鳥も鳴かず、バイクも鳴らず、明かりも掠れ、闇に光る小さな小さな瞳が無数。夜26時の前田森林公園。その広大な公園に、一方は黒革の上下に首元の小さな青が光る集団がいる。これはバイクと同じカラーである。また、対峙している一方も革ではないが黒の服装の人間がずらり。詳に述べると左には男と女の若者が四百五十人、右には極道五百人がいる。加えて左の若者集団の前に白のスーツひとり、右の極道の前に目つきと顔つきが悪い鷹や隼のような男がひとり、その全ての集団の前ど真ん中に立つ男。この街百戦百勝無敗無敵のオーガナイザー、茨戸創が灰色のパーカー姿で立っている。
互いのリーダーの距離は近く、不自由無く会話ができる近さであった。茨戸創の敵、ブラックバイツの集団の前にも三人立っており、全体を率いている。左右の男二人は三日前に訪ねてきた男二人だ。そして真ん中、茨戸創と相対する身長がニメートルはある男がブラックバイツの統率者。この地域のブラックバイツのリーダーであると思われた。
「茨戸創。君の名前はそれで合っているか」
「そのとおり。ちゃんと覚えてくれていたんだな。じゃあ、そちらのリーダー様の名前を聞いても良いかな」
「私の名前は五十嵐聡太という。将棋が強い人と同じ漢字の聡太だ」
「五十嵐か。ありがとう。俺達はこれからお前らと拳で戦おうとおもうんだけど、武器とか使わないよな?」
「もちろん。我々は武器を使用したことはこれまで一度もない。素手のみだ。そちらの方が武器を、例えばメリケンサックとかを使わないか不安だ」
「安心しろ。こっちも全員身体検査済み。ガキ共もヤクザも。卑怯な手を使って、使えるものは何でも使って戦うべき相手でも状況でもない。それぐらい弁えているさ」
「良い覚悟だ。長話は不要だろう。始めようか」
「ああ。じゃあ、スマホで音を鳴らすからそれを合図に」
二人のリーダーが背中を向け、それぞれの集団に戻る。双方の集団がぞろぞろと歩いて進み顔と顔を突き付けて睨み合う。頼りない月明かりとふたつしか無い公園の外灯が時を一つ、二つと秒針を刻んでいる。
「バトルしようぜ!」
大きなアニメ声優の声が響き、合図となった。吠えるように双方殴りかかり、空を飛ぶような空中戦。トライアタックでメガトンパンチ炸裂。乱れに乱れ、どっちがどっちの敵か分からなくなるほど乱れ、同士討ちもあり得るかと言うほどに秒で混沌としたが、しかし両者強敵同士、同士討ちどころか多方で連携攻撃が炸裂。戦況はスタート直後から拮抗した。
三人の各リーダーも傍観することなくひとりのファイターとして参戦。特に白のスーツと鷹隼は他を寄せ付けない圧強さを見せていた。しかし、ブラックバイツは噂通りの強さ。成哉もタカも簡単に倒せる相手ではなかった。また、ブラックバイツのリーダー、ニメートルの五十嵐も日々鍛えているガキ共に桁違いの強さを、重い一撃を次々と放っている。
ブラックバイツは非常に手強い。成哉の一撃ですら負傷でやり過ごしてすぐさま反撃するほどだ。かつてそんな敵がいただろうか。殴打も蹴りも一撃が重い。
創は苦戦していた。唯一の武器である蹴りは素人レベルのためダメージを与えることができず、逆に襲い来る攻撃を防御するので精いっぱい。何とか隙を作って脱し、白のスーツと背中合わせになる。二人は敵に囲まれる。息を一つ静かに吐き出す。
「どうした。もうバテたか」
「まさか。それにしてもあいつらやっぱり強いな。伊達に強盗でぶいぶいと成功させてない。前回仕掛けた喧嘩は手加減されてたかもしれない」
「飛べるか」
「え?」
「飛べ。連携攻撃だ」
成哉は創に有無を言わせず、敵を手で招いて再開。襲いかかるバイツを自慢のストレートで次々と倒す……が、その一瞬の隙をついて背後を敵が狙っている! そのまま成哉に襲いかかった……がそれを待っていたと言わんばかりにどこからか飛んできた茨戸創の蹴りが炸裂。通常攻撃としての創の蹴りは微々たるものであったが、空から飛んできたこと、不意打ちであったことでなぜか威力増大。それから創は命令通り飛び回った。二人の連係は最強。攻撃こそ最大の防御。俺は影。幻の六人目、じゃない白の影となる黒が白と共に最強ブラックバイツを戦闘不能にしていく。
斯くして今ここに最強二人が爆誕したわけだが、それでもコンマイチ秒の隙を突いて攻撃するのが最強の敵ブラックバイツ。成哉が攻撃を受け止めてやり返し創にバトンを渡すが、その男は即座に片手だけで一回転、攻勢。カウンター攻撃が創を襲う。強力な拳に後ろへ一歩押される。苦戦していると……途端、そのブラックバイツメンバーの背後に音もなく誰かがが現れて首を絞め、その意識を奪った。
「どうした、街のオーガナイザー様。もうバテたか?」
「うるせぇ、ちょっと余裕を見せて相手の隙を狙っていただけだ」
「けっ。言うじゃないか」
「喋るな。戦え」
斯くして今ここに茨戸創、雁来成哉、タカ。最強三人が揃った。その連係の爆誕はあっという間に最強ブラックバイツの数十を戦闘不能にし、死体の山のように積み上げた。乱れに乱れていたこの戦いの乱闘であったが、三人が作った空間は敵の視線を集めるには十分。少しばかりの時間ではであるが、戦況を変えるには十分。三人はあっという間に敵を集め、囲まれるように仕向けた。双方の間が緊迫する。この時間は短期決戦であるこの戦いにおける重要なインターバルとなり、勝敗に直結することになった。
ブラックバイツのリーダー三人のうち、その一人がこの緊張状態を維持するために言葉を掛けてきた。
「やるな、オーガナイザー。これほどまでに我々と戦えるとは。何日か前のヤクザと、何日か前の若者との小競り合いが嘘のように強い」
「そっちもな。最強雁来成哉が無傷で戦えないことは今までなかった。史上初だ」
「まったく。せっかくのスーツが台無しだ。クリーニング代を請求する必要があるな」
「けっ。そんなんで戦いに来るからだろ。戦闘服で来いよ」
「俺様の正装はこれだ。象徴は常に必要だ」
「そうかよ」
「タカ、成哉。ここに残ってるブラックバイツの百人と少しはさっきまでより〝ぐんと〟強いぞ。気合入れていけ」
「ふん。言われなくても。それに俺様は気合などいらない。平常心で十分だ」
「けっ。ヤクザ舐めんなよ。本気出すまでもない。本当の強さを教えてやる」
「やれやれ」
ブラックバイツの戦いは、戦争で戦う兵士のような戦いに思える。戦争とは双方の日常を壊する行為だ。他人の生活と人生を悪意と己の欲望によって破壊する。強盗と強盗殺人を繰り返すブラックバイツがやっていることは、戦争と変わらない。
どこかの戦争に身を置く兵士は、己の士気を下げないために自分の腹にナイフを当てて傷をつけ、そこに大麻を塗っていたと聞く。自分が強くなったように感じ、まだ戦えると鼓舞するために。つまり戦争とはそれほどまでしないと戦うことができない、普通の人間を普通ではない状態にしなければ、人間が人でいられなくなる状況に誰もがなるのだと思う。互いの生活を壊し、人生を狂わせる。だから戦争をする国の長は許されない。「戦争はダメ」が標語化して国民意識に根付いているのは良いことだ。
俺がこの街で悪さをする犯罪者を敵にした時、リバーサイドやタカの武力制圧に頼るところがあるのを否定できない。犯罪者が俺達の生活と人生を、悪意と欲望によって破壊することは決して許さないために使うことが多い。しかし、だからと言ってその犯罪者のことを無闇矢鱈に俺達が勧善懲悪することは許されるのだろうか。俺は自分の行いを自分で正当化できるのだろうか。それこそ、「お前らは悪人だ、懲らしめてやる」と言い掛かりをつけて作戦を実行する俺の方が悪人で、犯罪者の生活と人生を俺達の悪意と己の欲望によって破壊しているのではないか。これは許されるのか。
このように、事件を解決することと戦うことが時々混同してしまう事がある。それが俺を迷わせ、視界を曇らせて足を止める原因となる。
俺達は兵士じゃない。戦うことが生きるすべてでも、国のために生きているわけでも、ましてや成哉のために生きているわけでもない。しかしだからと言って、無作為に拳を振り回すような人間に、家に押し入って住民を殴り殺す人間に、そんな人間を目の前にして俺達は黙ってみていればいいのか。テレビの前でニュースを眺めて警察がなんとかしてくれるのを待っていれば良いのか。きっと法治国家では、法律を守る良い子にとっては俺たちのやっていることはブラックバイツと同じ犯罪者だと思われているのだろう。そこにどんなに高い意志があっても、理屈理由があっても、暴力で解決していたのでは創成川リバーサイドボーイズ・ガールズはブラックバイツと変わらない。ブラックバイツが警察に同行掛けられるように、ガキ共も喧嘩の延長で警察と小競り合いして補導されたこともあるはずだ。一般人間から見れば似たような類の人間に見える。たとえ俺たちがブラックバイツ撃退に成功したとしても、それを認知できる人間はどこにもいないし拍手を送る人間はどこにもいない。警察がどのような発表をするか。それを見届けるのが精々だろうよ。
俺達がやっていることは戦争ではない。無秩序な暴力でもない。しかし、この殴り合いで解決することは許されることでも褒められることでもない。悪いことをする人間を懲らしめることは結果であって最終目標ではない。そんな安い言い訳のために俺達は働いていない。それこそ、悪いことをする人間を懲らしめる事が良いことだと誰が決めたのだ。警察では捕まえられない、司法では裁くことができない人間を懲らしめるヒーローなんて、所詮エンタメの餌にしかならない。俺達の戦う行為は抗うための手段だ。戦う意味は、
【この街の人間の涙のため】
悪を成敗するというより、俺達とこの街に降りかかる災難と理不尽に抗うために戦う。それが一番正しい答え。だから俺達は今、凶悪犯罪組織を相手にしている。氷永会もボーイズもガールズも被害を受けている。理不尽な暴力に黙っているようじゃ、それこそオーガナイザーの名が折れちまう。負けてられない。
ブラックバイツの幹部が合図を出すと、すぐに俺達三人に迫って拳が目の前に。創が防御し、タカが腹を殴り飛ばし、成哉が粉砕。すぐさまボーイズが加勢し態勢を立て直し、ガールズも加勢。またまた入り乱れる。チカラが拮抗して苦戦すれば仲間が加勢し勝利、した瞬間カウンター攻撃。休み無し。カウンターと正面衝突と防御と連携攻撃。次々に致命傷を受けた人間が倒れて離脱、あちこちでうずくまったり意識を飛ばした人間がいる。その数は大震災に見舞われたかのようで、救急車が何台あっても足りないだろう。まあ、この世界に生きる人間は事故対応、自己対応ができるからな。何百と倒れ込んでいてもいつの間にかその場を去っている。戦えない人間を痛みつけて殺すほど無意味なことは無い。首を取るために殺す、そのためにトドメを刺すなら分かるかもしれないが、今は令和。戦国時代ではない。この戦いは個々の勝負の結果で勝負を決める戦いではない。〝決着をつける〟ことに意味があるのだ。
「だいぶ減ってきたな」
余裕を忘れることの無い成哉が戦いながら同意を求めてくる。
「こっちの方が多いんじゃない?ヤクザは結構残ってるぞ」
「そうかもな。ガキ共は、ボーイズよりガールズが多いか。男どもは鍛え直しだな」
終盤の終盤。最終決戦の最終決戦。双方、目の前。ようやく〝決着〟が置かれた。ここまで来ると、決着をつけるためには相手の意識を奪うまで殴って最後のひとりなるか、屈服させて敗北を認めるか。殴り合っている以上どちらが先に決着を相手に渡すかだ。この勝負は、団体戦だからな。個人戦じゃない。誰が決着をつけるかが大事。
だから、その前に。俺は戦いが完全に終わる前に決着をつけるアイディアを一捻り。戦う前から考えていた〝決着〟をこの戦場に放り投げた。