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096 2030年 病室での話

 米国カリフォルニア州にあるサクラメント。

 とある病院の一室で、一人の女性が目を覚ました。


「あやめっ! よかったぁ~~」

 直後、名出琴衣の絶叫が病室に響いた。


 数日前から神宮司あやめのバイタルが安定してきており、脳波モニタリングの数値や、心拍数、血圧、酸素飽和度も活性化してきたことから、目覚めが近いと言われてきた。


 それを聞いた琴衣は、ずっと病室に泊まり込んで看病を続けていたのだ。

「琴衣……ひどい顔……よ」


 弱々しい声だが、それはまぎれもなく、神宮司あやめ本人の言葉だった。

「あやめ~~~!」


 琴衣は涙を流し、彼女の首元にすがりつく。

 ちょうどそのとき、モニタリングで覚醒が分かったのだろう。医師と看護師がやってきた。


 医師が計器をチェックし、看護師があやめに問いかけをはじめる。

 その様子を見ていた琴衣は、邪魔と判断されたのか、看護師の一人が退室するよう促した。


「あやめ、またあとでね! 絶対にまた来るからね!」

 治療の邪魔になると考え、琴衣は病室を出た。


 その必死な様子にあやめはクスリと笑った。




「ほんっと、良かったわ~~」

 電話口で琴衣が安堵のため息をつく。


『そうだね。いまのところ、状態は安定しているんだろ?』

 吉兆院優馬がそう尋ねると、琴衣は大きく頷いた。


 ホテルに戻った琴衣は、日本にいる優馬に電話をかけたのだ。


「でも、あやめって、酷いのよ。あたしの顔を見て『老けた?』だって! 『十年くらい寝てたのかと思っちゃった』なんて言うんですもの!」

 プンプンと琴衣が怒るが、本気で腹を立てているわけではないだろう。


『キミだって、ずっと寝ていないんだろ? まずはゆっくり休んだらどうだい?』

「ううん、まだやることがあるから」


 すでにあやめの検査が終わり、面会しても問題ないことが確認された。

 琴衣は真っ先に、あやめのスマートフォンを勝手に見たことを謝罪した。


 必要に迫られたとはいえ、他人のプライバシーを暴くかのような行為は褒められたものではない。

 そうしたらあやめは、「いいのよ。それより、ミスターのことよ」と、彼女が調べた内容について告げたのだ。


「ちょっと、おかしいの」とあやめが言う。

 バイオ燃料になるソルガムは荒れ地で育成可能という利点のみならず、生育が早く、エネルギー変換効率もよい。


 新技術が発見され、化石化燃料の代替品として、十分であるという。

 これを発表すれば、新時代のエネルギーとして注目を集めるはずだった。


 だが、世間はそれほど注目してくれなかった。なぜなら……。


『石油に変わる新エネルギーだろ? あれは山師やましが荒らし回ったからなぁ……』

 優馬が嘆息する。


 この場合の山師は、詐欺師と同義である。

 ここ十数年、「新しいエネルギーが開発された」と多くの公金目当ての発表が相次いだ。


 実験データのねつ造はまだ可愛いもので、どこかの古い工場をエネルギー開発工場だとでっち上げ、「現在、エネルギーを稼働中である」と投資詐欺を行ったりしたのだ。


 そのため、散々振り回された投資家や政府関係者は、どんな技術や研究結果が出ても、飛びつくことはしなくなってしまった。

「もう騙されるものか」というのである。


「あやめが言うには、工場が完成して、実際に運用してからじゃないと、世間は注目しないようなのよね」

『その気持ちは分かる。だから、工場建設を急いでいるんだろ?』


「ところがそうはいかないのよ」

『……?』


「最初、荘和コーポレーションが受注したでしょ。ミスターがタッチしていれば、確実に期日内に稼働させたと思うのよね。だけどあやめが言うには、いまの会社は口先だけだって」


 口では調子のいいことを言っているが、本気でやるつもりがあるのか、甚だ疑問だったらしい。

『そんなの、聞いて分かるものなの? いや、神宮司さんの能力を疑っているわけじゃないけど』


「質問したけど、具体的な質問に何一つ答えられなかったんですって。予算だって詳しい内訳は知らないみたいだし、工事計画もあやふやで、夏休みの宿題をやったけど忘れたって言い訳したあたしにソックリ……これは忘れて!」


 優馬は「ああ、あのときか」と二人の間でどんなやりとりがあったか察した。

 あやめが言うには、彼女と話した担当者は終始ニコニコ。とても親切に対応してくれたという。


 だが、計画の内容を知らないし、建築に関してのタイムテーブルもとんちんかんな返答があったかと思えば、本来手配すべき内容についても、まったく頓着しない有様だったらしい。


「受注するのが目的で、それ以降のことは考えていなかったみたいなのよ」

『つまり、どこぞの国の高速鉄道みたいなものか』


「そんな感じね。けど、いつかは完成するでしょうね。でも世界はそこまで待ってくれないかもって、あやめが言っていたわ。もし完成が半年遅れたとして、その半年が明暗を分けるかもって」


『たしかに昨今は、エネルギー大戦前夜って言われているしな』

 すでに先進国の我慢は限界に達している。


 先進国が血の滲むように電力の節約をしている横で、途上国や共産国がジャンジャンと無駄にエネルギーを消費している。

 すでに東西冷戦のとき以上の緊張が世界に張り巡らされている。


 昔から米国が、「戦争に突入する状況」を示すときにデフコンという言葉が使われるが、すでに開戦に入るデフコン2が使用されている。

 デフコン1が核兵器を含む戦争を想定していることを考えると、現状、世界は最悪の状態となっている。


「食糧生産とバッティングしないソルガムのエネルギーがしっかりと注目を浴びたら、世界大戦は回避されるだろうって、あやめは言ってるわ」

『返す返すも、ミスターが逮捕されたのが痛いな』


「そう。問題はそこよ! あやめが言うには、本来これは、荘和コーポレーションが受注する予定じゃなかったんだろうって」

 どこか、とてつもなく頭の良い集団があって、そこが総力を挙げて受注金額を算出した。


 それをそのまま提出したが、荘和コーポレーションはその上をいった。

 相手は慌てただろう。まさか、あれ以上の金額を攻めてくるとは思わなかった。


 このままでは荘和コーポレーションが工場を建設してしまう。

 なんとしてでも阻止しなければ。そう考えて、今回の立て役者であり、計画の柱であるミスターを罠にかけた。 


『だがそれだと、荘和の内部告発はおかしくないか?』

「そうなのよね。荘和の中に、荘和を潰したい人がいたとしか思えないんだけど……」


『さすがに自分の会社を不利益になるようなことはしないんじゃないか。……偶然、荘和を内部から潰したい奴がいた? そういえば、ミスターの上司が変な動きをしているんだよな』

奥津おくつ利明としあきよね。彼の独断かしら」


『流れからすると、荘和の本社も絡んでいるとは思うけど……』

「決めたの! あたしは、ミスターの裁判、絶対にひっくり返してやるわ。それで出所したら接触してみるつもり」


『はあ? 接触してどうするんだ?』


「決まってるじゃない! 今回の事件の黒幕をギャフンって言わせるのよ。あたしは、死の商人が関わっていると思うのよね。戦争で大もうけしようとしている人たちがいて、そんな人たちがいまの流れを作っているのよ。だからそれを潰したい」


『オレも戦争になったらやだしな、協力するけど……ミスターの無実か。ちょっと面白そうだな。やってみるか』

 こうして優馬と琴衣はこのあとの行動を確認して電話を切った。


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