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107 目的の場所

 俺が本殿を見せてほしいとお願いすると、双子はしばし考えたあと、「まあ、ええか」と駆け出した。

 行動が直情的すぎるが、はじめて会ったときもそれで迎えの者とはぐれたのだった。


 考えるより先に足が動いてしまうのだろう。

「本殿へは、屋敷の裏手の細道から行くのか。表から来ただけじゃ、分からないな」


 本来ここから先は、信者以外、立ち入ることはできないのだろう。

 来客や取材が来ても屋敷までで、滅多なことでは本殿まで呼ばないのだと思う。


 これは俺の予想だが、信者の中でも、限られた人しか奥まで入れないはずだ。

 そういう特別さを演出すれば神秘性が際立ち、信仰心が増す。


 双子のあとについて山道を登っていると、鳥の声が聞こえてきた。

 自然豊かな場所だが、舗装されていない坂道はとにかく足が滑る。


 双子は慣れているからか、すいすいと坂を上がっていく。

「坂は曲がりくねっているけど、一本道だな。これなら迷う心配がない」


 途中で、何度も信者とすれ違った。

 山道の途中だ。彼らは、なにするでなく佇んでいた。


 おそらくは監視要員。

「坂道のいたる所に人がいるんだな。ひい、ふう……全部で十人くらいか」


『夢』の中で俺は、とある宗教指導者の自宅をストリートビューで見たことがある。

 何万人の信者のトップに立つ人物の家はどんなものなのか興味があったのだ。


 だが、家の周囲は閲覧できないようになっていた。

 申請すると対応してくれるらしいので、おそらくそうしたのだろう。


 おもしろいのは、周辺の家のベランダや道の脇に人がいることだ。

 数人の男がインカムをして、近づく者を監視していたのが写っていた。


 彼らは二十四時間、宗教法人のトップの家を守るため、交代制で見張っているのだ。

 この坂道にいる者たちも同じだ。九星会の敷地内といえども、彼らはまったく油断していない。


 人海戦術で、この地を守っているのだ。

 そんなことを考えながら上がっていくと、双子が待ち構えていた。


「ついたで」

「ついたや」


「なるほど、着いたのか」

 急に目の前が開け、立派な建物が見えた。


 どうやらこの場所は、山の中腹を削って作ったようだ。だが、疑問も残る。

「どうやってここまで資材を運んだんだ?」


 車が通れる道はない。

「知らん。みんな下から運んじゃっちょる」


「よう、運んどる」

「まさか物資はすべて、人力か……」


 江戸時代なら何でも人力で運んだはずだが、いまでもそうやっているようだ。

 ならばこの本殿の柱や屋根瓦、床板にいたるまで、すべて人が担いで上がってきたことになる。大変な労力だ。


「案内しちゃる」

 双子が駆け出したので、また跡を追った。


 ここで働いている人は、双子を見ると頭を下げる。そして俺を見て首をかしげた。

「右は神楽殿かぐらでんか。正面に伽藍堂がらんどうが見えるから、あれが本殿かな」


「ここに人はこん」

「なるほど、君たちは普段、ここで暮らしているのかな?」


 双子は首を横に振った。どうやら違うらしい。

「あっちじゃ」


 とさらに奥を指す。

「さらに奥に住んでいるのか……行ってもいいかな?」


「だめじゃ」

「だめ、いわれちょる」


 ここではじめてノーと言われた。言われると俄然、興味が湧いてくる。

「なんでダメなんだい?」


 俺はなるべく親しみやすい口調で語りかける。

 営業のサラリーマン時代、客の家族と会話することは何度もあった。


 小さな子と話すのに慣れていなかった俺は、話しかけて子どもを警戒させてしまった。

 小さな子供と普通に話せるようになるまで、だいぶ苦労した思い出がある。


 双子は、困ったようにお互いを見ている。

 住居を見せたくないというより、そこへ人を呼ばないよう言われているように思えた。


「もしかしたらそこに、さっき渡した写真と同じものがあるんじゃないかな?」

 双子がびっくりした顔をした。


「どして知ってるんじゃ」

「不思議じゃ」


 ただのカマかけだが、反応は劇的だった。

 やはりあの壁画がここにあるのだ。俺はつとめてやわらかい声音で話しかけた。


「あの写真は中国の温州にあった壁画だけど、同じものが日本にあってもおかしくないって考えたんだ」

 論理の飛躍だが、双子は深く考えずに「そういうことか」と納得した。


「同じものがあるのは、別に珍しくないと思う。少しだけでいいから見せてもらえないかな」

「うーん」


「どうせあることは知ったんだし、見るも見ないも同じだろう?」

「……それもそっか」


「よし、じゃあ行こう」

 うまく双子を誘導できた。


 双子が歩く。俺がついていく。

 幸い、他の信者には会わなかった。


 エーイェン人がここいるという目印が、あの悪魔のようなマークだ。

 こんな山の中腹では、麓から見えないはずだ。


 もしかすると、中国の温州にあったのと同じように、ここに至るための道標が昔、どこかにあったのかもしれない。


 双子が足を止めた。

 その場所の周囲は、樹木が伐られ、下草もなぎ払われていた。


「これがそうじゃ」

「おなじじゃろ」


「ああ……たしかに……写真と同じだ」

 俺はラスベガスでやったのと同じ方法を使った。


 つまり、腕や頭を順番通りに触れたのだ。

「「なしてっ!?」」


 双子が驚愕している。

 当たり前だ。まさか俺が、エーィエン人が残した洞窟の解除方法を知っているとは思わなかっただろう。


「『洞窟』が現れたな」

「なして、なしてじゃ?」


「この『洞窟』の奥はどうなっているのかな」

「だ、ダメじゃ」


「そう、怒られるのじゃ」

 双子が慌て出した。どうしていいか分からず、オロオロしている。


「なにをしておるっ!」

 振り返ると、老婆が息をきらせて立っていた。


 老婆の後ろには、屈強な男たちが三人……いや、四人。すぐに五人目が走ってきた。


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