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無敵で最後の恋03///

「こんにちは。ハルと言います。よろしくお願いします」


「茨戸創です。こちらこそお願いします」


 ハルさんは大人の女性で、とても上品な人だった。綺麗で、美人で、モデルのようだった。それは作り物のようで、だから俺はより一層警戒を強めた。


「茨戸さんは探偵をされているんですよね、すごいです」


「厳密には探偵じゃないけど。それに、たとえ探偵だったとしてもそんなの職業じゃないし、普通の生き方を嫌って逃げ込んだ成れの果て。探偵を名乗っている人間は総じて無職。信用しちゃだめだぜ」


「それじゃあ、よろしくお願いしますね」


「話聞いてましたか?」


 にこやかに、しかしそこに他意はなく、悪意も、好意もなかったと思えたが、このとき既に淡い好意だけはあったのだと後から知る。面倒な案件なので相手次第では断ってやろうかなと思ってたけど、とても美人だったのでその願いを断ってやる理由は見つからなかった。平凡と凡庸以下の俺。美人にお願いされるのならその全ての願いを不言不語、唯々諾々で受けるしかない。


 ……やめやめ。やっぱり四字熟語は苦手だ。詰め込みすぎなんだよ。意味も文字も。美人のお願いは握手ひとつで受け入れる、ぐらいがベスト。


「では、詳しくお伺いします。探してほしいという青山さんはどのような人なのですか? 一応こっちで軽く調べましたが、確認の意味で。背丈とか、特徴とか。男性でしたよね?」


「はい、男の人です。でも会ったことはないんです。お声は何度も聞いているのですが」


「? 電話とかで連絡を取り合っていたんですか?」


「いえ、その、恋人紹介サービスみたいなのがありまして、そこで紹介された方です。顔は見ていません。そのサービスのところでは、ホテルの会議室のようなところに私を含めて何人か集められて行われます。男性側と女性側の間に大きな仕切りがあり、お互いの姿は見えません。声が聞こえるように、会話ができるように口元だけが見えています。全員と一通りお話をして、気が合ったら都合を合わせて後日一緒にどこかデートに行くようなスタイルです。私はなかなか相手が決まりませんでした。そのうちに青山さんと話す番が回ってきまして、青山さんも同じだとおっしゃって。何度かお話をして、連絡先を交換してデートの約束をしました。でも、約束の日に青山さんは現れなかったのです」


 さすがに頭を抱えた。時代もここまでやってきたとは。呆れ。恋活も婚活も匿名でプライバシー配慮かよ。おい。


 世は大匿名時代。インターネットの延長エスエヌエスから声優、配信者、シンガーソングライター、ロックバンド、税理士、3Dモデル、イラストレーター、画家、漫才師まで。顔を出さない。まあ、イラストレーターとか漫画家とか、小説家みたいな人は表に出ない人元々多いだろうけど。


 顔を出さず、素顔は出さず、しかしアニメ声や喋る声や歌声や表現力可愛さエンタメ能力は己の実力ですと言わんばかりに。売れなければ名前を変えて何度でもやり直し。売れたり事務所から話を持ちかけられたら、少し本性をみせ、古くからのファンを一層虜にし、古参自慢するファンをいい塩梅で調子に乗せて稼ぎ、そして卒業。卒業ビジネス。ビジネス卒業。身勝手極まりない現代の匿名ビジネスだと俺は思ってるんだけど、どうかな。


 何かしらの活動をしているなら休止とか繰り返してもいいから十年は続けられる体力を持って欲しいよな。ちょっと売れればいいやじゃなくて。そこまでいかなくても、脱退とか解散しても各々他のところで頑張るとかさ。人気者になることを最初から目指すんじゃなくて、やりたいことをやり続けて愛される人になりたいよね。バンド目指してたけど、アイドルの作曲するようになったとか。アニメの作詞作曲で神になったとか。ゲームとかカフェとかのビージーエムに精をだすとか。経験を得てそれからまた、バンドに挑戦するとか。それこそボーカロイドを使って曲を作って発表、ボカロ界で大人気大有名になった人も、その後いろんな道に進んでるのは誰もが知ってることだろ? そうい人は昔からピアノのコンクールで賞を取る実力者だったり、バイオリンのプロレベルになるまで幼少期からやっていたりするんだけど。わかりやすい有名な人だとさ、ほら、ペンギンのベースの人。あの人もそうだよね。歌姫織部さんにユニゾンのベースと一緒に三人でずっと曲作ってる。織部さんの曲の半分ぐらいはこの三人で作ってるんじゃないかな。ちゃんと数えたことないからわからないけど。いい曲だなと思ったらだいたいコイツらが作ってるぜ。才能に溢れている天才はやっぱり惹かれ合って集まるんだな。


 札幌の歌姫も好きだった。ハッピを自作して毎回ライブに押しかけていた友人というか、まあ、高校のときの違うクラスのやつなんだが、そいつに巻き込まれてアニメショップの握手会に参加して一度だけサインを貰ったことがある。なんとなく曲は知ってたんだ。そんな俺みたいなやつがさ、直接会って握手すればもう応援しようかなって思っちゃうから俺ってチョロい。ネットの向こう側だけで、画面の向こう側の快楽だけで生きるのが滑稽に思える。俺みたくバカみたいに街を走り回る必要はないけどさ、欲望の花吹雪を眺めるだけの生活に実りはないぜ? 野球はたまには野球場で見て、映画はたまには映画館で見て、ロックバンドの曲はユーチューブとかサブスクで聴くんじゃなくて箱スタに行って手を挙げようぜ。強制はしないけど。


 ちなみに織部さんが国民的歌姫になる少し前にガチで好きだった時、ゴーラウンドの発売記念のときにファクトリーでミニライブに行ったことがある。アコースティックライブの後にそこで直筆サイン入りポストカードを本人から直接もらって握手して十秒くらい話した記憶がある。限界オタクの俺は「ありがとうございました」としか言えなかった。全国的に大人気、超有名人になった今となっては考えられないけどね。今そんなことやったら十万人押しかけるよ。



 脱線しすぎ。すみません。話を戻します。



「その、青山さんの声のデータとかは残っていないんですか?」


「はい。ごめんなさい。サービスでお話していただけなので。スマホの通話では無いのでできませんでした。スマートフォンは使用禁止でした」


「わかりました。では、次の質問をします。ここに五枚の写真があるのですが、この男の人は全員青山さんですか?」


「はい! そうです、この人です」


「見たことないのにどうしてわかるんですか?」


「貰った名刺にエスエヌエスのアカウントが書かれていたので、そこでお顔の画像を見ました。顔の本、という名前のサービスです。家族や職場の人との写真とか、これまでの経歴とかが載っていました。私はあまりそういうのやらないので疎いのですが、なんとか見ることができました。身長や特徴などは分からないのですが、お顔だけは知っています。たぶん、この方が青山さんだと私は思っています」


「よくわかりました。しかし、そうなるとますますなぜハルさんが青山さんを探したいのかが分からない。どうして探してほしいんですか? エスエヌエスがわかっているなら連絡はつきそうなのに」


「理由はあります。私はインターネットで、その、そのエスエヌエスにアクセスするときに、間違えて違うサイトを開いてしまったんです。そこには失踪したヒトのリストが載っていました。そこに青山さんのお名前がありました。きっと検索の時にひっかかったんだと思います。そこには二年前にはもう消息不明だとありました」


「えっ、本当に?」


 教えてもらったサイトとエスエヌエスのアカウントを見る。確かに二年前に失踪したと書かれており、エスエヌエスのアカウントも二年前で更新が止まっている。



 妙だな。



 つい最近までハルさんは恋人紹介サービスで青山さんと話をしていた。しかし青山さんは失踪していて、青山さんは行方不明。そうなると、そのサービスで会話していた青山さんは誰だ。名刺は本人のモノで間違いなさそうだから、つまり別人がなりすまして青山の名前を騙り、この名刺をハルさんに渡したことになる。いや、仮にドッペルゲンガーがその場に来ていたとしたら。青山ドッペルゲンガーが本当に存在するのだとしたら、本人が失踪していてもその怪奇現象が本人そっくりになりすまして恋人紹介サービスに現れてもおかしくないかもしれない。なおさら意図は読めないが。めちゃくちゃな推論だけど、この街には何でもいるからな。なにがあっても不思議じゃない。可能性は無限大だ。


「つまり、恋人紹介サービスで話をしていた青山さんは本当は誰なのか。紹介サービスの青山さんはその失踪した青山さんなのか。失踪しているのならば、ずっと話をしてきた青山さんは青山さんでは無いのか。そうなると、本当の青山さんはどこ。どこにいるの。だから探して欲しいと。ついでに聞くのは失礼ですが、ハルさんは青山さんに好意を寄せているんですね。参考までに。今後の働きに添えたいので。嫌なら拒否してください」


「はい。お恥ずかしながら、青山さんのことが好きです」


「答えてくれてありがとうございます。恥ずかしくはないですよ。ヒトが誰かを好きになることは当たり前のことです。人間はそういう生き物です。だからそれは正しい。恥ずかしいことは無いです」


「ありがとうございます、茨戸さん」


「じゃあ、調べますね。進展したらその都度経過報告をします。連絡先を交換しましょう。何でも良いですよ、メッセージでも、メールでも、何かアプリとかでも。都合がいいモノで」


「では、このメッセージアプリで」


「わかりました」



 その場はこれで終わり。解散。俺は動き出した。







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