本。そしてここアメリカのラスベガス。

 この絵と出会うのは、三度目だ。


 俺は壁画に近づいた。

「これは……スプレーの落書き?」


 壁画の周辺に、スプレーで落書きがある。

 暴走族が「○○参上」と書いているアレと同じ。


 おそらくこの落書きは、自己顕示欲の強い若者たちが描いたものだ。

 だれかがこの壁画を見つけて、周辺にラクガキを描き始めたとか、そんな感じだろう。


 夜になれば、灯り一つないこの場所だ。

 若者の夜のたまり場なのかもしれない。


 ただの岩があるだけで、ここには何もない。

 しかも若者のたまり場になっているのならば、良識ある者たちは普段、近寄らないだろう。


 だからこそだれにも注目されず、この絵も何十年にわたって放置されたのかもしれない。

「ある意味シュールだな……うっ!」


 壁画に触れた瞬間、記憶の欠片が怒濤のごとく押し寄せてきた。

 フラッシュバックだ。


 俺が清秋たちのあとをつけていったときの記憶。それが蘇ってきた。

 なるほど、俺の記憶によれば、清秋と双子は間違いなくここへ来た。


 俺は距離をとって、彼らに気づかれないよう、彼らの行動をこっそり見ていた。

「ううっ……」


 ここで清秋が何をしたのかも、バッチリ見てしまった。

 好奇心猫を殺すということわざがある。


 それと知らず、俺は連中の秘密に迫ってしまったのだ。

「……っ、ふう」


 フラッシュバックは終わった。

 今回のことで、いろいろ記憶が戻ってきた。


 俺は痛む頭を押さえつつ、壁画の右手に触れた。

 続けて壁画の右足、左足、右手、左手、右手、左手、右足、左足と触れて、最後に頭を三度、叩いた。


「記憶の通りなら……」

 ゴゴゴと、重いものがこすれる音が響き始めた。


「やはり『夢』と同じか……壁画がタッチセンサーになっているだろう。この順番、知っている者じゃなきゃ、絶対無理だ」


 ゴゴゴという音が消え、足下のわずかな振動もなくなった。

 壁画が描かれている岩の裏に洞窟の入口があり、それが開いたのだ。


『夢』の中で清秋たちは、迷うことなく洞窟の中へ消えていった。

 俺はそれを隠れて見ていた。


 その後、おそるおそる近づいてみたが、入口はもう、閉じた後だった。

 俺はその場で、かなり長い時間隠れて待っていた。


 だが一時間、二時間待っても、彼らが戻ってくることはなかった。

 そのため俺は、意を決して清秋のマネをして洞窟の入口を開き、中へ入った。


「そうだ……俺はあのとき、洞窟の中へ入った」


 今回、清秋たちはここにいない。

 俺はだれにも見られていないことを確認したあと、洞窟に入った。




「……そう、ここだ」

 菱前老人宅ではじめてフラッシュバックを見たとき、俺は洞窟の中を進んだ記憶があった。


 それがこの洞窟だったのだ。

 洞窟は長く、ゆるやかに下っている。かなり歩くと、細い脇道が出現した。


 洞窟は人工的に掘られたようで、下は平ら。天井や壁全体がほのかに発光している。

 そのため、壁面のデコボコも目を凝らせば、見ることができた。


「ここだ。ここで俺は清秋たちをやり過ごした」

 洞窟を進むうち、コツコツという足音が聞こえた。


 あとで分かったのだが、双子が履いていたヒールが音を立てていたのだ。

 俺は清秋たちに見つからないよう、脇道のひとつに隠れた。


 清秋たちは俺に気づくことなく、出口の方へ向かって進んでいった。

「記憶が蘇ってきた。この先……そうだ、目的の場所はもうすぐのはずだ」


 あのとき、双子が履いていたヒールの音で、清秋たちを察知できた。

 俺は、音を出さないよう歩いていたため、清秋たちに気づかれることはなかった。


 あのとき、彼らをやり過ごした俺は洞窟を進み、そして……。


『夢』の中と同じように俺は洞窟の中を行き止まりまで進んだ。

 当時も、清秋たちがここで引き返したとは思えなかった。


 あれほど長い時間、洞窟に中にいる意味がないからだ。

「……あった」


 行き止まりの壁の脇に小さな絵を見つけた。壁画と同じ絵だ。

 触れる順番は覚えている。


 壁画の右手から順に触れていくと、行き止まりだった場所がゆっくりと開いた。

 観音開きの扉があり、それが巧妙に隠されていたのだ。


 扉の奥の床はしっかりとした石畳に変わっており、薄暗かった天井は十分な明るさがあった。

 天井全体が光を放っているのだ。


 しばらく進むと、一メートルほどの生き物が立った状態で俺を待ち構えていた。

 全身が赤茶色で、頭部に二本の角が生えている。


 それだけではない。背中にはコウモリの羽根に似たものがあり、手や足の爪が尖っていた。

 顔は雄牛を思わせるが、その目をよくみると知性が感じられる。


 米国で有名なUMAであるジャージー・デビルにそっくりだ。

 キリスト教徒がこの姿を見れば、「悪魔!」と断定し、十字架を突きつけたことだろう。


 そんな悪魔に似た生き物を見つけた俺はというと……。


「このっ、ギュラルラルゥめ! よくも俺を騙しやがったな!!」

 目の前の悪魔のような生き物を指さし、俺はそう糾弾した。


「人よ……なぜ、私の名を知っている?」

 それに対する悪魔の返答は、困惑を含んだものだった。


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