今や噂など一週間持たずして消える速度の情報社会。気にしなくても良いミジンコのような噂が殆どである。ちょっとネットニュース記事に書かれても、新聞の記事に載っても、野次馬や外野は一回文句を言えばそれでスッキリし、次の情報や噂を目にした時にはその前の噂など忘れて、新たにぶつくさ言うだけ。
しかし僅かな噂で解散に追い込まれる可能性があるのも現代社会。翼ちゃんだけでなく、シロツバサ全体も卒業詐欺の風評被害を事実受けている。少しでもミスれば解散を招いてしまう。それは最悪。今回の俺はアイドルを助け出し、ついでにヤクザを完璧に助けなければ無報酬。ミジンコでも可能性があるならその可能性をぷちぷちと潰していかないと任務成功には辿り着けない。
今回のトラブル、噂が流れる前の火種を潰すことと、卒業詐欺の悪い噂を根絶させるこの二つは全く別の事のように見えるが、冷静になって考えれば実は同じベクトルだと分かる。この出回った動画で賭場利場を警察が掴む最悪の事態を防げとタカに言われたことも同じ。つまりは出回って人々の噂となって話題になる事を恐れている。全部同じ噂問題。タカから一度に多くの解決を求められているように見えるが、冷静に考えれば全部同じだ。一つの事象に対して違う角度で見ているだけ。各視点を一箇所に集め、重なる箇所を解決。全体の火を弱くすれば、あっという間に三つのロウソクを消すことができるだろう。噂潰し。つまり、今回の敵は噂そのものではなく噂を始めた人間。標的は限りなくひとつに近い。ひとりとは限らないだろうけど。
シロツバサと横山翼を陥れようとしている敵を懲らしめること。世間一般人間が噂を聞きつけて大きな声で噂を始める前に全員黙らせること。これが勝利条件になるってことだな。
すぐに頭をフル回転させて作戦を考え、やがて思いつき、実行するために必要な知り合いに電話をした。ネットに強いやつが必要だ。俺はネットを知ったつもりでいるただの素人だからな。求む専門家。
「もしもし。茨戸さんですか。どうも、あけましておめでとうございます」
「おめでとう?ああ、そうか。キエンとは今年話してなかったっけ?集会も……会ってないな。おめでとう。今年もよろしく。それで、さっそくなんだけど頼みがあって。ネット関係で」
「こちらこそよろしくお願いします。ええと、ネット関係と言いますと。何かリバーサイドの問題ですか?」
「いや、今回は違う。今はアイドルを助ける仕事をしてる。ほら、アイドルっていろんな噂とかされるだろ。無関係な素人ファンの言葉を信じて、決めつけて騒いだりさ。依頼主がそれに困っていて。令和のファンレターはダイレクトメッセージだからな。わざわざ鉛筆で便箋に書いて送るのは礼儀正しいファンか、サイコパスが新聞を切り抜いた文字を貼り付けた手紙だけ。郵便代も値上がりしたからなおさら。だから、まずはそこから調べて作戦を立てたい」
「なるほど。つまり、アイドルのファンは多くて個々人すべて調べて直接対処するのは難しい。ダイレクトメッセージの中にはファンではない人間も多いと思われる。そこでエスエヌエスとかを調べたいわけですね」
「そうそう、創の言いたいことはそういうこと。あ、もちろんタダ働きじゃないぞ。今回はその依頼主のバックからたんまり報酬貰える事になっているからな」
「分かりました。そのアイドルを教えてください。攻撃的な人間を調べます。ある程度情報が集まったら連絡しますので、その時また指示をください。私ができる最善を尽くします」
「悪いな。いつも助かる」
「茨戸さんの頼みですから。誰も断ったりしませんよ」
「ありがとう。それじゃあよろしくな」
「はい。失礼します」
よしよし。焦らず丁寧に進めていこう。でも悠長は厳禁。なるはやで。あれ?これは死語か?
※ ※ ※
「アイドル?久瑠美は憧れたことないよ。可愛いな、とは思うけど」
夕飯を作っている時の親子の会話。子供とのコミュニケーションは家族の必須項目だからな。
「へぇ、そんなものか。それじゃあ、将来の夢は何だ?今どきの小学生の〝きらめくときめきの夢〟が何か、是非とも知りたい。執筆にも生かせるし。一番は父としての不安が大きいけど」
「えーとね、親孝行かな。お父さんに」
俺はその言葉に膝をついて崩れた。そしてむせび泣いた。なんて良い子。報酬が入ったら最新のゲームでも漫画でもアニメのBlu-rayでも好きなの買うからな。お父さん頑張る。
「とても嬉しいよ、久瑠美。でも、一応真面目に。真剣に言うと何だ?言いたくなかったら良いけど。まあ、本当の夢は誰にも言わないモノだしな。初詣での神にすらお願いしない。自分で手に入れるモノだ夢は」
手に入らなかったら諦めろ。ゴジュッパーセントオフになった時にその夢を買えばいい。お買い得。
「へえ、創くんも大人みたいなこと言うのね。知らなかった」
「そうかよ。まったく、俺をどんな人間だと思ってるのやら」
「じゃあ、特別。秘密ね。秘密。絶対だからね。創くんのお友達にも桜お姉ちゃんにも駄目だよ」
「わかったよ。約束する」
久瑠美の夢を叶えるためなら何だってするから、必要なら理由にするかもしれないが。だから、ガキ共もヤクザも利用して叶えてやる。
「ギタリストになりたい」
え、それは意外すぎる。一応俺が音楽大好きだけど、そんなに影響してたか……?いや、俺が久瑠美の夢に影響を与えることはないはずだ。きっと違うところで。それにしてもいい趣味……夢だ。
「ちなみに、尋ねたら理由を聞かせてくれるのか?」
「良いよ。特別サービスだから。今の仕事終わってお金入ったら欲しいもの買ってね」
全て見抜かれている。なんて
「それじゃあ、どうしてギタリストになりたいんだ?」
「カッコいいから。今は動画を見ることが当たり前の娯楽になっている時代でしよ?ミュージックビデオもライブ映像も無料で見放題。良く見かけるの。オススメとショート動画で。それで、カッコいいと思って。安っぽい理由だけど、私はやりたい」
「そうか、そうだったんだな。全然気が付かなかったよ。そうだな、家にはギターないから、触ったこと無いよな」
「触ったことあるよ、創くん。児童会の高校生のお友達が持ってくるの。あの子はきっと見せびらかしたいお年頃なんだと思う。私が触りたいってお願いしたら笑顔で貸してくれた。小学生だから壊してしまうかもしれないのに、優しいお兄さんなんだよ。お陰でバンプのギターソロぐらいは弾けるようになったよ。コードもたくさん覚えた。初心者の壁がエフコードだって教えてくれたけど、楽勝だったよ」
「マジか、久瑠美。本当に才能あふれる天才少女じゃん。かけっこ一位、勉学秀才、さらにギターも弾けるなんて。格付けに天才小学生バンド出てたけど、今の子供は吸収力すごいな。俺は今から練習してもたぶん弾けないぞ」
「えへへ」
すごいな、すごいよ。ああ、俺は。俺はこの夢を、頑張って声に出してくれたこの夢を、自分の夢を言葉にして誰かに言うための、この勇気を受け止めて。応援しよう。心から思った。
「分かった。いいギターを買ってやる。初心者用じゃない。良い値段のするギターを買おう。一緒に買いに行こう」
「うん!楽しみしてるね!練習はどこで出来るかな?」
「そうだな、この家は地下だからな。防音抜群だし、大家に頼めば空き部屋貸してくれるだろ。スタジオ代みたいなのを払えばいい。そうなるとアンプとか機材も揃えたいな。でも、俺にはその知識が無いな……。あっ、でも心当たりあり!」
「本当に!久瑠美も分かってるようで分かっていない素人なので。創くんの仕事の関係者にいたら紹介して欲しいよ」
「ああ、もちろん。約束は出来ないけど、タイミングが合えば話を聞いてみる」
こうして我が娘のギターライフ、ギタリストへの道が本格的に始まることに。しかし、大口叩いたけど、そこまで稼げるか……? 氷永会としては組の存続に繋がる賭場利場を守るためなら惜しまないだろうけど。普通の裏カジノじゃないからな。カジノだけの場所じゃない。だから完全秘匿、移動式。少しでも関わった人間は常に消される。俺も何度か危なかった時がある。贔屓も仲間も友達も無関係。容赦ないから誰もが恐れる人たちなのだけど。