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札幌ブラック01

 インバウン丼という言葉が流行だと耳にした。なるほど、ニセコとか函館で海鮮丼の値段をつり上げ、日本人から見るとぼったくりに見えるが、外国人にとっては安くはないが高い金額でもないところを突いたのか。日本人客を完全に無視することで、人件費と輸送費等のコストを一気に回収でき、多くの利益が見込める。食した観光客がエスエヌエスに載っければそれだけで繁盛間違いなし。その類いの人間は値段など気にしない。みんなが食べているものを自分も食べることができたとみんなに言うことができれば、それで良いのだ。そういう社会によって作られた人種。人間は誰しも生まれた瞬間にそのような思考や嗜好を好むわけではなく、生きている環境、生きてきた生活の背景がそのように作り上げている。ネットもエスエヌエスも配信も動画も当たり前の世界に生まれたのなら、そう作られるのも当たり前だ。もしもそんな人間と現代社会と時代を嘆く者がいるのならば、まずはその時代とソーシャルメディアに馴染めなかった自分を嘆くところから始めるんだな。時代に迎合する意味は無いが、そもそも社会背景を理解できなければ飲食店もインバウン丼を作ろうと思い至ることも無いだろうから。自分たちが相手にされていないと日本人が感じるなら、どうして相手にされないような相手になったのかを考えればよくわかるだろうよ。


 俺がこのインバウン丼という言葉を聞いてすぐに思いついたのがラーメン。ここ北の大地では国内外問わず観光客をホイホイ呼び込むためのラーメンが昔からある。「味噌バターコーンラーメン」である。


 ラーメンだから海鮮丼ではないし、アホみたいに高額ではないから少し違うかもしれないが、しかしこの「味噌󠄀バターコーンラーメン」を北海道の味噌󠄀ラーメンの定番だと思い込んでいる観光客はとても多い。皆ここぞとばかりに、こぞって注文している。店もこの習性をよく理解しているので、観光名所やサービスエリア、空港とかでその需要に応えるために用意して待ち構えている。


 「札幌味噌󠄀ラーメン」という有名なブランドはその名を全国に轟かせており、その偉大さのあまり誰もがひれ伏すほどの絶品であるが、しかしそれはバターとコーンを乗せた物を指す言葉ではない。


 子供とか、俺はこっちのほうが好きなんだよという人なら止めないし、好きに三食二十四時間食せば良いと思うが、それよりも美味しいラーメンを道民は知っているからわざわざ選ぶことはない。美味しくないから食べないわけではなく、それよりも美味しいラーメンがたくさんあるからそっちを食べる人が多いというだけ。全国展開されているインスタントラーメンやラーメン作り方講座ではバターとコーンを乗せるように指導されているのかもしれないが、それは全国の人間のレシピであって、札幌の地においてのスタンダード味噌󠄀ラーメンではない。


 もちろん味噌バターコーンを食べている人をバカにしているのではない。改良開発を重ねて編み出された絶品味噌バターコーンラーメンはたくさんある。知っている。しかし、「せっかく札幌に来たんだから味噌󠄀ラーメン食べたいよね」で食べたラーメンが「味噌󠄀バターコーン」では、本当にそれで満足かと問いたくなるのだ。それも良いけどもっとオススメしたい店あるんだけどな。つまりはそういうことである。じゃあ、どこ食べに行けば良いの? という迷えるツーリストは、空港とサービスエリア以外のところを、札幌の街を歩いてみると良い。仮に札幌にやって来たとするなら、駅でもすすきのでも狸小路でも好きなところ、気になったところで良い。どこにでもラーメンの店がある街だ。見つけて入ったところが超有名店だったなんてことはよくあることだろう。空港は一週間寝泊まりしても困らないぐらい魅力的な施設がてんこ盛りだから、離れがたいのは分かるけど。


 本当に探すことができない観光客人間には、ちょっと前まではらーめん共和国を勧めていた。アレは札幌駅にあるので迷うことが無いのが大きい。ラーメンの店をオススメされて行ったのはいいけど、どこにあるのか良くわからなくて結局目についた近くの時計台の味に入ったのでは無念だろう。エスエヌエスやらネットやらで輝いていた食べたいラーメンを食べに来たのに結局食べれなかったでは、この地に対する満足度は極めて低くなる。どれだけ地図アプリが最新化されても、土地勘がない人間に一切迷うこと無く辿り着くことを要求するのはさすがに無理がある。だから駅直結のビルの最上階というのはとても分かり易かった。そして常時とても美味しい店がずらりと並んでいる。広い北海道を無闇に走り回るよりも、苦労することなく目的のものにありつければそれが何であろうと満足する観光客を満足させるのに最適なところだった。


 しかし、新幹線を歓迎するために駅前が再開発されてビルが解体されることになり、無くなってしまった。何年後になるか分からない、見通し不透明の新しいビルが完成すればそこに再オープンすることはあるのだろうか。共和国は利便性の良い場所だったし、店数も豪華で、観光客にも地元客にも愛されていた。食べに行った道民も多いはず。それと、なぜかSLが鎮座してたんだよ。昭和の雰囲気がある一角だったから、必要だったのか?


 少し前にこの共和国の代わりになるのか分からないけど、狸小路に出来たココノススキノにラーメンエリアが新規オープンしている。この街の新しい顔になるかもしれないな。


 街を歩けば、お洒落なラーメンの店が増えているのが分かる。時代だなぁと思う。狸小路には横一列三店舗並べた店もある。場外市場の裏には泡が乗っているラーメンもある。我が街すすきのには「元祖札幌ラーメン横丁」と「札幌名所新ラーメン横丁」がある。しかし、互いに関係はない。なぜふたつもあるのかは知らない。70年代の話はさすがにわからない。


 新横丁は店舗が少なく密集しており、半地下。もぐら横丁って言われていたのは過去の話か。いわゆる観光客向けラーメンがメニューを占めている。


 元祖横丁は店舗も多く、ひとつの通りになっている。綺麗なところだ。道内の有名店も幾つかある。日本人観光客にはこっちの方が好まれるかもしれない。


 すすきの交差点のある大きな通りに面してるのが「新横丁」。その一本裏、銀座通りに面しているのが「元祖横丁」。店も雰囲気もメニューも違う。新横丁の電子看板は「札幌名所らーめん横丁」と見え〝新〟がよく分からないうえに、すすきの交差点すぐ近くにある。観光客がよく通る道に入り口を構えているから間違える観光客が多い。看板だけを頼りに入ると「何か思っていたのと違う」になるのでお気をつけ。君が探しているラーメン横丁は一本裏の道にある。


 もちろん、俺はどっちも食べたことがある。バターコーン全部のせも悪くないかもな、とたまには思う。これは個人的な話だけど、確か元祖横丁の方だったかな、好きな店が一つあって。しじみらーめんなんだ。すすきのに店を出す前は、円山で営業していたんじゃなかったかな。すすきので食べるしじみらーめんは染みるよ。


 ラーメンの街。ラーメン激戦区。ラーメンと共に生きる街。今回の事件は、珍しく現世に降りてきた成哉と二人でラーメンを食べていた時の会話から始まる。


「ブラックバイツって知ってるか?」


「ブラックバイト?闇バイトのことか?」


「違う。バイツだ。アルバイトではなく噛む意味のバイツだ」


「なにそれ?」


「何も知らないやつだな、お前は。この間氷永会が殴り合った相手だ。ヤクザに殴り負けない根性あるやつらは久しぶりに見た。良い覚悟を持っている」


「へぇ、お前が褒めるなんて珍し。成哉の知り合いなの?」


「そんなわけあるか。窃盗団だ。名前がブラック・バイツ。手当たり次第に家に押し入り、強盗を繰り返している。住人が在宅でもお構い無し。邪魔になるなら全員殴り殺している。窃盗団というより強盗致死窃盗団だな。ヤクザを敵に回しても互角に殴り合えるだけの力がある。ただの武闘派集団じゃない。バカの集まりでもない。とても利口で、クレイジーだ」


「ふーん」


 ちなみに今二人で食べているこのラーメンは「札幌ブラック」っていうラーメン。すすきので根強い人気を誇る。富山の方がビックネームだから、多くの人は知らないだろうけど、これがとても美味しいんだ。濃口醤油の色がブラックってことだね。見た目に反して醤油の濃さは無く、玉ねぎの甘みとニンニクの風味が醤油とマッチング!絶品だな。


「お前に今回与える仕事はその窃盗団を潰すことだ。この街の住人を見境なく襲っている事実は流石に俺様も看過できない。GBを好きに使え。喧嘩に自信のある奴はこっちにも大勢いる。男も女もな」


「そうだな。喧嘩上等バイツは知らないが、喧嘩に強い愛すべきガキ共のことなら良く知ってる」



 それから事件の詳細を成哉から聞きながらちぢれ麺をすすった。そうそう。札幌はちぢれ麺が多いのも特徴なんだ。あとさ、みんな大好き味噌󠄀ラーメンには生姜が乗っているんだけど、あれがめちゃ良くてな。冬に食べるとそれが抜群に効くんだよ。今日は西暦2024年の10月10日。夏が終わるとこっちは秋って言うより冬の手前って感じだからラーメンが特に美味しく感じる。同じ一杯でも季節によって変わるから不思議。





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