「あれ? どこ行ってたの?」
「散歩だ」
夜、ペンションの周囲を歩いてから戻ってきたら、名出さんに見つかった。
「散歩? だったら、誘ってくれればいいのに~」
頬を膨らませる名出さんの肩を叩き、「部屋に戻るぞ」と告げる。
念のため、ここを見張っている者を探したのだが、いなかった。
本気で気配を隠して監視していたら気づけないだろうが、ゆっくりと周囲を歩いた感じでは、人の気配はなかった。
「……とすると、やはり作為はなかったのか」
「えっ? なになに?」
「高原の散歩もいいものだと思っただけだ」
「だよね~」
昼間の女性店員との接触をどこかで監視されていた可能性があったが、どうやら俺の取り越し苦労だったようだ。一応は、安心していいだろう。
その後、名出さんにトランプをせがまれたので、心が折れるまで勝ち続けてみた。
翌朝、朝食後に土産を買いつつ高原を散策。
昼前に、名出さんとともに『ちくたく』に向かった。
「あっ、昨日のお客さん」
女性店員が、朗らかな笑顔を向けてくる。
「おはようございます。昨日お願いした件でやってきました」
「あのあと、お父さんに電話したんです。すぐ本殿の方に行ったみたいで」
「それで、どうなりました?」
「
「それはよかった」
「ただし、お二方はいまだ修行中の身でして忙しく……一週間後ならば、時間が取れるそうです」
「なるほど、それでしたら問題ありません。まだ夏休み中ですし、お伺いするのは可能です」
これは朗報だ。東京に出てくると言われたら、目的の大部分が消失してしまう。
「そうですか。では、大丈夫だとお父さんに伝えておきますね。あそこは少し特殊な土地でして、麓で聞いていただければ、すぐに話が通ると思います」
「ありがとうございます。それを聞いて安心しました」
やはり、周辺一帯は敵地だと思った方が良さそうだ。
聞くところによると、山一つが九星会の持ち物らしい。
地方では山を所有している個人が大勢いる。
だが、山を丸ごと本拠地にしていると聞けば、その大きさに舌を巻く。
「……ひとつお伺いしたのですが、以前、話の中で『オババ』という人物の名が出ました。おそらく血縁だと思うのですが、どなたのことでしょうか」
あのとき双子は、『オババから代替わりした』と言っていた。先代の『占い師』がオババなのだろう。
菱前老人と話したときも、九星会の『占い師』の話は出ていたが、あの双子では年齢が合わない。
「ああ、先代様でいらっしゃいます。詳しいことは申し上げられませんが、蒼空様と蒼海様の
「なるほど、理解しました。いろいろとありがとうございます」
俺は頭を下げた。そこで気がついたが、名出さんがずっと俺の腕をかき抱いていた。
店員は、生温かい目で名出さんを見ていた。
手間を折ってくれたお礼代わりとして、俺は『ちくたく』で少し多めの土産を購入した。
その場で名出さんに、土産の一つを手渡すと、焼いた餅のように膨れていた頬がもとに戻った。
いまのところ、問題なく進んでいるが、この夏休みに亜門清秋が地元に戻っているかどうかが鍵となるだろう。
奴が東大生の頃、夏休みも東京に残っていたのを知っている。
あれはおそらく、信頼できる仲間を集めていたのだと思う。
そう考えれば、短い高校の三年間も、仲間集めに費やしているのではないかと予想している。
この予想が当たるか外れるかは、一週間後に分かる。
「正念場だな」
「ねえ、何が正念場なの?」
名出さんがソフトクリームを舐めながら聞いてきた。いつ買った?
家で清里土産を妹の冬美に渡したら「お兄ちゃん、昔は旅行なんて行かなかったのに、なんか変!」と言いだした。
「用事があったんだ。それよりこれを
冬美の同級生の髙橋はるかさんは、以前、彼氏が地元の不良に目をつけられて上納金を持ってくるよう強制されて俺に相談してきた。
もっと上から圧力をかければすぐに解決すると思い、菱前老人の力を借りた。
結果、彼氏が上納した金の大部分は戻ってきたし、その先輩とやらも遠くへ行った。
問題が解決して万々歳となったはずだったが、「頼れる近所のお兄さんは幻想でした」と別れることになったらしい。
俺のせいじゃないよな?
そのあと髙橋さんから、お礼のケーキを貰った。最近は手作りのシュークリームやチーズケーキを差し入れてくれたりする。
お菓子作りが趣味なのだろう。なぜか冬美は「むう」とご機嫌斜めだが、彼女からもらってばかりなのもよくない。
「……まあいいわ。お兄ちゃんが直接渡すよりいいものね」
妙な納得の仕方をしたあと、冬美は「これは貸しだから」と、自分の親友にお土産を渡すのに、俺に貸しを作ろうとしてくる。
「そういう妹に育てた覚えはないんだけどな」
「わたしだって、お兄ちゃんに育てられた覚えはないわよ」
そんなことはないだろうと記憶を遡ったが、たしかにほとんど妹と関わったことがなかった。当然、育ててもない。
「だが、勉強を教えたことはあるぞ」
「一学年上のドリルを持ってきて、無理矢理やらせようとした件だよね。あれでわたし、勉強が嫌いになったんだから!」
「勉強とはそういうものだろう?」
「お兄ちゃんとは違うの!」
冬美は舌を出したあと、二階に上がっていってしまった。
「その学年の内容は学校で習うのだから、家で勉強するなら、まだ習っていない部分だろうに……」
あいつは何が嫌なのか。
冬美のことはおいておくとして、問題は一週間後のことだ。九星会の本部に突撃するのだ。しっかりと準備しなければならない。
「……警察関係にコネがあればいいのだが」
やはりここは菱前老人を頼ることにしよう。俺は老人に電話をかけた。
『ちょうどよかった! 今夜にでも連絡しようと思っておったのだ』
老人から、そんなことを言われた。
「何か、進展がありましたか?」
『うむ。お主に頼まれていた写真の人物じゃな。その詳細が分かった。加えて、別のことも判明したぞ』
老人の口調は楽しそうだ。
「では一度、お伺いします」
『明日でどうだ? 予定を空けておこう』
「早いほうがいいので、お願いします」
『そうか、では明日だな。今回は、ワシが驚かせることになるだろうな』
意味深なことを言って、菱前老人からの電話が切れた。
なんだ、驚かせることって?