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雁来成哉殺人事件01

 冬の北海道。一番寒い場所として、陸別のマイナス三十が全国的に有名だと思う。しかし、俺は旭川が北海道で一番寒いと思っている。


 旭川は上川盆地の中心部に位置し、大雪山の麓にある。典型的な内陸型の積雪寒冷気候で、明治35年には氷点下41℃で日本最低記録。今もなお更新されていない。


 一番寒いと思っている理由はその寒暖差だ。夏は暑く、冬は寒い。寒いだけなら道民は耐え忍ぶことができるが、夏も冬も共に最高地点に到達する厳しい気候環境では耐え忍ぶのに苦労する。


 その日も吹雪が視界を白にする夜だった。


 最終列車はとうに無い。旭川駅でフードを被りその冬を耐え忍んでいると、待ち人がやってきた。遅い。凍死寸前だ。


「久しいな、オーガナイザー。私のことは覚えているかな」


 死屍累々。最凶の詐欺師。奴は寒さを感じていないのか、黒のコートひとつだけ。闇を含む夜は奴の主戦場。


 瞬間移動で俺の目の前に立ち、挨拶をしてきた。妖刀使いと言い、移動に苦労しない奴らだな、お前ら。


「忘れてないぜ、死屍累々。まさかこんな形で再会するとはな」


「私も同じ事を言おうと思っていた。まさかこんな形で貴様と再会するとはな。できれば敵として再会したかった」


「それは偶然。俺も同じ事を言おうと思っていた。お前とは敵として対峙したかったよ、本当に」


「挨拶は済んだな。では、行こう。ここだと冷える」


 へぇ。詐欺師でも寒さは感じるんだな。



※ ※ ※




 成哉が、雁来成哉が殺人犯として指名手配されたと当人から電話を受けた。助けて欲しい。状況は深刻。頼れるのは創しかいない。今日まで成哉の身に何か起きたとしても、その持ち前の権力と仲間を使って全てを揉み消してきた。しかしなぜか今回は対処しきれなかったらしい。


 やむを得ず、成哉は逃げた。


 電話も最小限で、情報も少ない。今は旭川に居ると、それだけは電話で伝えて来た。旭川にはボーイズもガールズもいない。かと言って札幌に留まれば警察と成哉は追いかけっこすることになる。幾ら街最強ビッグボスでも、警察と全面戦争を構えたんじゃ分が悪い。そこで旭川に逃げた。もちろん、逃げた先に旭川を選んだのには理由があるはず。


 旭川には成哉の仲間が、知り合いが居ると言った。しかし、まさか相手がコイツとは。俺は今日まで成哉の知り合いに詐欺師がいると聞いたことは無い。仕事仲間に、駒として利用したことさえ聞いたことがない。死屍累々以外の詐欺師を含めて、誰一人として聞いたことがなかった。仲間の超能力者でさえ信じていないのに。最凶の詐欺師を、この男を味方にするなんて。成哉は何を考えている。


 寒さを紛らわせるために、あったかいおでんでも食べながら日本酒を飲みたかったが、詐欺師と酒を共にするのはぞっとしたのでホテルに直行した。高級ホテル。向かい合ってふかふかの椅子に座る。詐欺師金持ち。


「仲間を呼んでいる」


「へぇ。詐欺師に仲間なんているんだ。生涯孤独かと思ってた」


「仕事仲間ではない。無論、私の個人的友人でもない。仲間というのは、様々な捉え方ができる便利な言葉だから使っているだけだ」


「ふーん。それで? そのお仲間とはいつ落ち合うの? 今回の事件は時間が無いぜ?」


「焦るな。既にこの部屋にいる」



 えっ。



「初めまして。殺し屋です。よろしくお願いします。私に名前はありません」


 足元に、それは居た。小さな女の子。俺の娘と同じぐらい。しかしその目は戦闘機と化していて俺を敵、いや殺しの相手としか見ていない。隙を僅かでも提供すれば、死をプレゼントしてくれるだろう。マジかよ。


「今回このメンバーでいくの? 詐欺師のおっさんと殺し屋の女の子って。俺は旭川でもまともに活動できないのか」


 暗殺少女とおっさんって……キャンディシガレッツ? いや、あれの相棒はspおじいちゃんか。


「安心したまえ。この娘は日本で育っていない。この目を見れば、おおよそ見当はつくだろう。この場でこの娘について、詳らかに皆まで言うことは不要だ。心配するな。よく働く。では、手短に行こう。雁来成哉に頼まれたことはふたつ。無実の証明と警察の懐柔だ」


「無実の証明って、そんなの」


「私は詐欺師だ。騙せば良い。相手が警察でも変わらない。人間を騙すことに変わりはない。私は詐欺師だ。嘘偽りを吐くことは騙しに支障が出るが、しかし相手に嘘偽りを真実だと信じ込ませることは私の得意種目だ。造作もない。これはふたつ目の懐柔にも繋がる」


「じゃあ、お前が今すぐ札幌に行って警察騙してくればそれで終わりじゃん。この暗殺少女は? 何に必要?」


「事件はそう簡単ではない。後に分かる」


 こわっ。まさか無実の証明のために奔走し、果てに不要になった俺を殺すんじゃないだろうな。成哉もそこまで無情なことはしないと思うけど、それにしても本当になんでこの組み合わせ? まったくわからん。



 明日は吹雪が止むという。仕方ないので、俺は三人でぐっすり眠った。



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