その日、俺はトラブルを解決した報告を依頼人にしていた。
「なんか、女慣れしてませんか?」
「そうか? まあ、年も年だからな」
「そうではなく、私のことを見透かしてなんでも先周りしてるような気がするのです」
「買いかぶり過ぎだよ。俺程度の人間、どの街にも住み着いているし、探さなくてもごろごろ寝転んでいる。この街のちょっとした有名人を気取っているが、その実は通り名も通っていないしがない人間さ。多少活躍しているけどな」
「やっぱり。茨戸さんは、いえ、創くんはすごいんですね」
「そう言ってくれる女の子は君と娘だけだよ」
こういう時、娘を引き合いに出して比べるのは良くなかったなと言った直後に思ったが彼女は笑ったのでギリギリセーフということにした。彼女の方が俺のことを見透かしているように思える。
俺は久々に仕事以外で、つまりプライベートで女性と会い、デートをしていた。仕事は終わらせたのだ。別に女の子とイチャコラしても怒られないだろう。
報告はしたので、あとはどうするかを選んでもらうかだけ。アフターフォローはするけど、基本的には終わった。終わってしまったのだ。俺は信じたくないけどな。
場所はいつもの喫茶店。マスターもウェイターも仲間ばかりの馴染みの店。
彼女は愛煙者だった。最初会った時は吸っていなかったので分からなかったが、今日は俺に断りを入れて嗜んでいる。俺はたばこ税とは無縁の人生であるが、居酒屋に行けばモクモクなので慣れたのものである。受動喫煙防止のために禁煙が広がり、喫煙者が反発して妥協して分煙の世の中だから、そういう人種の皆さんを可愛そうだと思っている。素直に。自分とは違う、自分が分からない相手となる人間を受け入れてこそ人間だ。
そういえば「煙草を喫む」(のむ)って言葉も歴史に消えていった言葉のひとつだよな。「行灯の火で煙草を呑む」(あんどんでタバコをのむ)って言ってもガキはわからないだろう。これは本で得た知識のひとつだけど、サイトの検索を使えばゼロ秒で意味はわかる。言葉も調べ方も知らないと知ることすらできないけど。それにしてもいい時代だよな。目の前を列車が過ぎるのように人類の進化を目にして見届けられる。大半の人間はそのことすら気づいていない違いないかもだけど。
しかし、イマドキの女の子と付き合うなんてことにれば、やれ韓国だ、やれアイドルだ、やれインフルエンサーだと俺の苦手分野は避けられない。全然わからない。単語としての意味はわかるけど、基本的な常識みたいな人間や文化を提示されても全く駄目。このヒト分かるかも、と言ったら十年前の人だよと笑われる。カラオケに行こうものなら知っている曲はひとつもない。昔懐かしの曲を、全く知らない世代の人間からすれば新しいとかで歌っていると今の子たちにおもちゃにされているようで不快。人気のアニソンとかのほうがまだわかる。かと言ってダンス曲とか歌われても呆然とするだけだからその場に馴染むことができない。しかし、彼女は、このハルさんはそういう人種とは違うようなので安心した。上品で、綺麗。美しい方だ。礼儀も常識も丁寧。なんで俺なんか好きになたんだって思うよ。ほんとに。
「以前にもお話ししましたが、私は今訳アリで無職なんです。理由はあまり話したくないんですが」
「そうか」
「やっぱりなにも驚かないんですね。変な目で見たり、偏見で見ることもないみたいです。どうしてそんなに落ち着いて受け入れる事ができるのですか」
「変か?」
「いえ、そうではなくて。でも気になって。いつも何でも受け止めてくれるので」
「色んな人間を見てきたからな。元気なガキも、困って助けを求めるガキも、反社会的勢力も、犯罪者も、人外も。なにがあっても不思議じゃない。誰がいても不思議じゃない。世の中の人間がこのカミングアウトにどんな反応をするのが当たり前なのかはしらないが、少なくとも俺はなんでも受け入れることにしている。考えるのは背景と環境と考えと意見を聞いてからで十分間に合う。人間だから思い込みも偏見もある。さっきも言ったけど、買いかぶりすぎだ。どこにでもいるまともな常識人だよ。結婚していない子持ち。それこそ、この無結婚バツなし子持ちってカミングアウトなら誰もが距離を置く。難しい家庭事情だってわかるとすぐに距離を置く人ばかりいるのが世の中だと思ってるけど」
「結婚したことはないんですね」
「ああ。それにガールフレンドを作ったこともほとんどない。だから子供がいるのは訳あり。青春の全てをトラブル解決に費やしてきたから特例。人生の既定路線から大きく外れた碌でもない人生じゃ、彼女なんてできなくて当然。トラブルの被害者から窮地から救ってくれる救世主に俺が見えたことはあったとしても、恋愛相手として見られることはまずない」
「でも、私は射止められました」
「それがよくわからないんだよな。俺は矢を放ったつもりはないんだ。悪く言えば、君は俺の持っていたナイフに自分から突っ込んで刺されたに近い」
「まあ、素敵な言葉です」
「どこがだ。最低な例えの間違いだろ」
会話はとても弾んでいた。依頼を受けた俺と依頼人の会話とは思えないほどに。
この彼女との出会いもまた、あるトラブルがきっかけ。
とても上品で綺麗な、美人の女性と出会うまでの話。この会話に至るまでをこれからする。今回の話の半分を占める。もったいぶってもしかたない。さっそく長い序章を始めていく。説明が多くなるが、前提を共有することが必要なんだ。今回は。