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108 仕込み

「なぜ、それを開けたっ!」

 老婆の怒声は、双子に向けられたものだった。


 状況から、俺が操作したとは思わなかったのだろう。

 双子が調子にのって、秘密を見せてしまった。そんな風に考えたのだと思う。


「ち、違うじゃ」

「そう、違うじゃ」


 怒声を浴びせられ、双子がアワアワとしている。

 言い訳をしたいが、信じてもらえそうにないため、困っているようにみえた。


 俺はあえて何も言わない。

「おんしたつ、何しちょっと、わかっとか!」


「違うじゃ!」

 そう言って、双子の一人が俺を指さした。老婆の目が俺に向く。


「なんもしてん。ただ……」

 残った一人も、俺を指さした。


 ことここに至って、老婆はなにかおかしいと気づいたようだ。

 しばし考えたあと老婆は、俺にいぶかしげな視線を向けた。


 このままとぼけてもいいのだが、それでは話が進まない。

「壁を適当に触ったら、『洞窟』が開いたんです。これがなにか知っていますか?」


 瞬間、空気が固まった。

「おんし……どこのモンじゃ」


「なんのことか、分かりませんね」

 射殺さんばかりに俺を睨む老婆。


 周囲の男たちが腰を落とした。

 明らかに戦闘態勢だ。


 俺は両手を挙げて、抵抗する意思がないことを示す。

「こっち、きんさい」


 双子が老婆の方へ駆け寄った。俺一人だけ取り残された形だ。

 後ろを見ると、ちょうど洞窟が閉じるところだった。


「……さて、聞かせてもらおうかのう」

 老婆が双子を背後に庇い、男たちが前に出てきた。


「偶然ですってば……もしかして俺、なにかやっちゃいました?」

 軽く冗談で場を和ませようとしたところ、周囲の男たちの殺気が膨れ上がった。


「おんしはもう、帰れんぞ」

「帰れない? それはどういう意味ですか?」


「分かっておろう。ここで行方不明になるんじゃ」

「行方不明ですか。それって、大事になりません? 警察が捜査しに来ますよ」


「安心せい。ちゃんとここを出て、電車にも乗る。そう証言するモンが大勢出るわさ。おんしが行方不明になるんは、東京に戻ってからじゃな」


「それは怖いですね。……もしかして俺、殺されたりします?」

「生かしておくはずがなかろう。話を聞いたあとに、始末するに決まっておろうが」


「それは怖い……死体とか、どうするんです?」

「このお山に眠ってもらうことになるじゃろう」


「この山に埋めるわけですか……もしかして、俺の他にも眠っている人がいるんじゃないですか?」

「それがどうした? 怖くなったか?」


「たとえば昨年、『週刊民衆』で九星会の記事を書いたルポライターの人とか……眠っていたりします?」

「……ああ、なるほど。あやつの知り合いか。なるほどなるほど。なら、その近くに埋めてやるさね」



 俺が九星会のことを調べたとき、雑誌に載っていた記事をいくつか読んだ。

 大抵は、当たり障りのない記事だったが、ひとつだけ宇宙人がどうのと、妄想が激しいものがあった。


 雑誌社に電話して記事を書いた人に話を聞こうとしたら、契約して記事を持ち込んでもらっている外部のルポライターであることが分かった。

 そしてずっと連絡がとれず、行方不明だとも。


 ラスベガスでエーイェン人と会ったあとで考えてみると、あの記事には、真実の一部が書かれていることが分かった。


「宇宙人の叡智によって、九星会は発展した……ですか」

「馬鹿な信者が漏らしよった。目をかけてやったのに、本当に愚かなやつだった」


 その言葉で、だいたい分かった。ルポライターの恋人が、九星会の信者だったのだろう。

 もしくは、そのルポライターが九星会の秘密に迫るため、信者の女性に近づいたのか。


 どちらにせよ秘密は漏れ、ルポライターは行方不明。

 後追い記事はなく、その記事すらも「トンデモ話」として、人々の記憶に残らなかった。覚えている者はもはやいないだろう。


「いや、困りましたね。ちょっとここで死ぬわけには行かないっていうか、俺にはやらなければいけないことがあるんですよ」

 亜門清秋と決着をつけなければならない。


 俺にトラウマを植え付けたあのチート野郎の野望を阻止するのだ。

「そのやらなければならないことも、あとでじっくり聞いてやるさ……捕まえなっ!」


 男たちが俺に近寄る。

「……ふむ」


 見たところ武道を修めたとか、そういう感じではない。

 そもそもここには滅多な人は配置できない。


 外とつながっている者は、よほどのことがないかぎり信用できないはずだ。

 つまり町の道場に通っているなんてことはありえない。


「よっと!」

 俺を捕まえようと包囲してきたので、正面にいた男の膝を足刀そくとうで蹴った。


 うまく関節に入ったようで、男は無言で膝を押さえて転がり回る。

 折れてはいないようだが、これで即時復帰は無理だろう。


「残り四人。これなら、なんとかなるかな」

「…………」


 男たちが警戒し出した。

「どうした? 来ないのか?」


 俺が挑発すると、一人が残りに目配せをした。同時にかかってくるようだ。

 逃げてもいいのだが、下りの坂は一本道で、たとえ麓まで逃げられたとしても、九星会の勢力範囲から出られるわけはない。


 今度は鳩尾蹴りでも披露してやるかと考えていると、遠くから喧騒が聞こえた。

「……来たか」


 俺は左右の人差し指を口の中に入れ、一気に息を吐き出した。


 ――ピィイイイイイイイイ!


 指笛だ。俺の場合、コツは指を舌の下に入れること。

 慣れてくると、親指と人差し指でできるらしいが、俺には無理だった。


「な、なにをしたんじゃ?」

 老婆が慌てている。だが、すぐに分かる。


「動くな! 警察だぁ!」

 大勢の……それこそ二十人以上の男たちが駆け込んできた。


「警察だと!? そんなはずはない」

「地元警察は懐柔済みでしょうけど、俺が呼んだのは警察の中でも、特殊な人たちなんですよ」


 警察庁の傘下にあるが、独自の調査をする組織、公安警察だ。

 俺は菱前老人に相談して、「絶対に信頼できる警察官」をお願いしたら、彼らを紹介してくれた。


 というか、菱前老人は巨額銀行詐欺事件の件で、公安警察の人と協議しているらしい。

 地元の警察は、所轄の壁があり、手に余るのだという。


 大規模かつ国際的な犯罪組織を相手に捕り物をするには、公安警察がよいようだ。

 そんな菱前老人の紹介だったので、話はスムーズに進んだ。


 相手が宗教団体で、情報の秘匿性が求められる。

 そして国益侵害につながりかけない重大事ということで、大勢を派遣してくれることになった。


「だ、だが、なぜここが……」

 老婆は分からないようだ。分からないだろう。ここに清秋がいなくてよかった。


「こういうの、知りませんよね」

 俺はポケットから小型の無線盗聴器を取り出した。


 公安警察が使用しているかなり高性能なやつを借りてきたのだ。

 そうつまり、これまでの会話はすべて警察に筒抜け。


 俺が『洞窟』というキーワードを口にしたら、何がなんでも突っ込んでくれるよう、お願いしておいたのである。

 なるべく分かりやすく、ハッキリと『洞窟』という言葉を三回も言った甲斐があった。


 彼らはちゃんとここまで来てくれたのだ。

 もっとも、迷わないように、ここまでの道中もさりげなく独り言で解説していたのだが。


 なんにせよ、世間と隔離している人たちを相手にするのは楽でいい。

 小型の無線盗聴器の存在など、疑いもしなかっただろうから。


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