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114 亜門清秋と決着(2)

 空港で亜門清秋と「質問ごっこ」をはじめた。

「それじゃ、俺の質問だ。洞窟の中にあった人の骨。古いのも新しいのもあったらしいが、なぜそんなものがあそこにある?」


「少々特殊な病気を持っていると思ってください。土中に埋めると拡散することがあるので、隔離しておいたのです」

 やはり、あの人骨は、ウイルスを持った人間のものか。


 昔、地中に埋めてウイルス成分が滲み出て土地がおかしくなった可能性があるが、もうひとつ別の理由も考えられる。

 将来、DNAの研究が発達すれば使い道があるかもしれないと考えた可能性だ。


「お前も、その病気に含まれるのか?」

「そうですね。そう捉えて問題ありませんよ。……では私からの質問です。あなたはどこまで知っているのですか?」


「お前にしては頭の悪い質問だ。やりなおした方がいいぜ」

「そうですか……でしたらなぜ、私を追い込もうとするのでしょう? 私が何かやりましたか?」


「それの答えは簡単だ。俺がお前が嫌いだからだ。同族嫌悪ってやつだな」

「同族嫌悪ですか。あなたは私のことをどれだけ知っているのですか?」


「顔を見た瞬間に好悪は分かるだろ?」

「私には分かりません」


「人の表情を読むのは得意でも、ガキの頃に喧嘩ひとつしてこなかったな」

「それが関係あるんですか?」


「同じレベルの者同士が同じテリトリーに入ったら、仲良くなるか喧嘩するもんだ。よし、俺からの質問だ。ヒシマエ重工を狙った銀行詐欺事件。おまえが策を授けたな?」


 清秋の顔から表情が抜けた。すぐもとに戻ったが、一瞬だけまるで能面のような顔になっていた。

「驚きました。あなたはあれのこと、どこで知ったのですか?」


「俺が質問している番だぜ?」

「ならば、イエスと答えておきます。信者は海外にもいます。そこで頼まれました」


「そうかい。その信者、捕まらないといいな」

「何を知っているんです?」


「それは質問か?」

「……ええ、そうです」


「だったら答えよう。すでに国内、国外の何人かは逮捕済みだ。関与している人が多くて、末端から少しずつ捕まえているところだな。奪った金のマージンは、九星会には入らないぜ。……もっとも九星会は今後、要監視対象だが」


「一体、いつから気づいていたのです?」

「そうだなあ……結構最初の方だぞ。今年のGW頃には菱前老人と作戦を練っていたからな」


「…………」

 清秋は、計画のどの段階でバレたのか考えているのだろう。


 作戦にミスはなかった。ただ俺という、未来の知識を持った人間がいただけだ。

「証拠固めと、黒幕捜しのために、できるだけ交渉を引き延ばしてもらうよう、老人に頼んでおいたんだ。そしたらいろいろ分かった。たとえばリトル東京とかな」


「なるほど、あなたが侮れない人だというのはよく分かりました」

「それじゃ、最後の質問だ。なぜ大戦を引き起こしてまで、人類の上に立ちたがるんだ?」


 今度こそ、清秋の顔から一切の表情が消えた。まるでマネキン。もしくは石膏像のようだった。

 清秋は沈黙した。長い、長い沈黙。そしてゆっくりと、清秋は口を開いた。


「私の身体の中には、人を支配する因子が組み込まれているのです。望む、望まぬとかではなく、人を支配せねばならない。まるで強迫観念のようなものです」


「ふうん?」

 清秋が嘘をついているようには見えない。だとすると、本当に清秋の身体の中には人を支配する因子があるのだろう。


 それは何か? エーイェン人のことを知っている俺ならば分かる。ウイルスだ。

 エーイェン人は、人間用にウイルスを作成したときに、その因子を混ぜ込んだのだ。


 大戦をおこしてまで成し遂げようとするのが因子のせいだとしたら、その思いは清秋自身のなのか、それともエーイェン人の……。


(そういえば日本にやってきたエーイェン人は、人の上に君臨して帰還を考える集団だったな)

 エーイェン人は長命だ。人の上に君臨し続けて、満足のいく宇宙船を建造させることを考えてもおかしくない。


 そのために手足となる人間に能力を与えた。鎖つきで。

「なるほどな。お前も被害者かもしれないんだな。同情はしないが」


「同情は結構です。では私も最後の質問です。なぜ神人のことを聞かないのです?」

「神人?」


「洞窟の中にあったでしょう。あきらかに人ではないものが」

「ああ、あれか」


 神人と言うから何かと思ったが、エーイェン人のことだ。

 俺にとっては今さらすぎて忘れていた。


「知ってるか? 人魚のミイラって、作り物なんだぜ」

 あれは偽物。ご神体として作ったのだろうと俺が安易に言うと、清秋は首を左右に振った。


 それは真実にほど遠い答えを出した俺をあざ笑ったのか、真実を知ってもなお本当のことを言わない俺に呆れたのか。

「いいでしょう。遊びは終わりです。私は行きます」


「そうか。俺は止めないが、お前にはもう仲間はいないぞ」

「分かっています。できれば、あなたが仲間になってくれると嬉しいのですが」


「三十年遅かったな。三十年前なら、俺は喜んだかもしれないぜ」

 清秋には絶対に勝てないと思った。三十年前、そんな相手から「あなたが必要だ」と口説かれれば、その気になったかもしれない。


「言っている意味は分かりませんが、残念です」

「個人の力は小さい。おまえのような人間が何人もいないと、世界は動かすことはできないぜ」


「そうですね、仲間集めからはじめますよ」

「凡人がおまえについてこられるはずがないだろ。世界を動かすには、マンパワーが絶対的に足りない。お前一人では何億、何十億の人間をコントロールできない。つまりお前はもう詰みだ。おまえは妄執を抱えたまま、見果てぬ夢を見るだけだ」


「それでも私は足を止めません。止めるという選択肢はないのですから」

「おまえのゴールは分かっている。大きな動きがあったら俺が阻止するからな」


「分かりました。私の前にあなたが出てくるのを楽しみにしています」

 清秋は去っていった。


 どの搭乗口に入っていったのか確認したら、ブラジル行きだった。

 アメリカではないようだ。


 すでにラスベガスには何もない。

 清秋は壁画を永久に見つけることはできない。


 そして双子も保護された。

 清秋には苦難の道が待っているだろう。


「完全勝利とはいかなかったが、こんなもんだろう」

 俺は満足して、空港を出た。




 ~ブラジル行きの機内~


 清秋は、別れ際の言葉を思い出していた。


 ――おまえは妄執を抱えたまま、見果てぬ夢を見るだけだ


 彼の言った妄執という言葉が気にかかっていた。

 まるで他の者の怨念を清秋が引き継いだかのような言い方だった。そして最後。


 ――おまえのゴールは分かっている


 なぜ彼は清秋のゴールが分かっているのか。そこまで言い切れるのか。

 そもそも、信者の中でも上位の者しか知らない九星会の悲願をなぜ彼は知っているのか。


「……ククク」

 清秋は笑った。


「彼の言動は、迷路を歩く私を上から見ていたかのようですね」

 清秋が知らないことを彼は知っている。清秋自身が気づかないことでも気づいている。


 それはありえないことだ。

 知識や能力では清秋が圧倒的。組織と個人という差もある。だが、清秋は負けた。


 それはなぜか清秋は考えた。

 おそらく彼しか知らないルールがあり、彼だけが持つ盤面があるのだ。


 それを清秋は最後まで気づかなかった。

「負けましたね」


 そのカラクリは、いくら考えても分からなかった。ゆえに清秋は素直に負けを認めた。

 生まれてはじめて行った、清秋の敗北宣言だった。


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