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097 土産と手掛かり

「はい、これお土産!」

「ありがとうございます」


 神子島かごしまはなさんが差し出した土産を俺は受け取った。

 デフォルメされた可愛いキツネのイラストが、包装紙に印刷されている。


 そしてデカデカと『清里きよさと』の文字。

「この前、女友達三人で行ってきたんだ」


 華さんはそう言って、チラチラと俺の方を見る。

「そうですか、よかったですね」


 この時代、清里はメルヘンかつファンシーな観光地として、テレビや雑誌でよく取り上げられている。

 昔は何もなかった辺鄙な場所だが、町全体を観光地化させて人を呼び寄せているのだ。


 清里はもともと山林だったところを切り開いて、農地の代替地として人が移り住んだのがはじまりだと聞いている。

 そのせいか、清里の住民たちは地元に対する愛着は少なく、観光地化することにも抵抗は少なかったらしい。


 そして清里の観光を後押ししたのが女性雑誌。

 女性客を意識した町作りと相まって、一大観光地化に成功した。


 ただし、バブルが崩壊するとここを訪れる人は激減することとなる。

 加えてライフスタイルの変化によって、女性の価値観も変わってしまったため、一気に過疎化する。


 いまはまだ、時代の寵児と持てはやされるが、しだいに時代のあだ花となっていく。

「それでさあ……(チラチラ)」


 華さんは、いまだ俺の方をチラチラと見ている。

「分かりました。これが俺からのお土産です」


 どこで聞いたのか、俺が渡米したことはすでに知っていた。

 おそらく土産を配ったことも聞いて知っているのだろう。


 意外とアンテナが高いのかもしれない。

 いや、この時代では理解できない表現だ。いまならさしずめ『情報通』と言ったところだろうか。


「わあい、ありがとー!」

 チョコレートやクッキーの詰め合わせだが、華さんは嬉しいらしい。


「それで清里はどうでした?」

「若い女の人しか歩いてなかったかな」


「いまだにそうですか」

 女性誌が女性の一人旅や、少人数での旅を必死にアピールしたことで、いまだその影響を受けているのだろう。


 この時代に清里のペンションに宿泊した女性たちは、すでにそれなりの年齢に達している。

 華さんたち大学生はまだしも、二十代半ばから後半に達する女性も多かったのだ。


 彼女たちが結婚して子供が生まれ、家族旅行をするときにはもう、別の観光地を選ぶことになる。

 日本全国、家族旅行に適した場所など、いくらでもあるのだから。


 そして清里は家族旅行に向いていない。

 やはり、ターゲットを絞りすぎるのはよくないのだと考えさせられる。


「あとね、並んでソフトクリーム買って食べたかな。それから……綺麗な建物の間をいっぱい歩いた?」

「中に入らなかったんですか?」


「そういう建物って、お土産屋さんばかりだし、いくつも入ってもねえ……外から見ればもう十分だし」

 情報誌に踊らされて向かったものの、あまり現地で感銘を受けることはなかったようだ。


「新しくできた観光地なんて、そんなものでしょうね」

 ブームが始まったのはいまから十年くらい前だろうか。所詮はにわか観光地だ。


「あっ、でも、この前ファミレスで、わたしが勉強を教えていたときあったでしょ」

「『勉強を教わって』ですね。日本語は正しく使いましょう」


「えー……」

「大学生が高校生に勉強を教わっていたときのことですね? それで?」


「うー、いじわる。……あのとき、双子の女の子がやってきたでしょ」

 俺の背中がビクンと跳ねた。たしかに勉強を教えていたとき、『占い』と言い張る預言者の双子がやってきた。


「来ましたね。それがどうしました?」

「清里のお土産屋さんでさ、その子と同じ紋っていうの? ほら、漢字の九に星が書かれているやつ。あれを着ている子がいたのよ」


「……!?」

 九星会の人間ってことか? なぜ、そんなところに?


「売り子をしていたの。お客さんの相手で忙しそうだったけどさ、ちょっと聞いてみたのね。そしたら家は山梨の別の場所にあって、そこへは親戚の手伝いに来ているんだって」

「…………」


 そう言えば華さんは、ファミリーレストランのときも物怖じしないでよく質問していた。

 それはいい。それより、九星会の信者が親戚の家でアルバイト?


 九星会は大きな組織だ。信者は日本全国にいる。清里にだっているだろう。

 九星会の本部が山梨県にあり、清里も山梨県だ。多くの信者がいても不思議ではない。


「その人さ、実家は山の中らしくて、周囲になんにもないんだって。可哀想だよね。お土産屋さんまでは直線距離だと近いらしいんだけど、山を越える道がないから、こうやってぐるっと甲府を回って……きゃっ、何?」


 俺は彼女――華さんの両肩を掴んだ。いま、何て言った?


「実家から清里へ行くには、甲府を回って……?」

「う、うん。そうだけど、どうしたの?」


 華さんが空中で描いた移動ルート。そのはじまりの位置を俺は知っている。

 九星会の本部がある場所だ。


 その売り子は、九星会の信者で間違いないだろう。

 その地域に住む人間のほとんどが、信者のはずだ。


 そして清里の位置は、かつて俺が調べた九星会の本部のすぐ近くだった。

 ただし、直線で進むことはできない。間に山があるからだ。


 その売り子が九星会の信者だとして、詳しい内容――かつて地球に不時着した宇宙人を崇めているとか、未知のエネルギーでウイルスを造り出したとか、それでチート人間が出来上がったなどということは知らないに違いない。


 秘密なんてものは、それを知る人間が少なければ、少ないほど守られる。

 九星会の秘密は、何百年も守られてきた。


 おそらくは位階いかいかなにかを九星会の中で設定していて、幹部の……それも上位に位置する者しか、知らされていないはずだ。


 そうでなければ、もうとっくに九星会の異常さが世間に知れ渡っている。

 ということは、その売り子は九星会のお膝元に住んでいるものの、核心の情報には触れていないことになる。


 これは使えるのではないか?

「……なあ」


 華さんの物怖じしない性格のおかげで、亜門清秋の目が届かないところで接点を持つことができるかもしれない。

「なに? 籍を入れる話?」


「……籍?」

「えっと、わたしとしては手順を踏んでほしいかなあって、思ったりもするんだけど、若い人のリビドーは理解しているし。ん~~」


 華さんは唇をとがらせて、目を瞑った。

 俺が両肩を掴んだのを誤解したようだ。というか、普段からそんなことばかり考えているのだろうか。


 俺は土産の箱を華さんの唇に押しつけて考えた。

 九星会本部の地下には、エーイェン人の遺したオーパーツがある。


 俺の頭に、一つの計画が浮かんだ。

 九星会を潰す計画が……。


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