波の出るプールは、大人も子供も人気だ。
行ってみると、浅瀬には子供、腰までの深さの所に大人が集まっていた。
「おっ、一番前が空いてるじゃん……もぐぁ!」
足がつかないところまで立ち泳ぎで向かった吉兆院は、最初の大波に頭が潜ってしまった。
水中をもんどりうって、俺のところまで転がってきた。
「人がいない理由を考えてみろ」
「え~、空いてたら行くでしょ」
「ねえ、こっち空いて……もぎゅぶぁ!?」
名出さんも轟沈した。
「海と違って、浅瀬まで波を届かせるには、勢いが大事なんだろう。少しは考えろ」
機械で強く水を押し出すからか、波で身体が浮くよりも早く波頭がやってくるのだと思う。
吉兆院のもがく姿を見ていたら、普通は警戒するものだが、どうしてああも考えなしなのだろうか。
波の出るプールでしばらく遊んでいると、吉兆院が「疲れた」「お腹が空いた」とうるさい。
普段からカロリーの高いジャンクなものを食べているわりに、太る様子はないのは不思議だ。
燃費が悪すぎるので、腹に虫でも飼っているのかもしれない。
「疲れちゃったし、私も少し休みたいかも」
「えー、あやめも? もっと遊ぼうよー」
神宮寺さんと違って、名出さんは元気だ。
「愁一は元気だな」
「これくらいでへばるような鍛え方はしていない」
すると吉兆院だけでなく、名出さんや神宮寺さんも納得の表情を浮かべた。
視線が俺の腹に向いている。
吉兆院が再度騒ぐので、休憩することにした。
時刻は午後四時。二時間近く、波の出るプールにいたらしい。
まだまだ日差しは強い。
他の客も疲れたのか、プールの中は空きはじめた。
「すみませーん、アメリカンドッグと焼きそば。あと、ジンジャエールください」
やはり吉兆院の身体は燃費が悪い。
各自、飲み物や軽食を摂りながら雑談をする。
自然と話題が夏休みの過ごし方になったのは、しばらく顔を合わせていなかったからだろう。
「それで大賀くんと琴衣は、どうして一緒に旅行に行ったのかな?」
「うにゃあ!?」
名出さんの口からオレンジジュースが吹き出した。
「えっ、なになに? 何があったの?」
吉兆院が興味津々とばかり、聞いてくる。
「あのね、二人で清里のペンションに泊まったんですって」
「にゃーっ、それ、言わない約束だって!」
「あれ? そうだっけ?」
「あれだけ約束したのに……あやめ、ひどい」
「だって、あれだけ何度も何度も繰り返し聞かされたら、私、最初から最後まで言えるわよ。まずは新宿駅で会ったときからの話よね」
「にゃー!」
名出さんと神宮寺さんがドタバタとやっている。ブールサイドでかけると、転んで怪我するぞ。
「愁一、なに? 婚前旅行?」
「同じ日に別々に同じ場所に旅行しただけだ」
「なにそれ、新しいとんち?」
似たようなものだ。
ちなみに神宮寺さんを捕まえ損ねた名出さんは、「ふしゃー」と言いながら走り去っている。
休憩の後は、奥のプールで泳ぐことにした。
人が減ってきたのもあるが、水中で立っているだけでは、プールに来た意味はないからだ。
「飛び込み台があるぞ、愁一。やってみようぜ!」
「おまえはどうしてそう、何にでも首を突っ込みたがるんだ」
飛び込み板は、高さごとに三段階設定されてあった。
3メートル、5メートル、7メートルだ。
一番上で怖くなって飛べなくなった人がいる。
あれはおそらく、歩いて階段を下りるパターンだろう。
「愁一、行こうぜ」
「見物人が多いので、俺はパスだ」
こんなところで目立ちたくない。
吉兆院は「えー」と不満顔だが、「じゃあ、オレ一人て行ってこようかな」と、3メートル板のところから足で着水していた。まばらな拍手をもらっていた。
俺たちが向かったのは、競泳用のプール。ここが一番人が少ない。
「えっ、ここで泳ぐの?」
名出さんが「学校のプールを思い出すんだけど」と及び腰になっている。
「一人一レーン使って泳ぐんだ。疲れたり、順番ができていたら交代だな」
「……あ、あたし、見てる」
「私も、これはいいかな」
名出さんと神宮司さんは泳がないようだ。
このプールにいるのは、ガチの
俺はメドレーの順に泳ぎ、十分堪能した。
吉兆院は「負けないぞー!」と言っていたが、気がついたときにはコースロープにもたれかかっていた。
体力が続かなかったらしい。
「はあ、はあ、愁一、タフだな。なんかもう五十キロくらい泳いだ気分だ」
「そんなに泳げるか」
「でも疲れ具合から、五十キロは歩いた感じだね」
「それも無理だろう。通し打ちのお遍路でも、一日の移動距離はその半分くらいのはずだ」
「通し打ちってなに?」
「一度の歩き遍路で八十八箇所の礼所を巡ることだ。何回かに分ける場合は、区切り打ちと言う」
「へえ、一回で終わらせようとするガチな人たちってこと?」
「それで合っている。入念な準備をしても、そうそう五十キロメートルなんて歩けるものじゃないぞ」
いや、それくらい疲れたのだと吉兆院は主張するが、すぐに弱音をはくやつなので、名出さんたちも本気にはしていない。
疲れたんだねと、温かい視線を送っている。
時刻は午後六時にさしかかるところで、日はまだ高いが、プールの人影は大分少なくなってきた。
「ねえ、アレが空いてきたから、行こうよ」
ずっと順番待ちの列ができていたウォータスライダーも、いまはほとんど人の姿がない。
「ほんとだ、いつの間に! 愁一、行こうぜ」
吉兆院が復活した。スキップしそうな勢いなので、よほど楽しみなのだろう。
この時代のウォータスライダーは、回転するような洒落たものではなく、直線の滑り台だ。
速度が出過ぎないよう、途中で平らな部分がある。
「いやぁほぉ~~!」
「頭から滑らないでください!」
早速吉兆院が注意されていた。
あの落ち着きのなさは、いつになったら治るのだろうか。
ひとしきり滑ったあと、俺たちはウオータースライダーの出口付近で浮いていた。
さすがに俺も疲れた。
「楽しかったね」
名出さんはご機嫌だ。
「だいたいぜんぶ制覇したかな」
「子供用以外は、巡ったんじゃない?」
みな十分、堪能したようだ。
『夢』の中での俺は、こういった楽しみをすべて「くだらない」と切り捨てていた。
夏休みは、同級生に勉強で差をつけるいい機会だとしか考えていなかった。
やはり、視野が狭かったんだなと思う。
「大賀くん、どうしたの?」
「……こういうプールは、初めて来たと思っただけだ」
俺は中年になってから、体力増強のためにスイミングをした。
効率を考えただけで、楽しもうとは思ったこともなかった。
「大賀くん! あたしたちはずっと一緒だよ」
「どうした急に?」
「中学のときも、来たことなかったんでしょ。だったら、これからいっぱい来ようね」
「そうだぜ、愁一。オレたちはいつだって付き合うから」
「私も……気が向いたら」
「そうよね。あたしたち四人の友情は、永遠だよね!」
感極まったのか、名出さんはうるっと来ている。
だがちょっと待ってほしい。なぜか俺が、一緒に遊ぶ友だちのいない可哀想な人になっている。
それとおそらく、ずっと一緒なのは名出さんと神宮寺さん、それに吉兆院だろう。
『夢』の中では、このメンバーに俺はいなかった。
そう思ったが、名出さんは、「あたしたち四人は、ずっ友だよ!」と連呼していった。
家に帰ると、緊急ニュースがやっていた。
山梨県にある九星会本部に信者が入り込み、建物の一部を爆破炎上させたというのだ。
「……やっぱりか」
亜門清秋がやりやがった。
建物と報道していたが、爆破したのは、あの洞窟だろう。
爆発物を持って侵入は難しいかもしれない。
清秋のことだ。あらかじめ、仕掛けを施してあったのだと思う。
「やはり公安を出し抜いたか」
ヤツならば、絶対にエーイェン人の死体や、オーパーツ機器をそのままにしないと思っていた。
これで証拠は消し飛んだ。
俺があれだけ警告した中で、ヤツはやり遂げたのだ。
「亜門清秋……予定通りだ」
ヤツは予定通り、証拠を消すために動いてくれた。