「なぜ、それを開けたっ!」
老婆の怒声は、双子に向けられたものだった。
状況から、俺が操作したとは思わなかったのだろう。
双子が調子にのって、秘密を見せてしまった。そんな風に考えたのだと思う。
「ち、違うじゃ」
「そう、違うじゃ」
怒声を浴びせられ、双子がアワアワとしている。
言い訳をしたいが、信じてもらえそうにないため、困っているようにみえた。
俺はあえて何も言わない。
「おんしたつ、何しちょっと、わかっとか!」
「違うじゃ!」
そう言って、双子の一人が俺を指さした。老婆の目が俺に向く。
「なんもしてん。ただ……」
残った一人も、俺を指さした。
ことここに至って、老婆はなにかおかしいと気づいたようだ。
しばし考えたあと老婆は、俺にいぶかしげな視線を向けた。
このままとぼけてもいいのだが、それでは話が進まない。
「壁を適当に触ったら、『洞窟』が開いたんです。これがなにか知っていますか?」
瞬間、空気が固まった。
「おんし……どこのモンじゃ」
「なんのことか、分かりませんね」
射殺さんばかりに俺を睨む老婆。
周囲の男たちが腰を落とした。
明らかに戦闘態勢だ。
俺は両手を挙げて、抵抗する意思がないことを示す。
「こっち、きんさい」
双子が老婆の方へ駆け寄った。俺一人だけ取り残された形だ。
後ろを見ると、ちょうど洞窟が閉じるところだった。
「……さて、聞かせてもらおうかのう」
老婆が双子を背後に庇い、男たちが前に出てきた。
「偶然ですってば……もしかして俺、なにかやっちゃいました?」
軽く冗談で場を和ませようとしたところ、周囲の男たちの殺気が膨れ上がった。
「おんしはもう、帰れんぞ」
「帰れない? それはどういう意味ですか?」
「分かっておろう。ここで行方不明になるんじゃ」
「行方不明ですか。それって、大事になりません? 警察が捜査しに来ますよ」
「安心せい。ちゃんとここを出て、電車にも乗る。そう証言するモンが大勢出るわさ。おんしが行方不明になるんは、東京に戻ってからじゃな」
「それは怖いですね。……もしかして俺、殺されたりします?」
「生かしておくはずがなかろう。話を聞いたあとに、始末するに決まっておろうが」
「それは怖い……死体とか、どうするんです?」
「このお山に眠ってもらうことになるじゃろう」
「この山に埋めるわけですか……もしかして、俺の他にも眠っている人がいるんじゃないですか?」
「それがどうした? 怖くなったか?」
「たとえば昨年、『週刊民衆』で九星会の記事を書いたルポライターの人とか……眠っていたりします?」
「……ああ、なるほど。あやつの知り合いか。なるほどなるほど。なら、その近くに埋めてやるさね」
俺が九星会のことを調べたとき、雑誌に載っていた記事をいくつか読んだ。
大抵は、当たり障りのない記事だったが、ひとつだけ宇宙人がどうのと、妄想が激しいものがあった。
雑誌社に電話して記事を書いた人に話を聞こうとしたら、契約して記事を持ち込んでもらっている外部のルポライターであることが分かった。
そしてずっと連絡がとれず、行方不明だとも。
ラスベガスでエーイェン人と会ったあとで考えてみると、あの記事には、真実の一部が書かれていることが分かった。
「宇宙人の叡智によって、九星会は発展した……ですか」
「馬鹿な信者が漏らしよった。目をかけてやったのに、本当に愚かなやつだった」
その言葉で、だいたい分かった。ルポライターの恋人が、九星会の信者だったのだろう。
もしくは、そのルポライターが九星会の秘密に迫るため、信者の女性に近づいたのか。
どちらにせよ秘密は漏れ、ルポライターは行方不明。
後追い記事はなく、その記事すらも「トンデモ話」として、人々の記憶に残らなかった。覚えている者はもはやいないだろう。
「いや、困りましたね。ちょっとここで死ぬわけには行かないっていうか、俺にはやらなければいけないことがあるんですよ」
亜門清秋と決着をつけなければならない。
俺にトラウマを植え付けたあのチート野郎の野望を阻止するのだ。
「そのやらなければならないことも、あとでじっくり聞いてやるさ……捕まえなっ!」
男たちが俺に近寄る。
「……ふむ」
見たところ武道を修めたとか、そういう感じではない。
そもそもここには滅多な人は配置できない。
外とつながっている者は、よほどのことがないかぎり信用できないはずだ。
つまり町の道場に通っているなんてことはありえない。
「よっと!」
俺を捕まえようと包囲してきたので、正面にいた男の膝を
うまく関節に入ったようで、男は無言で膝を押さえて転がり回る。
折れてはいないようだが、これで即時復帰は無理だろう。
「残り四人。これなら、なんとかなるかな」
「…………」
男たちが警戒し出した。
「どうした? 来ないのか?」
俺が挑発すると、一人が残りに目配せをした。同時にかかってくるようだ。
逃げてもいいのだが、下りの坂は一本道で、たとえ麓まで逃げられたとしても、九星会の勢力範囲から出られるわけはない。
今度は鳩尾蹴りでも披露してやるかと考えていると、遠くから喧騒が聞こえた。
「……来たか」
俺は左右の人差し指を口の中に入れ、一気に息を吐き出した。
――ピィイイイイイイイイ!
指笛だ。俺の場合、コツは指を舌の下に入れること。
慣れてくると、親指と人差し指でできるらしいが、俺には無理だった。
「な、なにをしたんじゃ?」
老婆が慌てている。だが、すぐに分かる。
「動くな! 警察だぁ!」
大勢の……それこそ二十人以上の男たちが駆け込んできた。
「警察だと!? そんなはずはない」
「地元警察は懐柔済みでしょうけど、俺が呼んだのは警察の中でも、特殊な人たちなんですよ」
警察庁の傘下にあるが、独自の調査をする組織、公安警察だ。
俺は菱前老人に相談して、「絶対に信頼できる警察官」をお願いしたら、彼らを紹介してくれた。
というか、菱前老人は巨額銀行詐欺事件の件で、公安警察の人と協議しているらしい。
地元の警察は、所轄の壁があり、手に余るのだという。
大規模かつ国際的な犯罪組織を相手に捕り物をするには、公安警察がよいようだ。
そんな菱前老人の紹介だったので、話はスムーズに進んだ。
相手が宗教団体で、情報の秘匿性が求められる。
そして国益侵害につながりかけない重大事ということで、大勢を派遣してくれることになった。
「だ、だが、なぜここが……」
老婆は分からないようだ。分からないだろう。ここに清秋がいなくてよかった。
「こういうの、知りませんよね」
俺はポケットから小型の無線盗聴器を取り出した。
公安警察が使用しているかなり高性能なやつを借りてきたのだ。
そうつまり、これまでの会話はすべて警察に筒抜け。
俺が『洞窟』というキーワードを口にしたら、何がなんでも突っ込んでくれるよう、お願いしておいたのである。
なるべく分かりやすく、ハッキリと『洞窟』という言葉を三回も言った甲斐があった。
彼らはちゃんとここまで来てくれたのだ。
もっとも、迷わないように、ここまでの道中もさりげなく独り言で解説していたのだが。
なんにせよ、世間と隔離している人たちを相手にするのは楽でいい。
小型の無線盗聴器の存在など、疑いもしなかっただろうから。