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112 プール(2)

 波の出るプールは、大人も子供も人気だ。

 行ってみると、浅瀬には子供、腰までの深さの所に大人が集まっていた。


「おっ、一番前が空いてるじゃん……もぐぁ!」

 足がつかないところまで立ち泳ぎで向かった吉兆院は、最初の大波に頭が潜ってしまった。


 水中をもんどりうって、俺のところまで転がってきた。


「人がいない理由を考えてみろ」

「え~、空いてたら行くでしょ」


「ねえ、こっち空いて……もぎゅぶぁ!?」

 名出さんも轟沈した。


「海と違って、浅瀬まで波を届かせるには、勢いが大事なんだろう。少しは考えろ」

 機械で強く水を押し出すからか、波で身体が浮くよりも早く波頭がやってくるのだと思う。


 吉兆院のもがく姿を見ていたら、普通は警戒するものだが、どうしてああも考えなしなのだろうか。


 波の出るプールでしばらく遊んでいると、吉兆院が「疲れた」「お腹が空いた」とうるさい。

 普段からカロリーの高いジャンクなものを食べているわりに、太る様子はないのは不思議だ。


 燃費が悪すぎるので、腹に虫でも飼っているのかもしれない。

「疲れちゃったし、私も少し休みたいかも」


「えー、あやめも? もっと遊ぼうよー」

 神宮寺さんと違って、名出さんは元気だ。


「愁一は元気だな」

「これくらいでへばるような鍛え方はしていない」


 すると吉兆院だけでなく、名出さんや神宮寺さんも納得の表情を浮かべた。

 視線が俺の腹に向いている。


 吉兆院が再度騒ぐので、休憩することにした。

 時刻は午後四時。二時間近く、波の出るプールにいたらしい。


 まだまだ日差しは強い。

 他の客も疲れたのか、プールの中は空きはじめた。


「すみませーん、アメリカンドッグと焼きそば。あと、ジンジャエールください」

 やはり吉兆院の身体は燃費が悪い。


 各自、飲み物や軽食を摂りながら雑談をする。

 自然と話題が夏休みの過ごし方になったのは、しばらく顔を合わせていなかったからだろう。


「それで大賀くんと琴衣は、どうして一緒に旅行に行ったのかな?」

「うにゃあ!?」


 名出さんの口からオレンジジュースが吹き出した。

「えっ、なになに? 何があったの?」


 吉兆院が興味津々とばかり、聞いてくる。

「あのね、二人で清里のペンションに泊まったんですって」


「にゃーっ、それ、言わない約束だって!」

「あれ? そうだっけ?」


「あれだけ約束したのに……あやめ、ひどい」

「だって、あれだけ何度も何度も繰り返し聞かされたら、私、最初から最後まで言えるわよ。まずは新宿駅で会ったときからの話よね」


「にゃー!」

 名出さんと神宮寺さんがドタバタとやっている。ブールサイドでかけると、転んで怪我するぞ。


「愁一、なに? 婚前旅行?」

「同じ日に別々に同じ場所に旅行しただけだ」


「なにそれ、新しいとんち?」

 似たようなものだ。


 ちなみに神宮寺さんを捕まえ損ねた名出さんは、「ふしゃー」と言いながら走り去っている。


 休憩の後は、奥のプールで泳ぐことにした。

 人が減ってきたのもあるが、水中で立っているだけでは、プールに来た意味はないからだ。


「飛び込み台があるぞ、愁一。やってみようぜ!」

「おまえはどうしてそう、何にでも首を突っ込みたがるんだ」


 飛び込み板は、高さごとに三段階設定されてあった。

 3メートル、5メートル、7メートルだ。


 一番上で怖くなって飛べなくなった人がいる。

 あれはおそらく、歩いて階段を下りるパターンだろう。


「愁一、行こうぜ」

「見物人が多いので、俺はパスだ」


 こんなところで目立ちたくない。

 吉兆院は「えー」と不満顔だが、「じゃあ、オレ一人て行ってこようかな」と、3メートル板のところから足で着水していた。まばらな拍手をもらっていた。


 俺たちが向かったのは、競泳用のプール。ここが一番人が少ない。

「えっ、ここで泳ぐの?」


 名出さんが「学校のプールを思い出すんだけど」と及び腰になっている。

「一人一レーン使って泳ぐんだ。疲れたり、順番ができていたら交代だな」


「……あ、あたし、見てる」

「私も、これはいいかな」


 名出さんと神宮司さんは泳がないようだ。


 このプールにいるのは、ガチの泳者えいしゃのみ。水遊びとは違った楽しみがここにある。

 俺はメドレーの順に泳ぎ、十分堪能した。


 吉兆院は「負けないぞー!」と言っていたが、気がついたときにはコースロープにもたれかかっていた。

 体力が続かなかったらしい。


「はあ、はあ、愁一、タフだな。なんかもう五十キロくらい泳いだ気分だ」

「そんなに泳げるか」


「でも疲れ具合から、五十キロは歩いた感じだね」

「それも無理だろう。通し打ちのお遍路でも、一日の移動距離はその半分くらいのはずだ」


「通し打ちってなに?」

「一度の歩き遍路で八十八箇所の礼所を巡ることだ。何回かに分ける場合は、区切り打ちと言う」


「へえ、一回で終わらせようとするガチな人たちってこと?」

「それで合っている。入念な準備をしても、そうそう五十キロメートルなんて歩けるものじゃないぞ」


 いや、それくらい疲れたのだと吉兆院は主張するが、すぐに弱音をはくやつなので、名出さんたちも本気にはしていない。

 疲れたんだねと、温かい視線を送っている。


 時刻は午後六時にさしかかるところで、日はまだ高いが、プールの人影は大分少なくなってきた。

「ねえ、アレが空いてきたから、行こうよ」


 ずっと順番待ちの列ができていたウォータスライダーも、いまはほとんど人の姿がない。


「ほんとだ、いつの間に! 愁一、行こうぜ」

 吉兆院が復活した。スキップしそうな勢いなので、よほど楽しみなのだろう。


 この時代のウォータスライダーは、回転するような洒落たものではなく、直線の滑り台だ。

 速度が出過ぎないよう、途中で平らな部分がある。


「いやぁほぉ~~!」

「頭から滑らないでください!」


 早速吉兆院が注意されていた。

 あの落ち着きのなさは、いつになったら治るのだろうか。


 ひとしきり滑ったあと、俺たちはウオータースライダーの出口付近で浮いていた。

 さすがに俺も疲れた。


「楽しかったね」

 名出さんはご機嫌だ。


「だいたいぜんぶ制覇したかな」

「子供用以外は、巡ったんじゃない?」


 みな十分、堪能したようだ。

『夢』の中での俺は、こういった楽しみをすべて「くだらない」と切り捨てていた。


 夏休みは、同級生に勉強で差をつけるいい機会だとしか考えていなかった。

 やはり、視野が狭かったんだなと思う。


「大賀くん、どうしたの?」

「……こういうプールは、初めて来たと思っただけだ」


 俺は中年になってから、体力増強のためにスイミングをした。

 効率を考えただけで、楽しもうとは思ったこともなかった。


「大賀くん! あたしたちはずっと一緒だよ」

「どうした急に?」


「中学のときも、来たことなかったんでしょ。だったら、これからいっぱい来ようね」

「そうだぜ、愁一。オレたちはいつだって付き合うから」


「私も……気が向いたら」

「そうよね。あたしたち四人の友情は、永遠だよね!」


 感極まったのか、名出さんはうるっと来ている。

 だがちょっと待ってほしい。なぜか俺が、一緒に遊ぶ友だちのいない可哀想な人になっている。


 それとおそらく、ずっと一緒なのは名出さんと神宮寺さん、それに吉兆院だろう。

『夢』の中では、このメンバーに俺はいなかった。


 そう思ったが、名出さんは、「あたしたち四人は、ずっ友だよ!」と連呼していった。




 家に帰ると、緊急ニュースがやっていた。

 山梨県にある九星会本部に信者が入り込み、建物の一部を爆破炎上させたというのだ。


「……やっぱりか」

 亜門清秋がやりやがった。


 建物と報道していたが、爆破したのは、あの洞窟だろう。

 爆発物を持って侵入は難しいかもしれない。


 清秋のことだ。あらかじめ、仕掛けを施してあったのだと思う。

「やはり公安を出し抜いたか」


 ヤツならば、絶対にエーイェン人の死体や、オーパーツ機器をそのままにしないと思っていた。

 これで証拠は消し飛んだ。


 俺があれだけ警告した中で、ヤツはやり遂げたのだ。

「亜門清秋……予定通りだ」


 ヤツは予定通り、証拠を消すために動いてくれた。


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