この時代すでに、無線の盗聴器が存在していたらしい。
市販のトランシーバーでも、遮蔽物さえなければ二キロメートルくらいは電波が届くので、ポケットに入る大きさの盗聴器があってもおかしくないのだが、普通に公安警察から貸し出されるとは思わなかった。
「それで、会話に出てきた洞窟はどこですか?」
「やめろ!」「ダメだ!」「放せ!」
拘束された男たちが喚くが、もちろん言うことを聞いてやる義理はない。
「ここの壁……よく見ても分からないですよね。普段は隠されていますので、いま開きます」
壁画を操作して洞窟を出現させると、公安警察の人たちは驚きの声をあげた。
明らかにオーバーテクノロジーだが、それに気づいたかどうか。
「なんてことをするんじゃ!」
老婆が喚き、双子は老婆にすがりついている。
双子には悪い事をしたが、世界大戦を起こそうとする組織を野放しにはできないのだ。
一人が壁と洞窟のきわを触って、不思議がっている。
「不思議な仕掛けですね。いまの手順を教えてください。それとここは危険ですので、麓までご案内します」
これから洞窟内部を調査するのだろう。
それと俺は、九星会の悪事を知る貴重な証人だ。俺がここにいると、万一のことがある。
男たちと老婆も洞窟から遠ざけられた。
「おんしら、無事、村から出られると思うなや」
老婆が脅しをかけてくるが、さすが強面の公安警察である。「いいから歩け!」と、容赦がない。
手錠をかけられた男たちは、すでに抵抗していない。
諦めたのか、助かる自信があるのか。なんにせよ、俺にはもう関係のないことだ。
付き添いと一緒に、俺は山から降りた。麓には、かなりの人が集まっていた。
状況が分からない信者が立ち尽くしている。呆然としている人が多い。
何事かと、遠巻きに見ているのは、村の人だろう。
麓から山へ至る唯一の道は、機動隊が押さえている。
山道の脇には、金網を窓に張ったバスが横付けされている。
麓でも拘束者が出たようだ。
おそらくは、事情を知っている信者たち。警察が来たと分かって、襲ったのだろう。
いまも死にものぐるいで拘束から逃れようとしている。
「先ほどの会話について聞きたいことがありますので、パトカーの中に入ってください」
「分かりました」
公安警察の人に促されて、俺は車内で説明をする。
俺と老婆との会話はしっかりと聞き取れていたようで、話の内容はもっぱら、洞窟のことと、山中に埋まっている死体についてだった。
なぜ俺が洞窟の存在を知っていたかだが、これは死んだルポライターから偶然話を聞いたことにした。
ルポライターがどこまで知っていたかは分からないが、もはや調べる術はない。
俺の話を聞いた人たちは、身の危険を感じたルポライターは、見ず知らずの俺に真実を託したのだろうと考えたようだ。
そういうストーリー作りは得意だろうし、任せることにする。
いくらルポライターから聞いた話だと言っても、それだけで実行に移すには不確かなことが多すぎる。
だが俺には、双子から見せてもらったペンダントがある。
やはりルポライターの失踪と九星会は、何か関連があると考えたのだと話した。
実は、この辺の話は以前も公安警察の職員にしていた。
ただそのときは、菱前老人からもらった写真を見せ、この壁画と同じ物があれば、そこに洞窟があること。
洞窟の中には、九星会が隠しているものがあることをメインに話していた。
そのため公安警察の人は、「中国と九星会につながりが……?」「占星術か?」などと、最初は脱線しかけていた。
俺がなぜ今頃になって、突然九星会のことを言いだしたかについては、菱前老人から見せてもらった写真で思い出したことにした。
実際、ラスベガスでのことを知らない菱前老人は、本当にそう考えているだろう。
口裏合わせがいらないほど、俺ははじめてあの写真を見たとき動揺していたので、信憑性が増していると思う。
真実はまったく違うのだが、出てくる証拠から、俺の話の辻褄が合ってしまう。
菱前老人や公安警察、そして捕まった九星会の人々には、それが真実でいいと思う。
「……なに!? 洞窟の奥からか? 分かった。増援を要請する」
公安警察の面々が、急に慌ただしく動きだした。
「なにかありましたか?」
「正体不明の生き物の死体、未知の機械、大量の金塊。それと……大量の人骨が見つかったようです。人骨は最近のものから、かなり古いものまで相当な数があったらしい」
俺に話してくれた人は、難しい顔をしている。
正体不明の生き物の死体は、エーイェン人のことだろう。
公安警察の人たちもまさか、洞窟の中に宇宙人の死体があるとは思わなかったはずだ。
大量の人骨は……ウィルスで失敗した人たちだろうか。
老婆に聞いてみなければ分からないが、そこらに埋めるのではなく、洞窟に隠した意味があるはずだ。
なんにせよ、警察が入ったことで、九星会は徹底的に調べられる。
見つかった多くの人骨もそうだが、行方不明者に関係した者たちは、その行為にふさわしい罰がくだされるはずだ。
俺の役目は終わった。あとは清秋との決着だけだ。
ヤツは手強い。だからこそ……。