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ホワイトウィング06

「うちのメンバーを勝手に使ったな。人件費を請求する」


「悪かったよ、成哉。タカのトラブルだったんだ。勘弁してくれ。キエンは協力的に協力してくれたんだし。ちゃんと俺が報酬あげたって」


「お前が?金無いだろ」


「タカからがっつりもらった。予想より多くて、うきうきだぜ」


「そうか。なら、俺様にも納めろ。リバーサイドの名前を使っただろ。金を払え」


「えー、そんなのノーカウントでしょ。俺が所属しているのは嘘じゃないし。あと、金払え金払えって詐欺師みたいだ」


「切るぞ。もう勝手に使うなよ」


 いつもより10℃は冷えていたな。冷え冷えの声のクールビッグボス。うーむ、ガキ共の仲間を頼りたいと思ったら常にあいつから許可もらわないといけないのか。分かった、明日からもこの命令は無視していこう。俺があいつに従うのは仕事の命令だけ。俺の人生と生活の決定権は俺にある。俺が自分で自分の生活のために受けたトラブルはあいつの範囲外。他人の人生と生活に口出すほど暇じゃないだろ。社長だし。


 〝私たちがあの一等星〟はアイドル騙しアイドルとして、アイドル界隈では有名になった。しかし、一億人の一般人間のほとんどは、そんな騒動があったことすら知らない。大きな山火事が起きているように見えて、煙がすごいだけで実は燃えている範囲はそこまで広くなかった。そういうこと。だから〝一等星〟の炎上を消すことは簡単。この騒動でイメージや評価が落ちたのなら、また頑張って這い上がって貰うしか無い。ある意味では有名アイドルになったのだから、機会はあるだろ。


 卒業詐欺等々でアイドル界隈で翼をもがれ、地に落ちていた☆奏でる白の翼☆も周囲の見る目が変わったことで萎縮、縮小していた活動を取り戻した。大きく飛ぶまで回復はしなかったが、今後も活動を続けるという。横山翼は卒業したが、翼ちゃんと他のメンバーは今でも仲の良い友達。アイドルを辞めたからといってそれで縁を切るほど薄情ではない事を喫茶店で最初に質問した時に得ている。ひとりだけ嫌いなアイドルを強いて選んでもらった時にあげたのはセンター、壱の奏。センターを務めるだけあって、歌唱力やセンスの高さに嫉妬は隠せないという。だから嫉妬していると本人にも直接言った事があると聞いたときには、さすがに青いなと思った。お互いに本音を言い合って、ぶつかって、一緒に頑張って。アイドルはビジネスだけど、同じアイドルグループの仲間はビジネスじゃない。大切な友達。騒動は沈下。状況はたぶん好転したはず。シロツバサのファンも再び彼女たちを応援する事だろう。画面の向こうでな。


 大人でも子供でも立派な仕事、立派に見える仕事、助けられた経験に感化されてその仕事を目指す人間は古今東西往々にして尽きることはない。やりたい仕事になるために、人を助けるために弁護士や救助隊や自衛隊とか、アイドルとか。極端だとヒップホップのショート動画見て猿真似する小学生とか。テレビやドラマ、動画投稿サービスで大人の活躍を目にして奮起する人は多いことだろう。


 アイドルもその例外ではない。例えば学校でダンスの授業の参考に見た動画が煌びやかに見えたり、ダンス教室の習い事だったり、韓国式可愛いを見てアイドルを目指すなど。ダンスがより身近になった国内ではアイドルに触れる、目にする機会がより増えたかも。


 国内外のアイドルの活躍に感化されてアイドルを目指す。若しくはアイドルになれなくても、アイドルのように可愛い女の子に、かっこいい男の子になりたいと思うのもおかしくはない。身近になったように錯覚してもおかしくない。ほら、ヴァーチャルアイドルも、あそこで喋っている奴も同じだろ。シロツバサと同じ画面の向こう側の人間。ゲームとかしてるの見て楽しんでいるファン。広く見ればアイドルとアイドルオタクだ。やはりとても身近だな。


 有名人は今やテレビの向こう側だけの存在ではない。エスエヌエスの投稿に公式や本人から♡が貰えたら天にも昇る思いだ! がありふれた普通の時代。学校へのサプライズ訪問も増加、テレビ離れに負けられないテレビが次々と企画。学園祭のスペシャルゲスト以外でも会う機会は増えた。ナックスもテレビ企画で母校に来たし、根室の卒業式には超有名男性歌手、ガクト様が来たし。この人以外で、ビッグボス雁来成哉と同じレベルのクールを持つ人間は他に見たことがない。それにほら、別名の神威ってアイヌの神格を持つ高位の霊的存在のことだし。どっちも「俺が、神だ」と言われたら無条件で信じちゃう。成哉信仰は死んでもやらないけどな。奉らないし、崇めないし、供物もやらん! カリキセイヤ神なんて嫌だ!



 翼ちゃんはアイドルを卒業した理由を「続けるのがしんどくなったから」と言った。夢を追いかけ、そして夢を叶えた後、その叶えた夢のその先で夢を続けることは非常に難しいことは容易に想像できる。私が夢見ていたモノはこんなものだったのか、と思う人は少なくないのかもしれない。


 普通の生活が逆に羨ましく思え、そっちに戻りたくなる。周囲は辞めるなんてもったいない、と身勝手に言うかもしれないが、もちろんもったいないことではない。次に生きる環境を選んだだけだ。卒業に詐欺もおめでとうも無い。選んだ次の人生に対して他人が言えるのは「お疲れ様」だけ。卒業という言葉は「お疲れ様でした」か。学校を卒業するのも、子供を卒業して大人になる事も。おめでとうも詐欺も周りがうるさいだけってこと。黙って拍手でもしておけ。


 騒動が終わると、翼ちゃんに呼び出された。改まってお礼を言いたいらしい。珈琲とオレンジジュース片手に、彼女が言いたいことを俺は全部「そうか。そうか」と頷いた。ひとしきり聞き、終わった頃に今度は俺が聞きたいことを聞いた。


「なあ、ヒダカは自分が卒業詐欺を主導したって言ったけど、実際どう思っていたんだ?」


「私のためだったと思います。私が辞めたいって言ったから。卒業詐欺は卒業することで私に向けられる声と責任を代わりにヒダカさんが、事務所さんが受けてくれたのだと思っています。でも、話が大きくなりすぎて、シロツバサの存続に関わってしまったのは予想外だっんだと思います。結果、茨戸さんに事態の収拾をお願いしてしまった。たぶん、ヒダカさんは卒業詐欺をでっち上げて事務所をファンの敵にし、ファンが私を擁護するように、卒業に拍手してくれるファンを増やして私を無事に送り出そうとしたんだと思います。センターより先に抜けるのは、やっぱり競争に負けて辞めるんだと誰もが思いますから。卒業に理由ができたことで、『負けるな』『頑張れ』と最後に言ってもらえました。仕組まれた卒業とは言え、応援してくれていた人がいた事に感謝しました。心から泣いたのは忘れません」


「そうか。噂が事実になることもあるし、事実が噂になって事実が無くなることもある。幸せになるために嘘をつくことは良い事だと思うよ。ばか正直に全部話すのは辛いからな。素直でありのままの姿を見せて欲しいと応援する人間は思うだろうけど」


「はい」


「もうひとつ」


「はい」


「タカ……ヒダカのどこが好きなんだよ」


「え?」


「あれ?告白したんでないの」


「ど、どうして知っているんですか。ヒダカさんが話したのですか」


「いや、見ていればわかるよ。俺は洞察力が優れているからな。それにあいつとは長い付き合いだ。わかるよ」


「ええと、お恥ずかしい。……はい。私から、です。理由はその、面倒をみてくれたからとか、言動が真っすぐでカッコいいな、とか」


「ふーん。あいつも隅に置けないってことか。それにしても、ヤクザは恋してばっかりだな」


「?誰か他に恋愛をしているんですか?あ、茨戸さんがですか?」


「いや、冗談言うなよ。俺はありえない」


「そうですか」


 やはりタカは翼ちゃんと恋仲……ではなく翼ちゃんからの交際を申し込まれていた。あんなヤツのどこが良いんだが。「ったく」しか言わないぞ?


 これに対して、タカは相手にしなかったらしい。薄情な。しかしその熱意に妥協はした。断るのは少し可愛そうだと思って保留だとか。だからまだ恋人じゃない。ヤクザとの恋は前途多難だな。普通の恋愛を簡単には許さない組織だし。


「俺は誰かになびいたりしないよ。そうじゃなきゃこんな仕事できない。いつも情に流されていたら、百のトラブルで百人寄り添わないといけなくなる。心と感情を理解するのは得意だけど。薄情だって言うなら、勝手に思えばと思えスタイル」


 俺に恋なんてありえない。これが最後の恋だと思った時もあったが、アレもファーストコンタクトで造り物の人間だと見抜いてしまったし。


「そうですか。やっぱり、茨戸さんは良い大人ですね。ヒト思いです」


「それはどうも。話変わるけど、引退後も時々アイドルをやるつもりはないか?今度は歌うけど踊らないから」


「それは、どういう仕事ですか?」


「俺の娘のギター演奏に合わせて歌ってくれ。娘はギターが趣味でさ。でも俺は歌も楽器も下手くそで。ほんと、たまにでいいから付き合ってよ。タカ……ヒダカの彼女、専属アイドルなんてもったいない。俺、貧乏だからあまりお小遣いは出せないけど」


「考えておきます」


「そうか!それは嬉しい。ありがとう。いや、実はちょうど美少女が欲しいな〜と思っていたところだったんだよ。俺の話は男ばっかり出てくるからな。紅一点は娘だけ。妖刀使いは女じゃないし、青山ハルにはもう二度と会えないし、山本の彼女なら美人かもしれないが主要登場人物ではない。あっ、美少年のような美少女探偵が一人いたけど……中性容姿だからヒロインじゃないな。手っ取り早くガールズの誰か一人を贔屓にしてヒロインにしたら、それは、浮気!不倫!台湾プレミア!そんな事は出来ないので、やっぱり君のような人材が必要だ。時々でいいから出てきてくれ」


「えっと、何の話ですか?」


「こっちの話。よろしく」


「ええと、しばらくは学生生活を楽しむつもりなので、時間が出来たら。でも、たまにアイドルに戻るのは良いかもしれません。歌なら、出来ます。それに、ギターも出来ます。シロツバサでギターのライブを何度かやりました。私が娘さんのおチカラになれるか分かりませんけど」


「えっ、ギターできるの?」


「はい」


「じゃあ、さっそくお願いしたい。実は日程がもう決まっているんだ。第一回、初回のゲストはシロツバサフルメンバー。豪華レッスン。音楽のレッスンのつもりだったけど、ギターできるならお願い!近々ヒダカ君から連絡があると思うからさ!」


「えぇ……まあ、みんなが参加するなら仕方ないですね」


「ありがとう!よろしく!」


 これにてアイドル卒業詐欺アイドル事件はおしまい。次回は後日談として娘とアイドルの話をやるから、このままでは終わらない最後を最後までお楽しみに。



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