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110 張り巡らせる罠

 俺は警察組織を信用していない。信頼もしていない。

 完璧も期待していない。


 九星会の運営には、亜門清秋という男が積極的に関わっていることを告げた。

 それだけではなく、指導的役割を果たしていることもしっかりと伝えた。


 彼は東京で高校生をやっているが、彼が九星会で果たす役割は大きく、あの洞窟のことも知っていると告げておいた。

 これだけ言えば、相手が一介の高校生といえども警戒するだろう。


 だがチートなヤツのことだ。警察の追及くらい、わけなく躱すと思う。

 ヤツを追い詰めるのは、ヤツの能力を把握していて、先の歴史を知っている俺でさえ難しいのだから。


 昔の俺ならば、労多くして益少なしと、関わらない選択をしたと思う。勝てない戦いなど、するだけ無駄だ。

 だが、ここまで関わってしまっては、もうあとには引けない。


 信用も信頼もできない警察をつかって、とことんまで追い詰めて決着をつけるしかないのだ。

 そう思った俺は、罠を張ることにした。


「亜門清秋は、九星会のシンボル、盟主……なんでもいいですが、彼らにとっては天草四郎的な存在と思ってください」

 俺の説明に、公安警察の面々は意味を測りかねているようだった。


 だが、洞窟を見つけた実績があるからか、俺の話をまともに聞いてくれた。

「清秋を事情聴取しても、おそらく言い逃れするでしょう。ディベートに長けたヤツです。尻尾を掴ませることはしない」


「では、どうすれば?」

「接触せず、放っておいてください。監視をつけたら、すぐに気づきます。放っておいて、警察の捜査がヤツに及んでいないと思わせるのです」


 その上で、洞窟の警備を厳重に……それこそ、全戦力を投入するつもりで守ってほしいと伝えておいた。


 九星会に警察権力が介入したこと、洞窟の秘密がバレたことは、すぐ清秋に伝わるはずだ。

 地元の警察官は懐柔済みか、もとから信者だろう。どれほど情報統制しても、清秋の耳には入ってしまう。


 清秋はどう動くか? ヤツならば、信者を使って洞窟とエーイェン人の痕跡をなかったことにする。

 あらかじめ別の場所に、そのような荒事をする実働部隊を置いていてもおかしくない。


 つまりこれは、時間勝負なのだ。


 ヤツは、俺が2030年から来たことを知らない。

 俺が清秋に注目し、ライバル視していることだって知らない。


 ヤツの考えることを予想して、それを上回る対策を立てているなんて、知りようがないのだ。


「想定の三倍、いや十倍の警備をしてください。必ず、ヤツは破壊しにきます」

 エーイェン人の遺体と研究所をすぐに移動させることは困難だ。その間にヤツは、絶対に破壊しに来る。


 とにかく清秋は動くので人を配置しろと、俺は何度も念を押した。

 決してそれを本人に悟らせるなとも。




 俺はあとのことを公安警察にすべて任せて、山梨から帰宅した。

 途中で夕食を済ませたこともあって、家に帰ったのは午後九時をまわっていた。


 大変な日帰りの強行軍だったが、成果はあった。

 翌朝、公安警察から電話があった。


 本日、事件について報道があるが、あそこで見たものは他の者に話さないでほしいというものだった。

 もちろん、吹聴するつもりはないので了承した。すぐにテレビをつけて、ニュースを確認した。


 報道は、山梨県にある宗教法人『九星会』が、脱税や死体遺棄などの罪で捜査が入ったというものだった。

 組織的犯行の可能性があるため、今後も継続して捜査していくとして、ニュースは締めくくられていた。


 それ以外の情報は、社会に大きな影響を与えるため秘められたようだ。

 それでいい。もはや動かすエネルギーがないとはいえ、オーパーツの存在を明らかにする必要はないのだ。




『ねえ、プール行かない?』

 このあとどうしようかと考えていると、名出さんからそんな電話がかかってきた。


『あやめたちと一緒にプール行くんだけど……ちょっと、黙っててよぉ……それでね、大賀くんも、もう、違うって……いま電話中……うがっ』

 電話口から神宮司さんの声も聞こえてくる。水着がどうとか、言っている。


 面倒くさそうな臭いがする。

「用がないなら、切るぞ」


『わぁーっ! 待って! 待って! 切らないで!』

「切る」


『お願い! プール、プール、みんなで、一緒に行こ?』

 電話口から必死な声が聞こえてくる。


 面倒なことになりそうだからあまり行きたくないのだが、こういうのも付き合いの一つだろう。

「分かった。行くから……それでいつだ?」


『今からだけど』

「…………」


『午後二時に、矢橋やばし公園プールの前に集合でいいかな』

「……おまえ、今日誘って、今日行くつもりなのか?」


『そうだけど、変かな?』

 小学生か?


「……まあいい。まだ時間があるから、それでいい。じゃあ、切るぞ」

 時計を見たら、午前十時だった。


 午後二時といったら、夏の一番暑い時間帯ではなかろうか。

 俺は水着を買いに、駅へ向かった。




「大賀くーん!」

 集合場所に向かったら、名出さんが先に来て待っていた。


 手をブンブンと振っている。周囲の人がクスクスと笑いながら、微笑ましそうな顔を向けている。本人は気づいてないが。

「早いな」


「そうだけど、大賀くんも早いよね」

「俺は十五分前集合だ。それで五分前に行動を開始する」


「うん。そういうところは大賀くんらしいよね」

 名出さんが変な納得の仕方をしている。


 社会人たるもの、五分前には行動してしかるべきだろう。

 まだ高校生だが。


 神宮寺さんは時間ぴったりに、吉兆院は十五分遅れて現れた。

「いや~、なかなかセーブポイントに到達できなくってさ」


 吉兆院は相変わらずだ。

 俺を含めた三人から白い目で見られたのは言うまでもない。


「着替えたら、プールサイドで集合ね」

 ズンズンと中へ入っていく名出さんのあとに続いて、俺たちも建物に向かった。


 日差しはやたらと眩しかった。


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