俺は警察組織を信用していない。信頼もしていない。
完璧も期待していない。
九星会の運営には、亜門清秋という男が積極的に関わっていることを告げた。
それだけではなく、指導的役割を果たしていることもしっかりと伝えた。
彼は東京で高校生をやっているが、彼が九星会で果たす役割は大きく、あの洞窟のことも知っていると告げておいた。
これだけ言えば、相手が一介の高校生といえども警戒するだろう。
だがチートなヤツのことだ。警察の追及くらい、わけなく躱すと思う。
ヤツを追い詰めるのは、ヤツの能力を把握していて、先の歴史を知っている俺でさえ難しいのだから。
昔の俺ならば、労多くして益少なしと、関わらない選択をしたと思う。勝てない戦いなど、するだけ無駄だ。
だが、ここまで関わってしまっては、もうあとには引けない。
信用も信頼もできない警察をつかって、とことんまで追い詰めて決着をつけるしかないのだ。
そう思った俺は、罠を張ることにした。
「亜門清秋は、九星会のシンボル、盟主……なんでもいいですが、彼らにとっては天草四郎的な存在と思ってください」
俺の説明に、公安警察の面々は意味を測りかねているようだった。
だが、洞窟を見つけた実績があるからか、俺の話をまともに聞いてくれた。
「清秋を事情聴取しても、おそらく言い逃れするでしょう。ディベートに長けたヤツです。尻尾を掴ませることはしない」
「では、どうすれば?」
「接触せず、放っておいてください。監視をつけたら、すぐに気づきます。放っておいて、警察の捜査がヤツに及んでいないと思わせるのです」
その上で、洞窟の警備を厳重に……それこそ、全戦力を投入するつもりで守ってほしいと伝えておいた。
九星会に警察権力が介入したこと、洞窟の秘密がバレたことは、すぐ清秋に伝わるはずだ。
地元の警察官は懐柔済みか、もとから信者だろう。どれほど情報統制しても、清秋の耳には入ってしまう。
清秋はどう動くか? ヤツならば、信者を使って洞窟とエーイェン人の痕跡をなかったことにする。
あらかじめ別の場所に、そのような荒事をする実働部隊を置いていてもおかしくない。
つまりこれは、時間勝負なのだ。
ヤツは、俺が2030年から来たことを知らない。
俺が清秋に注目し、ライバル視していることだって知らない。
ヤツの考えることを予想して、それを上回る対策を立てているなんて、知りようがないのだ。
「想定の三倍、いや十倍の警備をしてください。必ず、ヤツは破壊しにきます」
エーイェン人の遺体と研究所をすぐに移動させることは困難だ。その間にヤツは、絶対に破壊しに来る。
とにかく清秋は動くので人を配置しろと、俺は何度も念を押した。
決してそれを本人に悟らせるなとも。
俺はあとのことを公安警察にすべて任せて、山梨から帰宅した。
途中で夕食を済ませたこともあって、家に帰ったのは午後九時をまわっていた。
大変な日帰りの強行軍だったが、成果はあった。
翌朝、公安警察から電話があった。
本日、事件について報道があるが、あそこで見たものは他の者に話さないでほしいというものだった。
もちろん、吹聴するつもりはないので了承した。すぐにテレビをつけて、ニュースを確認した。
報道は、山梨県にある宗教法人『九星会』が、脱税や死体遺棄などの罪で捜査が入ったというものだった。
組織的犯行の可能性があるため、今後も継続して捜査していくとして、ニュースは締めくくられていた。
それ以外の情報は、社会に大きな影響を与えるため秘められたようだ。
それでいい。もはや動かすエネルギーがないとはいえ、オーパーツの存在を明らかにする必要はないのだ。
『ねえ、プール行かない?』
このあとどうしようかと考えていると、名出さんからそんな電話がかかってきた。
『あやめたちと一緒にプール行くんだけど……ちょっと、黙っててよぉ……それでね、大賀くんも、もう、違うって……いま電話中……うがっ』
電話口から神宮司さんの声も聞こえてくる。水着がどうとか、言っている。
面倒くさそうな臭いがする。
「用がないなら、切るぞ」
『わぁーっ! 待って! 待って! 切らないで!』
「切る」
『お願い! プール、プール、みんなで、一緒に行こ?』
電話口から必死な声が聞こえてくる。
面倒なことになりそうだからあまり行きたくないのだが、こういうのも付き合いの一つだろう。
「分かった。行くから……それでいつだ?」
『今からだけど』
「…………」
『午後二時に、
「……おまえ、今日誘って、今日行くつもりなのか?」
『そうだけど、変かな?』
小学生か?
「……まあいい。まだ時間があるから、それでいい。じゃあ、切るぞ」
時計を見たら、午前十時だった。
午後二時といったら、夏の一番暑い時間帯ではなかろうか。
俺は水着を買いに、駅へ向かった。
「大賀くーん!」
集合場所に向かったら、名出さんが先に来て待っていた。
手をブンブンと振っている。周囲の人がクスクスと笑いながら、微笑ましそうな顔を向けている。本人は気づいてないが。
「早いな」
「そうだけど、大賀くんも早いよね」
「俺は十五分前集合だ。それで五分前に行動を開始する」
「うん。そういうところは大賀くんらしいよね」
名出さんが変な納得の仕方をしている。
社会人たるもの、五分前には行動してしかるべきだろう。
まだ高校生だが。
神宮寺さんは時間ぴったりに、吉兆院は十五分遅れて現れた。
「いや~、なかなかセーブポイントに到達できなくってさ」
吉兆院は相変わらずだ。
俺を含めた三人から白い目で見られたのは言うまでもない。
「着替えたら、プールサイドで集合ね」
ズンズンと中へ入っていく名出さんのあとに続いて、俺たちも建物に向かった。
日差しはやたらと眩しかった。