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113 亜門清秋と決着(1)

 公安警察が、まんまと出し抜かれた。

 厳重に守っていた場所を爆破されたのだ。


 相手が亜門清秋ならば、それも当然だろう。

 ここまでは俺の予定通り。計画通りというやつだ。


「これで公安も、清秋が危険人物だと認識しただろう」

 エーイェン人の死体や住居、研究室をそのままにしておくのは、俺も反対だ。


 いまの地球人には過ぎた技術だし、地球外生命体の確たる証拠があってはならないと思う。

 一方で、これを使って清秋を追い詰められると俺は考えた。


 結果、目論見は大成功。公安は、洞窟の破壊を行った者を面子にかけて捕まえる。

 清秋は爆破事件に関わりがあるとして、事情聴取はされると思う。


 信者たちは清秋を妄執するあまり、ヤツが捕まったら暴挙に出る。

 そこまで予見できれば、俺が取る行動は一つだ。


「ちょっと出かけてくる」

「えっ、お兄ちゃん。もうすぐ夕食だよ」


「俺の分まで食べていいぞ」

「そんなに食べられないよ。……というか、こんな時間にどこへ行くの?」


「決着をつけにだ」

 妹の冬美が首をかしげている。


 俺はいまから清秋と決着をつけに、あそこへ向かう。




 成田空港国際線の搭乗口前で、俺は三時間ほど清秋を待っていた。

「よう……ようやく来たみたいだな」


 待ちくたびれてしまった。一瞬、俺の予想が外れて、清秋は来ないんじゃないかと思ってしまった。


「あなたは……なるほど、はじめから仕組まれていたわけですか」

 空港にやってきた清秋に挨拶しただけで、なぜかもうすべて分かりましたという顔をされた。


「何が、はじめから仕組まれていたって言うんだ?」

「どこから……とまでは分かりませんが、清里の信者と接触したのは、偶然ではないですね」


「ほう。よく分かったな」

 まあ、あれは少し考えれば分かるだろう。


「それとホテルで私とはじめて会ったとき、私のことを知っていましたね」

「どうしてそう思うんだ?」


「あのときあなたは、私を見てわずかながらですが、反応しました。小さな違和感でしたが、気にはなっていたのです」

「顔には出さなかったと思っていたが」


「では無意識でしょう。表情筋が動いていました。表情を読み取るとしたら『なぜここにいる』でしょうか」

 驚いた。ホテルでは何気ない出会いと別れだったはずだが、そこまでバレていたのか。それ以降接触しなくて、本当によかった。


「大したもんだ。そういえばお前は意外そうな表情を浮かべていたっけ? こう思ったんだな。相手は自分のことを知っているが、自分は会ったことはない。ではなぜそんな表情をする? ってところか。まあ、俺がお前のことを知ったのは、それより前だからな」


 ホテルで会ったとき、俺は名乗らなかったし、清秋も名乗っていない。

 縁はそこで切れたはずだった。少なくとも清秋はそう思ったはずだ。


蒼空そら様と蒼海うみ様のもとへ外から客人が来ることは、私まで報告が届いていませんでした」

「そいつは良かった」


 清秋があの場にいたら、会った瞬間に俺の敗北は決まっていた。

「あとで詳細を聞いて驚きました。あの洞窟の仕掛け、あなたの話にあったルポライターごときが知っているはずがありません」


 オババやあそこにいた男たちはみな捕まったはずだ。

 とすれば、保護された双子経由か。警察の関係者にも信者がいそうだな。


「あれだけ単純な洞窟の開け方なんだ。だれかが盗み見てコッソリ覚えていたって不思議ではないだろ?」

「……そういうこともあるかもしれませんね」


 納得していない顔だ。

 あの洞窟の開け方を知っているのは、オババと清秋、双子を除けば、絶対に裏切らない幹部数人くらいだろう。


 だが清秋の知らないところで話が漏れる可能性も、わずかながらにあると思ったはずだ。

「それに私を追い詰める方法も見事です」


「それは自意識過剰すぎないか?」


「家の周囲には人を配置しています。監視があれば絶対に気づきます。私に監視がついていなかったのは断言できます。ですが、蓋をあけてみれば、はじめから私はマークされていた。だれかが私をマークしないよう説得し、事が起きたら一気に逮捕するつもりだったのでしょう」


 恐ろしいな。密かに計画していたことが、もうほとんどバレてしまった。

「だったら、俺がここに来た理由は分かるか?」


「私を捕まえに……と最初は思ったのですが、周囲にそれらしい気配はないですね」

「気配が分かるのか?」


「信者が知らせてくれます」

「あ〜、そういうことか」


 清秋の周囲には常に信者がいるのだろう。

 それにいまは逃避行の最中。信者を先行させたり、あとから付いてこさせたりして、待ち伏せや尾行を警戒してもおかしくない。


 ということは、警察官たちを空港に隠しておいたら、清秋はここに現れなかったことになるのか。

 信者を使えば、秘密裏に外国へ脱出する方法くらいありそうだ。


「……ふむ。たしかにあなたがここに現れた合理的な理由は分かりませんね。最初は、死んだルポライターの敵討ちかと思いましたが、憎しみの感情は浮かんでいません」

 清秋は悩んでいる。


『夢』の中での因縁と言ったら、やつは笑うだろうか。

「そうだな。少し質問ごっこをしようぜ。時間はまだあるんだろ?」


「私を捕まえないのですか?」

 俺は首を横に振った。


「いまの日本の司法じゃ、捕まえても無駄だろ。たとえ重罰が可能だとしても、信者が各地でテロを起こしたり、奪還作戦を敢行したりで、社会が混乱する」

「会のことをよくご存知で」


「知っていることだけさ。それにもう、別人になっているんじゃないか?」

 これは俺の勘だが、別人名義のパスポートを所持している気がする。


「ええ、そうです。記録に残さず出入国する必要があるため、そういうものを所持しています」

 清秋がいま持っているのは偽造パスポートだ。この時代ならまだ、そういうのが有効だったりする。


 もっと先の時代になると偽造パスポートはテロリストが密入国する際に使われたりするので、多くの偽造防止策が施され、審査も厳重になる。


 いまの時代なら、航空券の手配もパスポート番号が分かれば、代理人が取得できたはずだ。

 つまりいま、ここで清秋を公的に特定することは困難になっている。


「それで質問ごっことは何ですか?」

「交互に質問して、答えられる範囲で答えるってのはどうだ?」


「……いいでしょう。私も知りたいことがありますので」

「おっし、じゃあ最初は軽く……高校はどうした?」


「辞めました」

「官僚への道が閉ざされたからか?」


 ここではじめて清秋の眉が上がった。

「なぜ知っているかは、聞かないでおきましょう。そうです、官僚となって日本を支える役目を果たせなくなったからです」


 日本を支えると言っているが、真実は別だろう。

 仲間を集め、日本を動かし、第三次世界大戦へ突入させる。それには官僚が一番だ。


「じゃあ、お前の番だ」

「そうですね。では私も最初は軽く……どこで私のことを知りました?」


「俺は中学まで、神童って呼ばれていたんだ」

「神童……大賀……愁一ですか」


「驚いたよ。よく知っているな」

「蒼空様と蒼海様が、あなたと新宿で二度会いました。新宿界隈に住んでいて、年齢も私と同じくらい。神童として他校にまで名が広がるのは、一人しか思いつきません」


 少し嬉しくなった。ということは、『夢』の中でも俺は、亜門清秋に名前を覚えられていたことになる。

 あのときは歯牙にもかけられなかったが、認識はされていたのだ。


「東大で会えなくてすまんな」

「いえ、中学三年の段階で東大の入試問題を解いたと聞いています。あなたにはもう、日本国が敷いたレールは狭すぎたのでしょう」


 買いかぶりだ。だが、嬉しいことを言ってくれる。

「今度は俺の番だな」


 こうして俺と清秋は、ヒリつくような質問ごっこを続けた。


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