公安警察が、まんまと出し抜かれた。
厳重に守っていた場所を爆破されたのだ。
相手が亜門清秋ならば、それも当然だろう。
ここまでは俺の予定通り。計画通りというやつだ。
「これで公安も、清秋が危険人物だと認識しただろう」
エーイェン人の死体や住居、研究室をそのままにしておくのは、俺も反対だ。
いまの地球人には過ぎた技術だし、地球外生命体の確たる証拠があってはならないと思う。
一方で、これを使って清秋を追い詰められると俺は考えた。
結果、目論見は大成功。公安は、洞窟の破壊を行った者を面子にかけて捕まえる。
清秋は爆破事件に関わりがあるとして、事情聴取はされると思う。
信者たちは清秋を妄執するあまり、ヤツが捕まったら暴挙に出る。
そこまで予見できれば、俺が取る行動は一つだ。
「ちょっと出かけてくる」
「えっ、お兄ちゃん。もうすぐ夕食だよ」
「俺の分まで食べていいぞ」
「そんなに食べられないよ。……というか、こんな時間にどこへ行くの?」
「決着をつけにだ」
妹の冬美が首をかしげている。
俺はいまから清秋と決着をつけに、あそこへ向かう。
成田空港国際線の搭乗口前で、俺は三時間ほど清秋を待っていた。
「よう……ようやく来たみたいだな」
待ちくたびれてしまった。一瞬、俺の予想が外れて、清秋は来ないんじゃないかと思ってしまった。
「あなたは……なるほど、はじめから仕組まれていたわけですか」
空港にやってきた清秋に挨拶しただけで、なぜかもうすべて分かりましたという顔をされた。
「何が、はじめから仕組まれていたって言うんだ?」
「どこから……とまでは分かりませんが、清里の信者と接触したのは、偶然ではないですね」
「ほう。よく分かったな」
まあ、あれは少し考えれば分かるだろう。
「それとホテルで私とはじめて会ったとき、私のことを知っていましたね」
「どうしてそう思うんだ?」
「あのときあなたは、私を見てわずかながらですが、反応しました。小さな違和感でしたが、気にはなっていたのです」
「顔には出さなかったと思っていたが」
「では無意識でしょう。表情筋が動いていました。表情を読み取るとしたら『なぜここにいる』でしょうか」
驚いた。ホテルでは何気ない出会いと別れだったはずだが、そこまでバレていたのか。それ以降接触しなくて、本当によかった。
「大したもんだ。そういえばお前は意外そうな表情を浮かべていたっけ? こう思ったんだな。相手は自分のことを知っているが、自分は会ったことはない。ではなぜそんな表情をする? ってところか。まあ、俺がお前のことを知ったのは、それより前だからな」
ホテルで会ったとき、俺は名乗らなかったし、清秋も名乗っていない。
縁はそこで切れたはずだった。少なくとも清秋はそう思ったはずだ。
「
「そいつは良かった」
清秋があの場にいたら、会った瞬間に俺の敗北は決まっていた。
「あとで詳細を聞いて驚きました。あの洞窟の仕掛け、あなたの話にあったルポライターごときが知っているはずがありません」
オババやあそこにいた男たちはみな捕まったはずだ。
とすれば、保護された双子経由か。警察の関係者にも信者がいそうだな。
「あれだけ単純な洞窟の開け方なんだ。だれかが盗み見てコッソリ覚えていたって不思議ではないだろ?」
「……そういうこともあるかもしれませんね」
納得していない顔だ。
あの洞窟の開け方を知っているのは、オババと清秋、双子を除けば、絶対に裏切らない幹部数人くらいだろう。
だが清秋の知らないところで話が漏れる可能性も、わずかながらにあると思ったはずだ。
「それに私を追い詰める方法も見事です」
「それは自意識過剰すぎないか?」
「家の周囲には人を配置しています。監視があれば絶対に気づきます。私に監視がついていなかったのは断言できます。ですが、蓋をあけてみれば、はじめから私はマークされていた。だれかが私をマークしないよう説得し、事が起きたら一気に逮捕するつもりだったのでしょう」
恐ろしいな。密かに計画していたことが、もうほとんどバレてしまった。
「だったら、俺がここに来た理由は分かるか?」
「私を捕まえに……と最初は思ったのですが、周囲にそれらしい気配はないですね」
「気配が分かるのか?」
「信者が知らせてくれます」
「あ〜、そういうことか」
清秋の周囲には常に信者がいるのだろう。
それにいまは逃避行の最中。信者を先行させたり、あとから付いてこさせたりして、待ち伏せや尾行を警戒してもおかしくない。
ということは、警察官たちを空港に隠しておいたら、清秋はここに現れなかったことになるのか。
信者を使えば、秘密裏に外国へ脱出する方法くらいありそうだ。
「……ふむ。たしかにあなたがここに現れた合理的な理由は分かりませんね。最初は、死んだルポライターの敵討ちかと思いましたが、憎しみの感情は浮かんでいません」
清秋は悩んでいる。
『夢』の中での因縁と言ったら、やつは笑うだろうか。
「そうだな。少し質問ごっこをしようぜ。時間はまだあるんだろ?」
「私を捕まえないのですか?」
俺は首を横に振った。
「いまの日本の司法じゃ、捕まえても無駄だろ。たとえ重罰が可能だとしても、信者が各地でテロを起こしたり、奪還作戦を敢行したりで、社会が混乱する」
「会のことをよくご存知で」
「知っていることだけさ。それにもう、別人になっているんじゃないか?」
これは俺の勘だが、別人名義のパスポートを所持している気がする。
「ええ、そうです。記録に残さず出入国する必要があるため、そういうものを所持しています」
清秋がいま持っているのは偽造パスポートだ。この時代ならまだ、そういうのが有効だったりする。
もっと先の時代になると偽造パスポートはテロリストが密入国する際に使われたりするので、多くの偽造防止策が施され、審査も厳重になる。
いまの時代なら、航空券の手配もパスポート番号が分かれば、代理人が取得できたはずだ。
つまりいま、ここで清秋を公的に特定することは困難になっている。
「それで質問ごっことは何ですか?」
「交互に質問して、答えられる範囲で答えるってのはどうだ?」
「……いいでしょう。私も知りたいことがありますので」
「おっし、じゃあ最初は軽く……高校はどうした?」
「辞めました」
「官僚への道が閉ざされたからか?」
ここではじめて清秋の眉が上がった。
「なぜ知っているかは、聞かないでおきましょう。そうです、官僚となって日本を支える役目を果たせなくなったからです」
日本を支えると言っているが、真実は別だろう。
仲間を集め、日本を動かし、第三次世界大戦へ突入させる。それには官僚が一番だ。
「じゃあ、お前の番だ」
「そうですね。では私も最初は軽く……どこで私のことを知りました?」
「俺は中学まで、神童って呼ばれていたんだ」
「神童……大賀……愁一ですか」
「驚いたよ。よく知っているな」
「蒼空様と蒼海様が、あなたと新宿で二度会いました。新宿界隈に住んでいて、年齢も私と同じくらい。神童として他校にまで名が広がるのは、一人しか思いつきません」
少し嬉しくなった。ということは、『夢』の中でも俺は、亜門清秋に名前を覚えられていたことになる。
あのときは歯牙にもかけられなかったが、認識はされていたのだ。
「東大で会えなくてすまんな」
「いえ、中学三年の段階で東大の入試問題を解いたと聞いています。あなたにはもう、日本国が敷いたレールは狭すぎたのでしょう」
買いかぶりだ。だが、嬉しいことを言ってくれる。
「今度は俺の番だな」
こうして俺と清秋は、ヒリつくような質問ごっこを続けた。