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116 逃れられない後処理

 空港で清秋が国外へ脱出するのを見送ってから、俺は家に帰った。

 思った通り、俺に対する報復めいたものはなかった。


 清秋はいま、ブラジルへ向かう飛行機の中だ。そして信者を除けば、俺くらいしかこのことを知らない。

 騒ぎになれば、飛行機がブラジルに到着直後、逮捕ということもある。


 信者もそれは望んでいないだろう。

 ゆえに俺が何か言わない限り、連中も手を出さないと思う。


「しかし……まるで北風と太陽の話だな」

 清秋を直接倒そうと思ったら、間違いなく失敗していた。


 俺がどんな策を練ろうとも、行動の途中で気づかれ、反撃を受けていたと思う。

 だから俺は、清秋に直接勝つことを諦めた。


『夢』の中の俺なら直接対決に固執しただろうが、いまはもうそんな気持ちがおきなくなっていた。

 奴のいないところで搦め手のようにじわじわと追い詰め、奴が取りそうな手段を予想して先回りした。


 たったそれだけで俺は、清秋の野望を挫くことができた。

 直接戦ったわけではないから、勝負はいいとこ引き分けという感じだろう。勝ち負けが問題ではないのだ。それでいいと思う。


「しばらくはゆっくりできるな」

 そう思っていた時期が俺にもあった。


 数日後、九星会の爆破テロについて話を聞きたいと、私服の刑事が二人、家にやってきた。

 俺にとってはもう終わった話だが、警察の捜査はこれからだった。


 たしかに爆破を許し、指示を出したと思われる清秋を取り逃がしたことで、警察は重い腰を上げたのかも知れない。

 話が長くなると思い、刑事たちを家にあげた。


 話をする前に、まずニュースで報道されている以外のことを聞いた。

 俺が帰ったあと、九星会の本部で何があったのか。


 どうやら山中から信者が突然現れたようだ。

 あそこは九星会が管理している山だし、信者だけが知る抜け道があったのだろう。


 突然複数人が現れて、洞窟内に押し入り、直後火が出たようだ。

 洞窟内にいた鑑識や警察官たちは慌てて洞窟の外に逃げ出した。


 洞窟内で火災が発生したら、すぐに煙に巻かれてしまう。いい判断だと思う。

 黒煙が洞窟の入口から出はじめた頃、轟音とともに中で爆発がおき、洞窟が崩れてしまったらしい。


「つまり、信者は洞窟の中にいたまま……?」

「そうだな。洞窟の入口は塞がれてしまった。中に残った者たちの生存は絶望的で、爆発によって崩れやすくなって掘り進めることも難しくなってしまった」


 その分では証拠も木っ端微塵だろう。

 奥まで掘り進めるには、年単位の時間がかかりそうだ。


 そこまでして洞窟内の土砂を取り除く必要があるのかどうなのか。

「災難でしたね」


「……それで聞きたいのだが、キミはなぜ、亜門清秋があの襲撃を主導したと思ったんだ?」

「簡単な話です。清秋こそが、九星会の実質的なトップなのですから」


 俺は以前公安警察で話した内容をもう一度語った。

 九星会について調べて分かったことだけでなく、清秋や双子、オババと会って話したときの感想を交えて、清秋が果たした役割をしっかりと説明した。


「なるほどな……他の信者の証言とも一致している。だが、たかが高校生にできることなのかね?」

 この数日の間で、刑事は多くの信者に聞き込みを済ませたらしい。


「昔も今も、指導者に必要なのはカリスマ性です。彼にはそれがあった。俺も会って話しましたが、彼が九星会の意思決定者オピニオン・リーダーでもおかしくない感じでした。他に扇動者アジテーターがいない以上、彼の意思が九星会の意思と考えて間違いないと思います」


 俺は断定的な口調で、そう言い切った。

 刑事はいまだ半信半疑だが、清秋が九星会の重要な位置にいることは疑いないらしい。あとはどこまで関与しているかだ。


 それゆえ、清秋の身柄はなんとしてでも確保したいところだろう。

「それで清秋の行方は分かりましたか?」


 俺が尋ねると、刑事は「いや、どこかに潜伏したようだ」と答えた。

 警察は清秋の行方を追い切れていないことが分かった。


 もちろん、空港にいましたとか、ブラジル行きの飛行機に乗りましたとは言わない。

 言ったところで、清秋を捕まえることができないし、かえって警戒させてしまうだろう。


 どうせ捕まえられないのなら、国内のどこかに潜伏していると思わせておけばいい。

 それならば狂信的な信者たちも、滅多な行動をおこさないだろう。


「直接会って話しましたが、彼はとても理性的でした。ああいう人間は、計画的に行動します。信者のもとにいても、いずれ世に出てくるのではないでしょうか」


 信者が匿っているのならば、簡単には捕まえられない。

 世に出てきたとき、捕まえればいいのではと俺は言った。


 どうせもう、日本にはいないのだ。

 捜査のリソースを使うだけ無駄な気がする。


「そうなのかな。……だからと言って、こっちは諦めるわけにはいかないんだがな」

 それについては、「がんばってください」以外の言葉はない。


「双子を保護しましたよね。彼女らは、どうなりました?」

「彼女たちに親はいないようだ。しかるべき場所で生活できるようにするだろうね」


「彼女たちが占いをしていたのを知っていますよね。彼女たちの証言と顧客名簿を付き合わせれば、だいたいのことが分かるのではないですか?」

「……何がいいたいのだね?」


「私見ですが、施設に入れるのはあまりお薦めしません。信者が引き取るのもです」

「…………」


「彼女たちは学校に通わず、巫女として特別に育てられてきました。そこへいきなり、普通の子供と同じように勉強しなさい。集団生活しなさいと言ってもストレスが溜まるだけで、よくないと思います」


「たしかにそうかもしれないが、信者が引き取るのが駄目というのは?」

「彼女たちは、自分たちが異質だと気づいていません。信者の中にいたら、ずっと気づけないままです。九星会とは関係ないあたたかい家庭に引き取られるのが一番だと思います」


 里親里子制度はこの時代だってちゃんとある。

 もっとも、そううまく里親が見つかるとは思えないが、言っておかねばと思った。


「……そうだな。二人の祖母は、おそらく一生刑務所から出られないだろう。それを踏まえて希望を聞いてみよう」

「お願いします」


 啓蒙という言葉があるが、双子にはぜひ、いまいる世界がすべてではないことに気づいてもらいたい。

 将来、清秋が誘いに来ても、話に乗らないためにも。


 なんにせよ、警察はまだまだ忙しいようだ。


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