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106 再会のとき

 菱前老人と別れたあと、双子と会う準備をはじめた。

 菱前老人が協力してくれたおかげもあって、期日までになんとか準備が間に合った。


 というわけでいま俺は、山梨県にある九星会の本部に電車で向かっている。

 あと三十分ほどで、目的の駅に到着する。


「無理をするでないぞ」

 あの日、俺が九星会の本部へ乗り込むと説明すると、菱前老人は反対した。


「状況によりけりですが、勝算はあります」

 そう説得したが、俺の答えに納得できなかったのか、老人は「ワシもついていく」と言いだす始末。


 菱前老人についてきてもらっては、かえって相手が警戒してしまう。

 それでは目的は達せられない。そのことを俺は丁寧に説明した。


「なぜ自ら首を突っ込むのだ。人に任せればよい」

「なぜかと問われれば……俺自身の手で決着をつけたいからですかね。それと、九星会の恐ろしさを知っているのが、俺しかいないからです」


 失敗は許されない。亜門清秋ならば、絶対に二度目はないからだ。

 つまりこれは、最初で最後の機会なのだ。




 目的の駅に到着し、改札口を出る。

 そこからバスで……と思ったら、目の前に一台の車が音もなく停まった。


 窓ガラスがスモークシールドで覆われた高級車だ。

 駅前で俺を待っていたのだろう。


 後部ドアが開いて、陰気そうな顔の男性が下りてきた。

 痩身で、筋肉はあまりついていない。


 だが俺は、相手が見かけ通りだとは思わなかった。

 中東にいた頃に出会った、懐にナイフを忍ばせる危険なタイプだ。


「大賀愁一さまですね」

「ええ、そうです」


「お迎えにあがりました。どうぞ、お乗りください」

「……それはどうも」


 俺は苦笑し、促されるまま車に乗り込んだ。

 軽井沢で俺は『名乗っていない』。双子の前でもだ。


 ではなぜ、俺の名前を知っているのか。

 あのわずかな間に、調べたのだろう。


 双子とは東京で二度会っている。ホテルのロビーとファミリーレストランでだ。

 そしてつい先日、俺は清里のペンションに宿泊した。


 どこから俺の素性を探ったのかといえば、軽井沢の方だろう。

 清里の宿に宿泊した東京から来た高校生の男性に絞れば、探すのはそれほど難しくなかったと思う。


 清里は九星会本部に近い。近くに信者も大勢住んでいるはずだ。

 ペンションを一軒一軒回ったとしても、信者を動員すればそれほど労力ではなかったと思う。


 そして宿帳の閲覧くらい、できる権力を有しているのだと思う。


 車は緩やかな坂をゆっくりと登っていく。

 運転手は壮年の男性で、後部座席に座る俺の横には先ほどの男がいる。


 車内は無言。だれも言葉を発しない。

 俺は事前に地図で調べたルートと差異がないか、窓の外を観察するのに忙しい。


 車は予想ルートを外れることもなく、また隣からナイフが飛んでくることもなく、順調に山道を進んだ。

 とりあえず俺を車内で害するつもりはないようだ。


「もうすぐ着くんですかね」

 このまま無言もあれなので、あえて聞いてみると、「はい」とだけ応えがあった。横の男も会話を楽しむつもりはないらしい。


 ほどなくして、古びた屋敷の前で車は停まった。

 車から降りると、くだんの双子が腕を組んで、偉そうに立っていた。


「待っとったぞ」

「久しぶりだな。そろそろレストランのパフェが恋しいんじゃないのか?」


 俺が軽口をたたくと、彼女らは「そ、そんなこっちゃないぞ」と慌てだした。パフェを食べたのは内緒なのだろう。

 すぐに奥から「ふぉっふぉっふぉ……」と笑いながら老婆がやってきた。


「よう来たな」

「突然連絡が来て、驚かれたと思います。東京で何度か縁を結びました大賀愁一と申します」


「話は聞いておるよ。まあ……入りなさい」

 老婆は先導するように、家の中に消えていく。


「ついてくるんじゃ」

 双子に背中を押され、俺も家の中に入った。


 あの老婆は、先代の巫女だろう。

 思った通り、亜門清秋はここにいないと思える。


 もし、ここにいるのならば、目を光らせるために最初から顔を出すはずだ。

 清秋はそれだけ自分に自信を持ち、他人の判断を信頼していない。


 俺はだれにも聞かれないよう、そっと息を吐き出した。

 第一関門突破だ。




 久しぶりに会った双子は、元気いっぱいだった。

「屋敷を案内しちゃる」と叫び、客の俺を置いて勝手に進んでいった。


 双子の暴走をだれも止めないので、俺は老婆を追い越した。

 足が弱いのか、ゆっくり歩く老婆は、追い越されても何も言わなかった。


 この家は大きい。そして土間が家の中を一周しているようだ。

 そして不思議なことに、どのがりかまちにも靴やサンダルが置かれていない。


 土間から見える各部屋も物がなく、人が住んでいるようには見えなかった。

 この家は、人を招いたときだけ使う、客間のようなものなのだろう。


 そして家の裏には、大きな山がある。

 そこのどこかに、九星会の本部がありそうな気がする。


 奥の一室で双子が待っており、そこに入ってようやく落ち着くことができた。

「わっちらだけじゃ」


 双子はそう言って、老婆たちが部屋に入らないよう、戸を閉めた。

 部屋の中は、俺と双子の三人しかいない。


「ほんに、ひさしぶりじゃな」

「よく、ここがわかったんじゃな」


「清里に旅行したとき、たまたまそれと同じ紋を見たからな。そうでなければ分からなかったよ」

 俺が九星会の紋を指さすと、「そじゃったか」と双子は納得した表情を浮かべた。


「少し気になったが、周囲の大人はみんな標準語を使っているぞ」

 運転手は一言も喋らなかったので分からないが、オババにしろ、俺の隣に座っていた男にしろ、ちゃんと標準語を使っていた。


 なぜ双子は方言しか喋らないのだろうか。


「わっちらは、あまり外に出んでの」

「そうそう。出るんは、これからじゃ」


「それでもテレビとか……もしかして、テレビは見ないのか?」

 双子は首を縦に振った。


 どうやら俗世から隔離されているらしく、世話を焼いてくれる地元の老人たちと同じ言葉を使っているらしい。

 そうは言っても、監禁されているわけではないようだ。


 この辺は想像だが、巫女としての『義務』や古くからの『しきたり』があるのだろう。

 俺がそんなことを考えていると、双子が手を出してきた。


「なんだ?」

「なにかくれるもんがあるって聞いた」


「そうだったな。……二人に渡そうと、これを持って来たんだ」

 いま気づいた風を装って、俺は内ポケットから洋封筒を取り出した。


「なんじゃ?」

「じゃ?」


「写真だよ。キミたちに関係するかと思ってな」

 俺は洋封筒の中に入っている写真を取り出して、二人に見せた。


 この時代、メールで写真を送るなんてことはできない。

 郵送でもよかったが、久しぶりに会いたくなったので、渡しに来たのだと告げた。


「これはっ……」

「あれじゃのう」


「前に見せてもらったペンダントと似ているだろう? 関係があるかもしれないと思って連絡を取ってもらったんだ」

 俺が持ってきたのは、中国の温州で出現したあの石碑の写真だ。


 菱前老人に事情を話し、もらってきたのである。


「おう。にちょる」

「そっくりじゃ」


 双子は、「そっくりじゃ、そっくりじゃ」と大騒ぎした。

 十歳くらいの少女を騙すのは心が痛むが、俺は腹に力を入れて、ここに来た目的を語った。


「もしこの写真がキミたちのためになったと思うなら、俺からのお願いを一つ、聞いてくれるかな」

「……なんじゃ?」


「ここではなく、九星会の本殿を見学させてくれないだろうか?」

 そう俺は、亜門清秋がいないこの隙に、九星会の心臓部に行きたいのだ。


 そのために貴重なカードを切ったのである。


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