ここまで来たら、お気づきの方はお気づきだと思うのだが、今回やっていることは去年の雪まつりとまったく一緒。前回は悪意ある噂を流していた自己中配信者が敵だった。今回はシロツバサのライバルアイドルが敵。シロツバサに卒業詐欺を行い裏社会に関与しているという悪評・イメージダウンを植え付けようとして優位に立とうというわけ。地位と名誉の横取り。雪まつりも今回も、どちらも噂が相手。解決方法は同じ。大量のコメントと動画を送りつけるような手段で終わらせよう。
俺達は首謀者、今回のトラブルの敵に直接会いに行き作戦を決行することにした。あのキスドルオタから根こそぎ奪った情報とキエンの情報を併せて用意周到に準備して。
白の車が到着。降車。ずかずかと入って行く。
突然の侵入者に、彼女たちは戸惑いを隠せない。それで良い。想定していなかった事を突然浴びせるぐらいが丁度よい。
「そこの女は……。関係者ですか?あの、何の用ですか?私たちこれから別のスタジオに行ってボイストレーニングの予定なんですけど」
某ダンス練習スタジオ。ダンス以外にも何でも使えるだろうから、俺からすればただのスタジオ。
「素直に答えてくれたらすぐに終わるよ」
隣にいる彼女は俺の指示通り時計を外して微笑んだ。外した時計は拳に付け替えている。それだけで不穏を相手に与えることができる。夜の愛を確かめ合う前というシチュエーションなら「時計を外してくれるなんて優しい人ね、あなたは」と、ときめくティアモかも知れないが、今はときめきのどきどきではなく、緊張からどきどきしていることだろう。敵もこっちも。
「シロツバサさん、ですか」
「そのとおり。君たちが〝私たちがあの一等星〟だな」
それにしても、最近のアイドルは曲の歌詞みたいな名前つけるのが流行なのか? まあ、いいや。
「それで、何の用ですか」
「☆奏でる白の翼☆を貶める噂を広めているのはお前たちだな。カジノに人を送り込んで配信するようにファンを焚き付けたのも、卒業詐欺だと騒ぎあわよくばシロツバサを解散に追い込もうとしているのも、お前達……えっと、一等星か。ヤクザ関与、裏カジノ関与、卒業詐欺の印象でイメージダウン、印象操作、社会的制裁。シロツバサというライバルを蹴落とすために利用した。それにしてもどこで裏カジノを知ったんだか。あれは秘匿移動式なのに」
「は?いきなり何を言っているんですか?」
質問を無視する。話しを続ける。
「ライバルが堕ちていく様は愉快だったか?安易な気持ちでヤクザって言う世間の悪いイメージを使いたかったんだろうけど、迂闊だったな。正面から喧嘩売るのは良い度胸しているけど」
「は?何のことですか?あなたがそこのアイドルと一緒に来たから、マネージャーかと思ったけど、誰、あんた。言い掛かりですか。人呼びますよ。そもそも証拠あるのですか?」
「ありがとう。その言葉を待っていたよ」
俺は電話かける。
「こちら茨戸創。通達。ミッションスタート」
即、一等星アイドル全員のスマホが鳴り始める。何度も何度も、止まらない。
「え?え?なにこれ」
一等星の八人、彼女たちのスマホに次々とデータが送られた。画像、動画、音声、メッセージアプリのスクリーンショット。確認する間もなく次から次へと。
撮影場所は練習スタジオ、フィッティングルーム、寮の自室、街を歩いている時の会話などなど。詳らかに。全て。そして同時にそれらの動画像がエスエヌエスにばら撒かれていることもよく分かるように。シロツバサの悪評、卒業詐欺の糾弾、これから流そうと企画していた噂を流すことでライバルアイドル、☆奏でる白の翼☆を蹴落とそうとしているアイドルが〝私たちがあの一等星〟であると不特定多数の人に分かるように。一等星は卑怯な、最低なアイドルだと分かるように。
個人経営のネットニュースにも売ったから、すぐ手遅れになるだろう。次第に個人のイタズラ投稿ではないことを世間が認知し始める。鎮火するなら早い方がオススメ。
「何をしたんですか、これは」
スマホを食い入るように見て、ちらりちらりと俺を見る。まだ相手にされていない。情報だけを相手にしている。話を続けよう。
「噂を全て掌握、コントロールしていたつもりだったんだろうが、残念だったな。こっちの方が圧倒的に〝情報〟には強い。センター試験なら満点、成績優秀者が勢揃い。最強集団だ」
まだスマホを見ている。
「お前達が手を出した相手は誰が見ても相手が悪い。ヤクザを映画や漫画の登場人物ぐらいに思っていたのか?忍者とか極道とかそういう漫画たくさんあるもんな。でもそれは日常娯楽用語としての〝極道〟と暴力団の〝極道〟を履き違えている。的屋や八九三が淘汰を繰り返しているうちに外から暴力団と呼ばれるようになり、それを嫌って任侠道を極める意味から極道と呼んでくれ、とか。詳しい歴史を話す場面ではないから控えるけど。社会的スティグマを嫌い、生き様を大切にする。だからこそあの賭場利場に手を出したのは洒落にならない。素人が、小娘が手を出していい場所じゃない。報復に拉致されなかっただけ温情だ。令和だな」
一等星小娘は言葉が出ない。どこからどこまでを信じてよいのかを探っているようだ。
「じゃあ、信じてもらえるように。追加画像を。決定打になると思うぜ」
一人がスマホに送られてきた新たな画像を覗き込み、他のメンバーも次々に覗き込んで青ざめた。
「そんな、そんな。こんなのって」
通知は止まらない。今度は関係者やファン、何も知らない素人からの「本当ですか?」のメッセージ。一躍有名人だな。
「ねえ、
メンバー同士、互いに震えながら確認している。自分たちが嬉々として悪口を言い、誰かが不幸になっていることを楽しんでいる姿を。
アイドルがライバルのアイドルを陥れるために卒業詐欺やヤクザと関係を持っていると悪意ある噂を流し、情報操作をしていた事実は応援しているファン、他アイドルを応援しているファンに取って良い餌になるだろう。じわじわと広がっていくのが噂だ。噂と言うのはコントロール出来ない。形がないのに人は人間性をそこで判断材料とする。見えない所で、特定、不特定に伝播して。一端だけでアイドルの世界全てを知った気になるからお気楽。そりゃカジノにも特殊詐欺にも闇バイトにも引っかかる。タカは丸儲けだな。
エスエヌエス。この無機質で無表情な言葉の裏を正しく読める人はいない。投稿者の感情思考によって生まれた言葉がその手を離れ、感情思考から乖離した言葉になって多くの人間が目にする。正しくない言葉もそれが正しいと思わざるを得ない。人間の匂いがしない言葉から、人間を想像するのは難しい。想像する間もなく大量に投下されるゴミに火をつけたら、あっという間に山火事になっちゃった。よくあることなんだね。
「これは、本当に現実なの」
疑問符がない。付ける余裕もないか。
「現実だ。さっきも言ったが、全て掌握してコントロールしていたつもり、なんて思い上がりもいいところだったってこと。見ての通り、俺達はひっくり返した。自分の思い通りになる事なんて世の中には無いぜ」
彼女たちは焦りを隠せなくなり、取り乱し始める。別の女の子が泣き崩れる。
「こんな、こんなこと。こんな情報、絶対嘘。そんなのだってひど過ぎる、これじゃ活動が、私たちの活動が……あぁ……」
集まり、困惑しながら互いに送られてきた証拠を確認し合う。どこか思い当たる節がある、ボロが出ていることが分かると指を指しあってあーだこーだ言い始める。炎上を認知したマネージャーもスタッフも飛んできて対応や確認に追われている。メンバーがメンバーに詰め寄り胸ぐらを掴み、ヒステリックに泣き出し、それを後ろにしてさっきの女の子がこっちを向く。一歩前に出てきた。涙目で俺を睨む。いい目をしているじゃないか。ようやく、ちゃんとこっちを見てくれたな。
「何が目的ですか?お金ですか?それとも復讐ですか?」
「そうだな、」
「待って、
制して、男がひとり出てくる。
「私がこのグループのマネージャーです。そこの男性、これはあなたがやったことですか?悪戯では済みませんよ。今警察を呼びますからーー」
「いや、他の大人たちは口を出さない方が良いと思うぜ。少なくとも、そういう場面ではない。そこの時計の拳が俺の合図を待っている」
「……っ!」
「俺は今そこの〝一等星〟と話をしている。それに、お前達を潰すことが目的じゃない」
今度は彼女がマネージャーの男を制して前に出る。
「では、何が目的ですか」
「お互い大人の社会を良く見てきた人間だ。大人の話をしよう。小学生も中学生もオリンピックに世界大会に将棋にアイドルで当たり前に活躍している大人だ。子ども扱いするのは時代遅れ。だから対等に話をしよう」
彼女は頷く。
「俺の名前は茨戸創。今回の作戦指揮を執っている。君がグループのリーダー、それともセンターかな?どっちでもいいや。名前を聞いても?」
「
「分かった。では
「取り引き」
疑問符のない疑問。
「こっちが解決したい問題はシロツバサに対する悪評、サツキ・ツバサに対する悪評の二つ。卒業詐欺、カジノ疑惑裏社会関与疑惑で実質シロツバサから追放させられている現状を逆転すること。従って要求はひとつ。あの裏カジノで行った五秒の配信動画を私たち、〝私たちがあの一等星〟が作ったフェイク動画だったと言え。あの五秒の配信動画は偽物だと、作り物だとそう公式に発表して謝罪するんだ。あの動画がすべての元凶だからな」
「五秒って。あんなくだらない」
「僅かな火種でも大きな森林火災になることはよくあることだと、お前達も知っているだろ。こっちとしては証拠になる事が不都合なんだ。俺達が無実を証明して回ってもいいが、悪意による犯行なら犯人に非を認めさせるのが一番効果的。この要求に従ったことを確認したらお前達の炎上を鎮火することにする。こっちは消し方を分かっていて火をつけている。この炎上は交渉材料だ」
震える。震える
「鎮火?どうして?復讐なんでしょう?だからこうやって、私達の感情をめちゃくちゃにして、そこの女もそれが楽しいから、こんなことやってるんでしょう。そっちから始めておいて、いつでも消せるとか、めちゃくちゃな事言うな!何を言っているのかわからねぇよ!人の感情をコントロールできると思っているのか!噂は、人の手を離れてどんどん広がるの!悪い噂だけじゃねぇんだよ!噂をコントロール出来ねぇってぐらい百も承知だ、このやろう!いいか!良い噂は、アイドルとしての良い噂は私達の手を離れて、手の届かないところまで、知らないうちに知らないところまで広がるの!自分たちの頑張りだけじゃどうしようもないことを!みんなが話してくれて!そのおかげで活動できるの!みんな噂のおかげなんだよ!だからファンの皆さんのおかげですって頭を下げるの!自分たちじゃどうしようもない所だから!頑張って、見てもらって、認めてもらって、それを他の人に話すような存在。噂になるようなアイドル。みんなが噂してくれるような、みんなに愛されるアイドル。ここにいる八人はそれを目指して頑張っている。謝罪なんか出したら、非を認めたらここまで積み重ねてきた評価が、広まった噂が全部黒くなってしまうだろ。〝黒評〟になって、グループが、〝私たちがあの一等星〟が、このグループが、私たちの時間が終わるんだよ!マネージャーがどんな判断をするか分からないけど、私達は捏造に屈しない!あれは事実だろ!だから動画になったんだ!はっ!ざまあみろ、そっちの身から出た
はぁ、はぁ、はぁ。言い終わったようだ。よく知っているじゃないか、噂の事を。コントロール掌握できるものではないと、そう思う事はおこがましいことだと
「本音をありがとう。良い志と夢だな。良い努力と奮闘だ。しかしここにいるシロツバサも、同じアイドルを夢見て奮闘していた俺の隣にいる女の子も同じだ。噂は事実かどうかは関係ない。真実が事実ではないように、噂が事実となることもまた事実だ。嘘ばかりついている人間が信用されない様に、嘘を付くはずがない人間の嘘は間違いではないと盲信する。こうして噂は事実だと認識する多くの人間によって事実になる。少数が反論して審議になっても、多数決。信じるに疑わしい時は多数決で決める。ほら、宇宙船で裏切り者を探すゲームでも同じ事をやっているだろ。あれ?ゲームはやらない?」
アイドルの女の子はゲームやらないのかしら。娘のゲームに付き合っているから、その年の女の子の流行りのゲームだと思っていたんだけど。
「……っ!」
彼女は俺を睨見つける。まるでその男が悪人であるかのように。社会悪であるかのように。
「要求は伝えた。朗報を期待している。躊躇えば躊躇うほど燃えるだけだ。残念なことに、薪は幾らでもある。絶やすことのないように火の番をするから安心しろ。間違えるなよ。現状はお前達が解散の危機だ。追い風はシロツバサに吹いている。何もしなければ、〝私たちがあの一等星〟は悪い噂でライバルを貶めようとした腹黒アイドルになる。解散どころか今後の活動は絶望的。個人情報が晒され、小学校も中学校も特定されてもおかしくはない。アイドルを辞めるだけでは済まなくなるだろう。無事に義務教育を卒業できると良いな」
真っ赤な怒りと真っ青な表情が同時に出てきたので、もう死んじゃいそう。これは一回横になって休んだほうが良さそうだ。健康に関わる。じゃあ、強制的に休んでもらおう。
「ほら、ツバサ。一回だけ良いぞ」
横山翼はじっと待っていた。黙ってずっと待っていた。元アイドル、シロツバサのメンバー。伍の翼。
ずんずんと前に出て、〝
気を失って倒れる明を、後ろの子が慌てて支えながら叫んだ。
「誰なんだてめえ!ヤクザか!この卑怯者!」
口が悪くなってきたな。中学生の女の子、とよく見れば小学生高学年もちらほら。なんだ久瑠美と変わらんな。
俺はどう答えようか迷った。今回の俺はほとんど氷永会で、今ここにいる俺も氷永会の代表みたいな立ち位置だけど、でも俺はヤクザではない。ヤクザではない人間が勝手に「俺は極道です!」などと言ってみろ。俺が殺されるではないか。幾らタカの依頼だとは言え、迂闊なことは言えない。今度は俺がヤクザを敵に回すことになる。それは駄目だ。よし、俺はヤクザではないがお前らの敵は氷永会だ。これでいこう。
「お嬢さん、俺はヤクザではない。創成川リバーサイドボーイズのメンバーだ。何百人といる若者集団。うちのガキ共にもアイドル大好きな奴たくさんいるから、この街でアイドルやるならリバーサイドBGを覚えておくと良いよ。ガキ娘を対象に応援するかは分からんけど。俺達の事はエスエヌエスやネットで調べておけ。基本情報ぐらい出てくるだろ。あ、ギャングって書いているサイトあったけどアレはデマだからな。まったく、素人の言葉は信用ならないくせして誰もが信じるから質が悪い。これもまた噂だな」
「創成川リバーサイド?なによ、それ。ヤクザじゃないのかよ!」
「俺は氷永会の切り札だ。組の人間ではないが、重要人物ってところかな。虎の威を借る狐だけどね」
切り札。間違いじゃないだろ。たぶん。
「お前らは今のところはまだ社会的抹殺で済んでいるが、余計なことしたら本当に殺されるからな。漏れなく全員。行方不明扱いにするか、事故死と見せかけて殺されるか。まだ子どもだし、死に方ぐらいは選ばせてもらえるかもな」
「鬼畜!」
それだけ言うと、そのアイドルはさっそく俺達の事を調べ始めている。やれやれ。俺の言葉を鵜呑みにするとは。若いねぇ。子ども扱いするのは良くない、とは言ったが子どもであることに違いはない。それに、リバーサイドより氷永会の方がよっぽど黒幕だろ。そっち調べておけよ。アイドル事務所というビジネスヤクザ、氷永会をバックダンサーにつけたシロツバサ、卒業詐欺を主導した氷永会幹部タカ。白の翼なのに真っ黒。画面の向こう側のシロツバサしか見ていない人はその黒は一生見えないだろう。シロツバサをただの女の子と見る一般人間も、少女にキスを迫る不届き者も、夢を見て頑張る姿と見る人も、無関心な人間も。
あっ、言っておくけど十代前半の女の子に「鬼畜!ざぁこ♡ざぁこ♡」と罵られる事に快楽を覚える癖はないぞ。そういう売りのアイドルがいて、好きな奴もいるってガキ共の集会で聞いたけど違うからな。まったく、もっと普通に応援しろよ。ペンライト持ってさ。
言うことは言った。「あのアイドル気に入らない。なんか悪い噂あるから利用してやっつけちゃおうか」という十代前半アイドルの本音も聞けた。では帰ろう。俺と翼はそのスタジオに居る全ての大人に止められる事なく、悠々と安全に帰還した。
ああ、どうでもいいから言わなかったけど、タカが気を使って人を寄越してくれたんだ。最初から最後まで後ろに手を組んでずっと俺達の後ろに立っていた。照月と秋月だっけ。本物の人間は少女たちにも大人にも威圧感抜群だっただろう。それにしてもこの黒服二人。どっかで会った事ある気がするけど、いつだっけ?