「俺たちの勝ちだ、ブラックバイツ。お前たちは俺達より先に決着を手に入れた。ゲームオーバー。約束通りこの街から出ていけ。強盗で手に入れた金を精々大事にしてな。他の拠点での活動資金にすると良いさ」
「そこのヤクザはこれで、この結果で良いのか?報復は済んだか?」
「ああ、これで良い。バニーガールの報復の時の引き分けの決着つかなかったこと。それが引き下がれ無い理由だったからな。オーガナイザー様の決着がこれなら、これで良い。金のルートを押さえて金も取り返した。ボスも決着がついたらこの件は終わりだと。無意味に続けたら損だけ。得はないからな」
「そうか。そっちの若者集団はこれで良いのか?」
「俺様たちの目標はお前達を潰すことだった。ここにいるオーガナイザーに命令したのは俺様の前に連れてきて潰すことだ。まあそうだな。残党残さず完全撤退したなら良しとしよう。この街を出ればお前達を追い詰める理由はなくなる」
「そうか。勝ち負けはつかず。引分もなし。しかし決着はこっちの手に。そういう終わらせ方か」
「そこのオーガナイザーの考えだ」
「そうか。最後に、こんな人間共に話すことは無いだろうが、お土産を貰えるならその考えをオーガナイザーさんから知りたい」
「いいよ。お前らはめちゃくちゃ強い最強集団だったからな。生半可な暴力でも作戦でも勝てない。利口でクレイジーな敵。でも、事実はそれだけだった。変えるのは視点でも考え方でもない。実はよく考える必要のない単純なアイデア。夜空の星を見ているから、同じ空を見上げてばかりいるから駄目ってこと。足元見たら五百円落ちてるよってね」
「そうか。そちらには良い仲間がいるな。若者たちとヤクザたちに」
「いや、仲間ではない。俺様の友人だ。これは」
「けっ。そうだな、敢えて言うなら。友人か」
「いやー、照れくさいこと言うなよ!二人とも!」
「我々は撤退する。三日で完全撤退する。総員引き揚げろ。負傷者は手分けして運べ」
ブラックバイツ騒動はここで決着、、、だった。俺の作戦はここまでだから。でも、やっぱり世の中は自分の思い通りには行かない。追い出して終わり。それで終わらないであろう事を、最後によく失敗する俺が一番知っていたはずなのにな。
※ ※ ※
「sing us, sing you, sing me, yes do. sing us......」
その歌は正午、大手スーパー入り口に設置されていた証明写真機で歌われた。多くの買い物客が行き交う中、その歌に気を取られて立ち止まる者は誰一人としていない。だからこそ、そこは犯罪として使うのに都合の良い場所。この現代社会に於いてはあまりにも都合がいい場所だった。
証明写真機は公共の場にポツンと置かれているにも関わらず、プライベートが常に確保されている。誰でも利用することができるのに、人が使っていれば誰もその中を覗こうとはしない。日本人の人の良さがわかる一瞬である。プリクラを取る女子高生とかにイタズラを試みて覗き込むバカでない限りは、街中で突如手にできるプライベートスペース。もちろん、悪人というのは人の優しさに漬け込むのが基本技。覗き込まない優しさを利用したってことだな。全てが全てではないが、電話ボックスやパチンコ屋と同じように幾つかの取り引きで使われていた。
考えてみればおかしな話だったのだ。殴打、暴力に特化した集団が、いくら利口であったとしても金庫の鍵を容易く開けられるだろうか。在り金を全て、根こそぎ奪えるか。殴っている間に盗めるか。金の在り処を尋問しようにも、全員殴られて重傷。喋ることすら出来ずに
決着をつけたその翌日。奴らは三日で完全撤退すると言ったが、その間に犯罪を行わないとは言わなかった。撤退を強いられたが、奴らが負けたわけではない。撤退する理由になる決着は手にしても、それ以上を手にすることを制限することは課していない。ブラックバイツは氷永会に金の流れを掴ませることで、逆に氷永会の金の流れを掴んでいた。氷永会のある重要取引物。それがある証明写真機に置かれていた。ブツは取り引き相手を待っていたが、それを置き配泥棒が盗んだ。ある意味では置き配された物を盗んだ事になる。
〉時を止めるための、夢を祈るための、歌さ。歌ってくれ。俺も歌うから。
〉sing us, sing you, sing me, yes do!
その一時間後。今度はトレーディングカードショップ。そこでは対戦を楽しんでいる学生や若者が多く、平日でも賑わっていた。多くの人が行き交う対戦スペースの一画。
デッキ。このカードバトルでは四十枚位のカードを一セットとして対戦に使用している。そして多くのプレイヤーは幾つも様々な種類、複数のデッキを使って楽しむことが多い。そしてカバンに入れてあったこれから使うであろうデッキのひとつを、置き配泥棒は盗んだ。
いつものように、そのトレーディングカードショップで歌われたその歌に気を取られて立ち止まる者は誰一人としていない。それは創成川リバーサイドの重要ブツのひとつだった。その若者はカードゲームを楽しんでいるフリをして取引を待っていたのだ。バトルのために場にカードを出し、正面に座った取引相手が特殊カードを使用してコントロールを奪う。何度か繰り返して取引を成立させる。大量生産されているカードに細工され、普通の人には分からないから重要物だった。これまで何度も成功させてきたからこそ、あっさり盗まれたのは想定外。用心に用心をしていたにも関わらず。卓越した技術がある。
普通の人間がいる空間で、普通の人間は気にもとめず平然と行われるはずだった二つの取引。歌う置き配泥棒が一般人の家から盗んでいたのはカモフラージュ。警戒させないための、警戒の対象に成らない小物犯罪者だと思わせるため。
最初から全て仕組まれていた。
勝ち敗けのどちらを手にしても、決着を渡されて撤退を強制されても、ブラックバイツは最初から撤退するつもりだったのだ。これだけの騒ぎを、あまりにも多くの強盗を繰り返していたのは無差別では無かった。探していたのだ。本当の目的は氷永会の取引相手、リバーサイドの取引相手、この二組の取引相手の情報。最初からヤクザも若者集団のどちらも敵として見ていなかった。氷永会とリバーサイドが一方的に敵だと決めつけて決闘を申し込んだに過ぎなかったのだ。全ては狙っている取引相手の、〝すすきの〟最強の二組の取引相手の情報のため。ブラックバイツ同様に全国展開しているその相手はこの土地でのみ流している情報があり、それを掴みたかったのだ。まんまと利用された。〝すすきの〟最強二組がこのことに気がついたのはブラックバイツが完全撤退した日の夜だった。
「俺様とタカに直接の損害は殆ど無い。しかし大事な取引相手が大損害を受けた。間接的には俺様たちも大損害。やられたな。どのみち、こんな連中は初めてだった。最悪だ」
「そうだな。成哉でもそう思うなら、最悪だな」
大きな犯罪に目を奪われ、確かに聞いていたはずの小さな犯罪、いや犯罪に大きいも小さいもないか。勝手に大きさを判断したのは俺だ。夜空の流れたり流れなかったりする星に目を奪われ、俺は足元の五百円に気が付か無かった。自分で言った言葉だろうに。本当はそのコインがあまりにも大事だということに気付かず、知ることもできず。だからより後悔するのだ。そんな自分が自分であることを後悔する。
「またラーメンでも食べに行く?」
「いや。今夜は一人にしてくれ」
「そうかよ。じゃあ、もうすぐ冬だし、雪が降ったらその時誘ってくれ。冬のラーメンは格別!今度は味噌󠄀食おうぜ」
「ああ。そうしよう」
電話はそこで切れた。いつもの冷気が成哉の失態とも言える失態に冷気が品切れ寸前だったけど、もう大丈夫だな。いつものキレキレの冷気が最後の言葉に戻っていた。あいつはそうでないと。ブラックバイツ騒動前の、オレに命令してくれた成哉じゃないと。明日はまた違うトラブルに巻き込まれるんだ。関わっていないだけで、人間の数だけ問題は起きている。〝すすきの〟ではなおさら。退屈しない街だからね。
俺はやむなく、しかしラーメンが食べたい気分だったので一人で食べようと店を探した。そして、何気なく見つけた店に入ったら、そのたまたま入った店が超有名店だった。よくあることだな。