この夏休み、神子島華さんが、友人と山梨県の『清里』へ行ってきた。
女性向けの情報誌には、毎月のようにメルヘンな観光地である清里の情報を載せている。
行ってみたくなったとしても、まったく不思議ではない。
華さんがそこで、九星会の信者を見かけたのは、完全な偶然だと思う。
そこに作為や罠、仕込みがあったとは思えない。
つまりこれは
亜門清秋とは別ルート。つまり、奴に気づかれることなく、双子の少女と接触できるかもしれないし、九星会の本拠地へ向かうことも可能かもしれない。
「その土産物屋について教えてくれないか」
「へっ? なんで?」
「双子の少女たちに、聞きたいことがあるんだ。その人なら、連絡が取れるかもしれない」
もちろん嘘だが、何も知らない華さんを危険に巻き込むわけにもいかない。
「そうなの? いいけど……『ちくたく』というファンシーな小物を売っているお店よ」
「『ちくたく』か。間違いないのか? 観光案内のパンフレットを見れば、場所は分かるかな」
インターネットで『検索』ができないので面倒だ。
華さんが勘違いしていたりすると、現地で立ち往生しかねない。
「うん、私が入ったお土産を売ってるお店ってあまり多くないから、間違いないと思う。駅前にあるパンフにも載っていたけど……まさか、行くの?」
「ああ、気になることがあるんだ」
エーイェン人であるギュラルラルゥに会ったことで、俺はすべてを思い出した。
あの日のことだけではなく、亜門清秋――九星会の野望もすべて思い出した。
やつらは、もう一度世界大戦をおこさせて、その後の復興で世界のリーダーになろうとしている。
第二次大戦後を考えれば、おのずと答えは見えてくる。
戦後、政治や経済を牛耳ることが世界のリーダーに必要なことだった。
米国一強とならなかったのは、戦勝国側に共産国がいたからだ。二強時代となって、冷戦が発生した。
第三次大戦後はどうだろうか。九星会は、世界のエネルギーを握ることが重要だと考えている。
おそらくそれは正しい。今後、エネルギーを制限されれば、国は簡単に衰退する。
九星会が2030年まで行動を起こさなかったのも、戦後のリーダーシップを取れる目算が立たなかったからだろう。
たとえば、ウイルスによるチート能力を持っている人間はあまりに少ない。
ラスベガスにあるエーイェン人の住み処が発見されるまで、行動に移せなかったのだ。
どれほど優秀な者だろうと、一人でやれることには限界がある。
清秋のような能力を持った者が量産されれば、その弱点も克服される。
危なかった。あのとき俺が清秋の跡をつけていかなければ、最悪、ギュラルラルゥは殺され、プログレッシオの円盤は持ち去られたことだろう。
そして俺は、この先の歴史を知っている。
経済が失速し、世界はどんどん悪い方向へ進んでいく。九星会が台頭する下地ができつつあるのだ。
世界はエネルギーを巡って、緊張状態となる。そうなってから、九星会をどうにかしようとしても遅い。
いまのうちに、九星会の野望を挫いておきたいと思う。
『夢』の中では、亜門清秋に一度も勝てなかった。いま勝てるとも思えない。
だが、奴がいなければ、勝機はあると思っている。そのためにも、この僥倖を逃したくない。
俺の真剣な思いが通じたのか、華さんは「やっぱり年上が好みなのね」と納得した顔をしていた。
通じていなかった。
一人になって、いろいろと考えた。
亜門清秋は、東大を出て官僚になった。
優秀な同志を見つけることと、政治の中枢に身をおいた方が有益だと判断したからだろう。
事実、東大時代の同級生は、やつに感化されて九星会に入った。
久しぶりに会ったとき、「悲願がもうすぐ叶う」と言っていた。
あのときの言葉の意味は、いまなら分かる。戦争がはじまるのだ。九星会は、それを終わらせることができるか、コントロールする自信があったのだろう。
「まいったな……」
やはり敵は強大だ。俺一人では、太刀打ちできないかもしれない。
いや、先のことで悩んでもしょうがない。出たとこ勝負になるが、双子と接触すること、できれば九星会の本部をこの目で見ることを考えよう。
俺は清里に向かう準備をすることにした。
「新宿の旅行代理店でいいか」
インターネットが発達すれば、自宅にいながらにして宿の予約ができるが、この時代だと旅行ガイドを買ってきて、自分で電話するか、旅行代理店に出向いて予約するしかない。
清里は人気のスポットだ。ガイドブックに載っている宿を一軒一軒電話するのは骨が折れる。
代理店ならば一軒くらい、空いている宿を探してくれるだろう。
日帰りでもいいのだが、かなり忙しいことになるため、できれば現地で一泊したい。
旅行代理店に向かうつもりで新宿駅の構内を歩いていると……。
「
駅の構内で名前を呼ばれた。デジャブだ。
俺は聞こえないフリをして歩を早めた。
「大賀くん! ねえ、大賀愁一くん! 大賀愁一くん、あたしよー! 名出琴衣ぃー!」
「…………」
大勢の人が歩いている新宿駅の構内で、フルネームを連呼された。
「……はぁ、はぁ。大賀くん、あたしが呼んだの、聞こえなかった?」
「聞こえていたので、無視した」
「ひどいっ!」
「土産は渡したし、用はないだろ。あと町で知り合いと会っても、相手が気づいていなかったら知らんぷりするのが鉄則だ」
「そんな鉄則なんて、知らないわよ。それよりどこに行くの?」
名出さんは、「ねえ、どこ? どこに行くのかしら」と俺から離れない。
好奇心は猫を殺すというが、いまの名出さんは、好奇心丸出しの猫のようだ。
「……旅行代理店だ」
「旅行? ねえ、また旅行に行くの? なんで? どこへ?」
名出さんは、俺から絶対に離れる気がないらしい。
高校進学するにあたって、担任の出身校を選んだのは、間違いだっただろうか。
K高校のうっとうしい人間関係から離れられたと思ったのだが、現実は非情だ。
「旅行の目的地は清里だ。そこで話を聞きたい人がいるからだ。じゃあな」
それだけ伝えて踵を返したのだが、背後から「清里! ペンションじゃん。メルヘン!」という叫びが聞こえてきた。
メルヘン、メルヘンという声が後ろから近づいてくるのは、なぜだろうか。