今日は2025年の2月19日。久しぶりに大雪警報が出たけど、降ったのは南区とか山の方。中央区はようやく平年レベル。今年の冬はあまりにも暖冬すぎる。今日みたいにドカ雪が降っても翌日はプラス5度を記録。あっという間に雪は溶ける。今年は本来降るべき12、1月に雪が多く降らない。2月なのに雨が降った日も。月末にはプラス10度を予定しているっていうから本当に暖冬。それは4月の気温だぞ?
〝すすきの〟の雪まつりでは毎年大雪像に対抗して美しい氷像で勝負してしているんだけど、この暖かさと風でひとつ倒れてしまった。帯広じゃ約五十年ぶりに積雪ゼロセンチだって言うから驚き。元々積雪の少ない地域だけど、ゼロって。流氷接岸も去年より二十日ぐらい遅れてガリンコ号がなかなか活躍できず。地球温暖化かどうかは専門家じゃないから確かな数値もデータも示せないけど、さすがに。越冬系作物はダメなんじゃないかな。収穫はゼロではないだろうけど、どうだろう。春からの農作物にも影響でかいだろうに。海水温も高いだろうし、米も不足、キャベツも高級食材。一次産業はあまりにも厳しい。物価高の終わりが見えないっていうのに、本当にどうなるんだろうか。我が家も家計を維持するのに必死。ますます俺の収入増が求められる。やはり今回のトラブルを解決して組に高額請求するしかない。その報酬の金、その元はヤクザが稼いだ金になるわけだが、やむを得まい。こういう仕事をしている以上避けられないところはある。そういう友人だからな。最小限に、極力避けて遠ざけて拒否するようにはしているけど。ほら、俺は善良な一般市民だから。
まあ、奴らから仮にそのまま貰うとしても、さすがに綺麗にしたやつ寄越すだろう。使って一発アウトだったら、極道友人の縁は即切る。一生結ばない。敵にする。そんなショボいことは流石にしないと思ってるけど。俺も思考停止で受け取るつもりはないから、大丈夫だと思うけどさ。
俺は依頼人を呼び出した。いや、タカが依頼人だから依頼人に依頼した人か。
目の前に座っているのはシロツバサの元アイドル。一番に話を聞いておかなければいけないのがこの子。トラブルに巻き込まれている本人以上に事件のことを知っている人間はいない。当の本人はたぶん何も分からなくて困っているんだろうけど。見てきた背景、置かれている環境を教えてくれれば十分。
誰であろうと、俺に対して助けてと手を伸ばすなら無責任では駄目だ。その手は安易に無責任で無闇矢鱈に伸ばしてはいけない。良く理解した上で助けを求めなければいけない。だから、その手を取った俺はそれ以上に責任を持って臨まなければいけない。世間は俺の手も彼女の手も見放して、取ることはないだろうから。
トラブルに対してどこまで関与し、回答をどのように出すのか。その責任。全方面を解決することは不可能であるから、目線は依頼人に合わせる。その範囲を確実に。多くの救援希望者は事件からの完全乖離を無意識に求めているため、それを叶えてやれば任務達成。報酬は問題なく手に入る。
タカは多忙で欠席。この喫茶店には仲間しかいないから、何を言っても安心安全。ある意味この街で一番安全な場所かもしれない。
目の前に座った彼女は、もちろんアイドルのように美少女であったが、しかしかなり幼かった。
「横山翼と言います」
「翼?それはアイドルの登録名か?」
「いえ、本名です」
彼女は生徒手帳を差し出してきた。生徒手帳?
「十四才?中学生じゃん」
「はい。この年でもアイドルやっている女の子は多いと思います」
「言われてみれば、そうだな」
それにしても本名が翼で、所属していたアイドル名がシロツバサとは。偶然もあるもんだな。
「ありがとう。じゃあ、幾つか質問をします。嫌なら拒否してください」
「はい」
「どうして卒業したんだ?」
「アイドル活動を続けるのがしんどいと感じたからです」
「そうか。じゃあ、どうして氷永会で働いているんだ?組に入ったのか?」
「いえ、違います。ヤクザの人間にはなっていません。仕事は、ヒダカさんからお誘いを受けました。ヒダカさんは事務所の方です。卒業後の相談をしてもらっているうちに仕事のお話をもらいました。薄々ヤクザが関与している事務所だと聞いていたので、驚きはありませんでした。最初の仕事の説明の時に、カジノとかを、おおよその仕事内容を教えてもらいました。私のような人間ではその全貌は教えてもらえないのだと思っていますが、仕事をする上で最低限の情報だと思います。私は、ヒダカさんは信用できる人だと思っています」
ヒダカ? ああ、飛鷹か。表名ヒダカ、裏名ハヤブサ、通り名がタカだっけ。学生の時からずっとタカって呼んでいたからヤクザの名前出されるとわかんなくなるな。一般人としての名前はヒダカ、ね。たぶんこの元アイドルは、ヒダカを日高で認識しているんだろうけど。
アイドルを辞めても仕事をしなければいけない中学生。家庭環境が垣間見える。普通は法律が許してくれないからな。知り合いのヤクザに頼むってか。そこまで切羽詰まっているなら、あとで成哉を紹介しておこう。
「アイツはヤクザだけど、信用できる?」
「はい。同じ人間です」
「それはそのとおりだ。そうじゃければ俺もアイツと付き合ったりしていない。もう少し聞いてもいい?」
「はい」
「卒業詐欺についてはどう思ってる?」
「私は騙したとは思っていません。嘘もついていません。でも、解釈と言いますか、捉え方は人それぞれなので至らないところがあったんだと思います」
「ストーカーがいると聞いた。ヒダカが処分して記憶を消したからもう大丈夫だと思うけど、何か心当たりはある?他に出てきたら俺も対応に困るから。潰せる芽は事前に潰したい」
「ええと、茨戸さんは探偵さんなのですか?」
「いや、違う。その名刺の通り、この街ではオーガナイザーで通っている。みんなをまとめて、作戦を考えて共有。実行する人間ってところかな。今回はアイツに色んなこと頼まれているんだけど、その一つに翼ちゃんの潔白を証明することが含まれている。卒業詐欺問題、ヤクザ&賭博カジノ関与問題。どちらも噂が大きくならないようにする。だから君もアイドルグループも今回の守備範囲になる。あまりにも拡がって手に負えなくなったらゲームオーバー。その前に終わらせる。だから今ここで君に話を聞いてる。理由を理解してくれ。できれば素直に答えて欲しい。では、本題に。ファンとのトラブルに心当たりはあるか?ダイレクトメッセージとか、過激なファンレターとか、悪口をエスエヌエスで書かれてるとか」
「ええと、そうですね。こういう活動をしているので、ゼロではないです。応援のメッセージと同じぐらい悪意のあるメッセージもあります。あまりにも酷いときには事務所に相談しました。今考えれば、迅速に対処してもらえたのはヒダカさんのおかげなのかもしれないです。良い意味で普通の人ではないと思いますので」
「確かに。その手のことのやらせたら、この街で勝てる人間はいないな。じゃあ、もう少し深入りするよ。翼ちゃんについて、その周りについて知りたい」
「はい」
「翼さんの仲が良かったメンバーと、悪かったメンバーを教えてくれ。二人の番号と本名も併せて教えてくれ。二人だけで良い。他は要らない。好き嫌い無くても必ず。本名が駄目なら伏せて良い。口頭なら良いならそれで。その二人に了承は取らなくて良い。自己判断で。もう一つ。翼ちゃんの好きな音楽、小説、有名人、札幌が好きか嫌いかを教えてくれ。トラブルの解決に繋がる。見てきた景色と君の環境を知ることがずっと大切なんだ。君の視点での他の人間の情報、特に近い間人間の情報は君に繋がる。最初に言った通り、答えたくない質問は拒否してくれ」
「はい、わかりました。まず、その、ええと……」
「悪い。ちょっと一度に聞きすぎた。一つずつ教えてくれ。丁寧に、ゆっくりでいいから」
「はい」
俺はアイドルとしてではなく、一人の女の子として話をしっかり聞いた。依頼人の依頼者、横山翼に関係のある人間の情報と彼女の情報を、幼い少女が話したく無いであろう事を全て聞いた。トラブル解決を理由に。カウンセラーでもなく、学校の先生でもなく、得体のしれないオーガナイザーを名乗る怪しい男に。
きちんと向き合ってくれる大人、話を丁寧に聞いてくれる大人、消費商品アイドルとして見る大人(売る方も買う方も)ではない大人。きっとそのような大人にあまり出会ってこなかったのだろう。俺はそう思った。なんて悲しいことなんだろう。
どうしてアイドルになりたいと思ったのか。この禁断の質問もした。彼女は答えてくれた。答えを聞いた俺は、絶対に助けてやると言った。卒業詐欺疑惑から。ヤクザと裏カジノ疑惑から。まあ、どっちも嘘ではないみたいだけど。卒業詐欺はタカが主導したと言っているし、実際裏カジノで働いているし。事実はどうあれ、表側世界における疑惑を払拭してクリーンに。そういう事だな。悪い噂で低評価の人間と握手はしない。どんなにうまい料理店でも、口コミレビューが最低だと客は来ないだろ。どの世界でも信用と信頼は大切だ。
他メンバーの本名は口頭のみになった。俺は彼女の言葉を記憶した。ありがとう、とお礼を言って解散した。