運営側へ向けられた誹謗中傷罵詈雑言は、予定より早く一時間で鎮火した。俺たちが走り回って消したんだからね。
代わりに標的となったのは中学生の学校。残念ながらそれは任務外。巻き起こった全ての問題を解決するなんて無理。目の前に起きたこと全てを成敗する正義のヒーローにはなれない。今回の問題を引き起こしたのはその中学生のガキなんだから、その周りの全ての人間を巻き込んでしまったことを反省する良い材料になるだろう。勉強になったってやつだな。
この中学生の悪ふざけと似た性質の問題にオーバーツーリズムという言葉がある。昔からある言葉だが、インバウンドが過激になってからはより使われるようになった。観光を主砲として撃ち続けているこの地域にとって、これは避けて通れない。被弾するしかない。
言葉が通じない外国人はもちろん、同じ言語を話す人間ですら迷惑行為を平気でやる。迷惑になっていると思ってないから。みんなやっているし、自分だけ非難されるのはおかしいし、ちょっとぐらい大目に見ろよ、と。雪だるま雪像壊したぐらいで神経尖らせるなよと。そんな意見も当然ある。だから、問題なのだ。本当に、情けない民族になっちまったよ。
問題は炎上を沈静化しただけで終わりじゃない。それだけで終わるなら、それこそ成哉への電話一本で済む。ボーイズガールズの専門家が対応し、ガキ共の人件費が俺のところに諸経費の領収書として回ってくる。雪まつり実行委員会の後ろには健全で大きなのがついているからな。必要なお金は出してくれる。頼めば報酬をおまけで俺も貰えるかも。娘に靴を買ってやりたくてな。やっぱり新しい靴って買ってもらえるとわくわくするだろ。顔には出さないかもだけど。
俺が本丸に手を出そうと情報を集め始めていた時に電話が鳴った。ボーイズだ。
「恐れていたことが起きましたよ、創さん」
「どうした、ボーイズ。頼んでいた調査が進んだか?」
「いえ、動画のリンクを送るので見てください。生配信中です。迷惑系が雪像を壊しています」
焦った。すぐに確認した。本当だ。市民雪像を足で蹴り、蹴り、壊している。なんて酷いことを。なんて人のことを考えられないことを。自分しか考えていないことが一発で誰もが分かることを。
俺は怒った。許せない。
感情を表に極力出さない俺に怒りを与えるのにそれは十分すぎる材料だった。
俺は手に入れた怒りを大事にポケットにしまい、顔をあげ、ボーイズにひとつ指示を出して走り出す。実はいつも街を走り回ってるから、だんだんどんどん足が速くなってるんだ。すごいだろ。
先も言ったが、ただ批判を沈静化するだけで終わるなら誰でも簡単にできる。おそらく中学生のガキは仲間内の悪ノリがやめられなくて、やめたら仲間はずれにされてイジメられかもしれない恐怖から実行してしまったんだろう。簡単に想像できた。ネットにも似たようなことが出回っていたし、ボーイズの簡易検査でも陽性が出たので間違いない。
俺の活躍で運営が窮地から脱したあとに、残った本当に解決すべき課題はふたつ。おまけがひとつ。
一つは違う他県の修学旅行生への対応とそれ以外の来場者が無関係な人間に攻撃してしまうことを防ぎたいこと。もう一つは風評被害。これはきちんと考えなければいけない。一見すると直接ではない間接問題で事件そのものとは無関係のように思えるが、ここまでが今回の依頼で間違いない。なんとか目の前のひとつを潰しても、また次の問題が湧き上がっては事件の解決ではない。終わらせないと。
おまけのひとつは、模倣犯、真似をするバカを出さないこと。こっちは本当におまけに近いと認識していた。警察を配備するか警備員を増やすかすればある程度クリアできると普通に考えたから。運営に進言すれば良い。俺が動くまで無いと思っていた。しかし甘かった。最悪のシチュエーションで、最悪の人間によって引き起こされてしまった。だからすぐに現場に向かった。ここから会場から遠くない。走れ。
すぐに運営から電話が来た。走りながら出る。
「ああ、繋がりました。茨戸さん、あの、動画の配信を今、誰かが、」
「ああ、見ました。向かっています。話はあと。現行犯逮捕するには生の現場を押さえるしかない。今回の場合は証拠残りまくりだから意味ないかもしれないけど、長引かしたらとんでもないことになります。一度切ります。終わってからまた連絡します」
「お願いします」
俺が市民雪像のエリアに着いた時、その犯人はまだ配信を続けていた。野次馬がたくさんいて、近くには無残な小さな雪山があるだけ。芸術品は見る影もない。くそっ。
俺はでかい声を出して乱入した。
「警察だ。迷惑防止条例違反特例で逮捕する」
おやっさんがすぐに隣から現れ、手錠を掛けた。おやっさんは会場に警察官として来ていた。緊急電話で連絡を取った。俺の頼みを即断即決。また、俺の指示に従って会場の近くにいたメンバーが緊急集合。他の配信仲間を全員捕まえて連行した。撮影に使ったスマートフォンを回収し、今度は同じく好奇心だけで撮影していた野次馬共を睨みつけた。怯んだそれらが振り返った時にはもう遅く、屈服させるに十分な黒の人間が後ろにいた。動画、写真、音声、残る物を全て回収した。そこにいた一般人は誰も声を出せなかった。
このボーイズ、ガールズのグループの規模は、ここにいる人間共の想像を容易く否定する規模である。あまりにもたくさんいて、この街のどこにでもいる。各々加入動機と命令に従って行動する理由は違えども、意思はひとつに近い。離合集散。
だから、勝てねぇよ。
オーガナイザーがBGに直接指示を出したのはかなり久しぶり。俺と成哉がどれだけ優秀でも、一方的に従わせて使うことは許されない。だから、緊急招集と指示に従って行動してくれたのは彼ら彼女らの意思で、感謝しかない。我々の意思は即作られたものであるが、かなり硬い。あの迷惑はこの街最強を敵にした。敗北しか手にできないだろう。
野次馬を処理した後、成哉からも直々に指示が下りた。全メンバーに指示が出るのもかなり久しい。何年ぶりだ。警察よりもはやく、稼働可能な百人単位のメンバーが交代で警備に就いた。雇われた警備員にも周知して共闘。以後、祭り終了まで警備員、警察、ガキ共の厳戒態勢で怪しい人間を潰した。安易に手を出せない警備員と警察に代わって我々が手を出した。一応見えないところでな。
雪像破壊、迷惑配信、そして逮捕劇。これを視聴していた画面の向こう側の人間はさぞ楽しかっただろう。もちろん俺はそれを許すことができない。
そういう人間がいるから、少なくともニーズがあるから供給するために現れたバカが平気で他人の気持ちを踏みにじる行為を思いつきだけで実行するのだ。これを楽しむ視聴者を、それを許容している全ての人間が許せない。そんな快楽を求めるようになった人間を生みだした社会と、環境と文化、この場合は動画サイトと配信者の存在が、俺は許せなかった。
その類を良く知るガキ共が言うには、配信者の反応が楽しいんだとかとなんとか言っていたが、やはりそれは低俗だ。赤ちゃんとか猫の動画で済ませておけ。楽しみ方を履き違えるな。それはいじめと変わらない。
また、配信者含めた有名人気取りの一般人も見るに堪えない。種類としては迷惑配信と変わらない。承認欲求を満たすために取った手段は同じだ。
そいつらが使っているプラットホームは本来の使い方で使われるべきだ。伝えたいことを伝える場所であって欲しい。芸人の漫才、インディーズバンドの活動、趣味や習い事発信、プロのギターやピアノ音楽講座、ダンス、ヨガ、料理教室、その他プロのアーティストの皆さんからの発信、また、役所の観光地アピール、博物館、各地の景色、世界遺産とかも良いだろう。音楽でも、漫画でも、小説でも、アニメでも、発信し、伝えるために使ってくれ。動画作製のプロを目指す人や既にプロの人が動画編集の腕を見せてもいい。それは俺も見ていて勉強になる。だからこそ、これは有名人になるための踏み台ではない。何かを発信して幾らか反応があっても、それは有名人と言えるのか。クラスの人気者と変わらないのではないか。一億総有名人社会なんて許せるか。有名人とは何か、広辞苑が記載を変えなければいけなくなる。
また、配信とは違うかもしれないが、歌自慢も違和感がある。某エヌエイチケのキンコンカンコン番組に出るのは百歩譲る。しかし、例えばニコニコにこにこで歌ってみたとか、アレはなんだ。ちゃんと歌手目指すプロの卵の方なら尊敬するけど、カラオケとか薄っぺらいカヴァーで有名人気取りが何年経っても減らない。配信の人間も、vだかなんだかの人間も気取っているように見える。やめてくれ。自分を勘違いするな。自分の好き、もしくは多くの人が好きであるだろうコンテンツを共有して共感を求めてそれを金にする。他人の成功物を勝手に使い、さも自分が成功したかのように錯覚、自己陶酔する。平易に言えばオタクのオタク語りでお金稼ぎか。成哉の命令でリバーサイドボーイズ・ガールズが全員始めれば百億稼げる。
もちろん、そんなことで手にした成功は本来の意味としての成功ではないと思っている。それを自分の生きる理由と場所になったみたいなことを二度と言わないでくれと思う。金をかけてアバターを買い、売れるまで登録と削除を繰り返せば誰でも成功者か。
自分の好きなことで生きることができるのならば、人生と生活に苦労する人間は誰一人としていなくなる。下積みバイト生活はいらない。低賃金長時間労働はこの世の中からなくなる。
敷居が低くなったと言えば耳あたりがよく聞こえるが、それは成功者のレベルが下がっただけだ。
そんな脆くて薄い人生は楽しいか。もっと良いこと他にあるだろ。思考最底辺から見ても、それは間違いだと分かる。生きる理由なんて、まだ他に、どこかにあったはずだろ。それ以外生きる理由が自分にはないからこれだけが生きる全てだなんて。そんな人生は人類の歴史に存在しない。生きる理由なんてどこにでもある。気づかずに通り過ぎ、見つけていないだけだ。視界に入らないと人間はそこに手を伸ばさないからな。平安人とか江戸人より情報を浴びているのに、見つからないよね。
続けよう。