会長ママは子供を各方面に預けて頻繁に出かけるという、この白井明美の情報を元に動き始めた。子供の素直な言葉ほど正確な情報はない。会長ママは仕事をしていなかったので、外出理由はホストかパチンコかショッピングかと思ったが、どれも違う。探るために張り込むことにした。
でかいワゴン車や黒いハイエースに乗って創成川リバーサイドボーイズ・ガールズのメンバーと張り込みの毎日。でも、この車は目立つから代わりにバイクとかチャリ部隊がよく動いた。家は一番に特定してあったので、そこから追いかけて行動範囲を確認する。
対象の女はよく出かけた。朝から、昼間も、夕方も、夜も。いつでも構わず外に居た。娘は子供会に預けっぱなしで、お迎えは雇いのお手伝いさんに任せて。父親も仕事で忙しいのか、家に帰ることが少なかった。そっちも別班が行動範囲を調べてもらっている。両親ともに家を空けることの多い家庭。子供を放置して。他人に預けて。自分たちの自由ために、優先させるためにこの家庭は子供を預けているのだ。たとえどれだけ忙しいって言い繕ってもな。
貧困で仕事をせざるを得なくてギリギリでやっているガキをたくさん見てきた。親を亡くして、親がいなくて他に行くところがなくて通っているガキもいた。預けざるを得なくて預けている家庭は多くある。それに比べると、比べてしまうと。小さな子供のために時間を作れるならそうしてやれよ。俺はやるせない気持ちになった。しかし、どんな家でも子供会の利用は自由だ。利用を責めることはできない。
とある夕方。情報が入った。予想が当たっていれば、悪い事がこれから起こる。勝負どころと読んでか、セイヤもハイエースに乗り込んだ。
対象が動いた。
家を出て街へ向かった。街でウィンドウショッピングをして、適当に時間を潰して、そして野外の寂れた自販機に、その下に手を突っ込んだ。情報通りだった。俺はシメたと思った。その女は何かを手に入れたまま駅に向かい、そして駅のコインロッカーを開けた。自動販売機の下に隠されていたのは鍵。望遠カメラはその瞬間を捉える。自動販売機の下から鍵を取る瞬間。コインロッカーを開けて中の物をとる瞬間。それをカバンに入れる瞬間。違法薬物の取引現場だ。
彼女が使用者か売人かはここからでは分からない。しかし二週間の張り込みで、手にしている封筒が同じ種類であることから、売人か仲介人だと見ていた。日本人なら、その可能性が高い。薬を実際に持っているのは外国人であることが多いのだ。しかし、その外国人は日本語がうまくない。だから、仲介人を雇う。特定のアプリで、痕跡やメッセージを消すことのできるアプリを使って。たとえばテ○グラムというアプリとかを使ってやり取りをする。会長ママはクスリの購入者とやり取りをする。取引が決まれば母親は薬物のバイヤーに英語または違う言語で連絡し、バイヤーがモノを、野菜とか手押しとかアイスとか、種類で言えばブルーベリーとか、そんな隠語をロッカーに入れて、鍵は自販機の下に。購入者が鍵を取って開けて、モノを取ってお金をロッカーに入れる。そして仲介人の女が最後にお金を取って、料金をバイヤーに支払う。そういう流れか。
ロッカーからお金を取った母親は、やがて、パチンコの中へと向かった。パチンコ屋はうるさいし、ガチャガチャしてるからな。店員を抱き込んでいれば取引場所としてはうってつけだ。
俺たちはパチンコ屋の近くの路地裏前に急ブレーキをかけ、ブレーキ音で注意をこちらに向けた。
我らが軍団がぞろぞろ。パチンコ屋に入る前に呼び止めた。
「奥さん、奥さん。ちょっといいかな。この人探してるんだけど、知ってる?」
ボーイズの一人が声を掛ける。
母親は怪訝そうな顔でこちらを見る。やがて大人数に囲まれていることが分かると、彼女は、困惑した。悲鳴すらあげられないでいた。そのまま連れられるように車へと乗り込んだ。彼女はおとなしかった。まるで全てをわかったかのように。悟ったかのように。
車に押し込められる。ぎゅうぎゅう。
「奥さん、これさっき怪しかったから写真撮ったんだだけど、これ良くないことやってるよね」
俺が問う。
「これ、メッセージアプリで消えたはずのやり取り。メッセージの証拠。それと買った相手の居場所と身分証。外国人の方も目星がついてる。俺達はこれからこいつを警察に証拠と共に提出しようと思う。警察に知り合いがいるんだ。今ならまだ間に合うけど」
「わ、私に、ど、どうしろと言うのよ」
車の助手席にはガキの王様、雁来成哉がいる。冷たく要求する。
「子ども会に非行少年少女のたまり場だと非難したのは、取引相手に脅されてやったんだろ。その相手がなぜそんなことを脅してまで強行したのかは知らないが、お陰でクスリのルートが手に入ってあんたの素性が暴けた。こういう取引に詳しい極道の友人がいる。漏れなく全員痛い目に遭って街から追い出される。全てをバラされたくなければ、世間に公表されたくなければ、子供会への批難を全面撤回しろ。地域には必要だって、子供達は大切だって言え。お役所にそういうお手紙を書いて送れ」
「……あなたたち、何者なの?」
その質問には俺が答える。
「子供の将来を想う、善良な市民団体。ついでに悪事も暴いている。俺たちのことを詮索しても意味はない。これでもでかい組織だ。多方に繋がりがある。暴力沙汰にはしたくない。黙って頷け。PTAの会長ママさん」
「そういうこと。観念してよ、明美のお母さん」
「そういうことだ。心配しなくていい。家まで送ってやる。出せ」
成哉はキンキンに冷えた冷たいクールな声で言う。世界一冷たいタクシーは、世界一分かりやすい薬物売買人を乗せて走り出した。クスリやるならもっとうまくやれよな。筒抜けでどうするんだよ。張り込まなくても良かったかも。この程度なら。