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シン・ホロ・クラウディレッド04

 決勝戦の試合会場に着いた。新たな武器も到着。ここまで来たら、やるしか無い。


 その前に、戦かう前に確かめたい事があった。俺は試合が始まる前にひとつ行動する。



「運営本部はここか?」 


「はい。そうです。何かありましたか」


「ひとつ聞きたいことがあるんだけど」


「ええ、なんでしょう」


「この大会でひとつ分かったことがあって。それを確かめたい」


「そうですか。それはどのようなことですか?」


「俺が対戦した相手。全員この地球の人間じゃないだろ」



 これを見抜くのは非常に簡単だった。俺の洞察力を持ってすれば造作もない。


 青山人工人間の時は目の造りを見抜き、看破した。占いの館の盗撮師が女で、理由が復讐であることも見抜いたのは暗号と女の観察。アイドルの敵はアイドルだと見抜き解決した事もあったが、あの時はヤクザの事情と未成年風俗はさすがに見抜けなかった。それは特例。



 今回は間違ない。生死を賭けて俺は相手と戦ったのだ。相手のことを観察しないと、理解しないと、勝つことは無理。だから、理解した結果俺は相手は地球の人間ではないと思った。根拠は、血の色が違う。



 成哉の事は裏切れない。だから俺は決勝戦も戦う。この友人ためであれば、俺は命を賭ける事ができる。タカの頼みであれば、これもまた命を賭ける。俺は友を信頼し、その信頼の程度がどの程度なのかを行動で示してきた。二人はそれを分かっているから、俺に時々頼み事をする。


 無論、久瑠美のためなら全ての命を賭ける事ができる。だから、俺は死ぬわけには行かない。


「茨戸さん。それは、どのような意味でしょうか」  


「言葉の通りだ。俺が一回戦で戦ったエンザンギエフ。二回戦のスレッジ・オブ・セギノールも、三回戦の戦争孤児の少女も。少なくとも、現代日本では戦争は起きていない。あの少女は日本の、現代日本の女の子だ。だから、この地球の人間ではない。令和の地球で戦争が起きている別の宇宙の地球だ」


「なるほど。それがあなたの洞察力。では、証拠はあるのでしょうか」


「だから、血の色が違う。血液を採取した。仲間に送ったから、すぐに分かる。こっちの人間の血液ではない事が分かる」


「なるほど。それで、あなたはどうしたいのですか。〝チカ・フィッシュ〟を手に入れるためには、いずれにしても勝たなければ貰えません。対戦相手の正体を見破ったとしても、これは絶対です。揺るぎません。ご想像どおり、クスリはまだこの世にもどの宇宙にも存在していません。戦いによるエネルギーで生まれます。試合をする必要があります。参加した以上、棄権は許されません」


「ああ、わかっている。この街の将来を左右する代物だ。俺のボスは死んでも取ってこいと言ってるからな。死んでも手に入れてやるよ」



 常に疑え。疑問を置き忘れるな。騙されていたのは俺だけではない。対戦相手もまた、騙されている。世界の真実はいつも伏せられ、物語の後半で明かされる。そして意外な結末が待っていて人々を驚かせる。



〉コンフィデンス・ベトレィアル



 小さくなっても頭脳は本当に同じなのか?目の前に対峙している敵は本当に敵で本当に人間なのか?眠りの名探偵は本当に眠っているのか?すすきのはいつも北の歓楽街で妖刀使いが現れるのか?地球はひとつで涙あり笑いあり助け合い、狭くて同じで丸くただ一つなのか?


 真実はいつも一つなどと言う前に、画面の向こう側だけを盲信せずに、自分の足で走って疲れたらそこにトラブルがある事を知らないバカどもに告ぐ。ギャングを名乗らないリバーサイドBGと氷永会を橋渡しをするこの物語。神と妖をガキ共の街に混ぜて穿った答えを正解とする俺の結論。何が正しくて何が正解か。すすきのアウトサイドパーク。オーガナイザーの世界へようこそ。





 ※ ※ ※





「お前が、最後の敵か」


「その通り。俺が最後。名前は茨戸創という。この街一番のオーガナイザーだ」


「そうか。では、私も名乗ろう」


「よろしく」


「私の名前は〝新栄しんえいそう〟という。この街一番の殺し屋だ」


「そうか。俺にはそういう可能性もあったんだな」


「ああ。私もお前をを見て、その可能性があったんだなと思ったところだ」


「そうだな。似た者同士、居酒屋でじっくり話をしてみたいところだけど、残念ながら俺たちはこれから殺し合いをしなければいけない」


「そうだ。それが叶わないのは無念だと、今ようやくわかった」


 それから、俺はもう一つの可能性の俺に質問をした。


「一つだけ聞いてもいいか。ひとつだけ」


「審判」


「ひとつだけなら許可する。戦いに関する事は禁止とする」


「だとよ。質問して構わない」


「ありがとう。じゃあ、ひとつ。今、そっちの日本では戦争は起きているのか?」


「いや、起きていない」


「そうか。それはよかった」


「茨戸創の世界では戦争はあるのか?」


「いや、こっちにも無いよ」


「そうか。それはよかった」


「では。両者、始めて構わないか?」


 審判が頃合いを見計らって声を掛ける。


「ああ、構わない。始めよう」


「オーケー。始めようぜ」


 ……。


「両者見合って。スタンバイ」


 ……。


「Fight!」



 俺は日本の刀を抜き、可能性としてあったかもしれない俺に相当する人間とぶつかった。俺の事を信頼している二本日本の刀で。





 ※ ※ ※





 平行世界の各地球代表が戦いに望む。それがこのチカ街におけるデスマッチの正体だった。代表チャレンジャーは無作為に、本人に知らされることなく選ばれる。参加資格が成哉ではなかったのはそのため。どうして俺なのかという疑念は払拭できないが、トラブルに巻き込まれる体質であることを認識すれば何も不自然ではない。現に、最後の敵は別地球の俺だった。


 このデスマッチはひとつの地球で行われているわけでは当然なく、何百億と並行で不平衡な宇宙にある地球で行われている。もちろん、宇宙ができたからといって地球ができるとは限らない。では、そんなことをして何になるのか。さっき聞いた通りエネルギーだ。



 宇宙が消える事は、宇宙が生まれる時と同じように莫大なエネルギーをもたらすという。宇宙誕生はコントロールできないが、消すことはコントロールできる。だから、宇宙と地球を賭けて戦い負けた方を消してエネルギーを作る。人間では観測できないエネルギーを。


 挑戦者が死ぬこと。それはその地球そのものが宇宙から消えることと同じだったと終わってから言われた。正確には、存在は消えずに残るが可能性としては消滅するということらしい。俺たちが生きる地球と宇宙は消えないけど、他に宇宙があるという概念が否定される事になるとか。良くわからないな。


 例えば何も知らされていない子どもたちが命と引き換えに戦うように、例えば創作物で戦いを強いられる世界に強制的にその身を送られるように、別の意思による奸計かんけいが本人達の意思を無視して実行されたのだと言う。



 この〝チカ街〟は各平行世界宇宙における地球において唯一共通している建造物を目印として作られた。どの地球にも、テレビ塔とノルベサの観覧車はあるらしい。


 地下深くに作られたこの街は異空間だ。地球の地底ではない。エンザンギエフも、蛟劉も、少女も、この地球の人間ではない。だからマグマのようにほとばしった相手の血液は、同じ赤色でも俺の世界に生きる人間とは異なる。朱色と赤色。ホロとクラウディレッド。地球の悲鳴に近いのかもしれない。平行世界の地球の最後の声。




「あのクスリだけは本物だ。人間が手にしていいものじゃない」


「いや、手に入れちゃったぞ。どうするんだよ」


「神様にでも奉納する。神に等しいチカラだ。褒美になにか貰えるかもしれない」


「ふーん。それだけ?」


「〝チカ・フィッシュ〟はこの街の今を揺るがしているクスリだ。人間に投与される前に手にできて良かった。蛟劉の手に渡ることだけは阻止しなければいけなかったからな」



 俺はチカ街デスマッチに勝利し、〝チカ・フィッシュ〟を手にして地上に上がってきた。妖刀使いと影武者がいれば敵は居ない。宇宙最強コンビ。やっぱり俺は地下より地上が良いな。地球の空気最高。



 外は変わらず。夏で、暑い。



 地上に上がると迎えが来て、俺は涼しい車内に。



「それで?蛟劉って結局何者だよ。もったいぶらずに教えてくれ」


 成哉はトランシーバーを片手に持ち、どこか外を注視している。スマホのネット通信だと悟られる危険性がある相手らしい。いや、そんなことより。


「おしえてよー」


「自分で考えなかったのか」


「いやー、さすがに分からないって」


「仕方ないやつだな」


 成哉は目線を変えずにクールに冷えた声で話す。


「ブラックバイツにやられた時の奴らの取引相手を覚えているか」


「ああ。確か、俺たちの取引相手の情報を手に入れるために、ブラックバイツは超目立つ暴力的窃盗をしたんだったな。その情報を売り渡した相手は道外に。してやられたって事件だった」


「そうだ。そのブラックバイツが売り渡した相手。それが蛟劉だ。その名の通り中華系。拠点はケニア。多くのケニア人がミャンマーで特殊詐欺をして捕まっているニュースが良く流れるが、それは下っ端。特殊詐欺工作員ケニア人を従える中華系幹部で構成されている犯罪組織。それが蛟劉。そういう事だ」


「なるほど。それで、そいつらと〝チカ・フィッシュ〟がどう関係しているんだ?」


「蛟劉同様、ブラックバイツの拠点は日本だけじゃない。他の国にもある。しかしアフリカには無いらしい。そこに拠点を置く蛟劉と関係を結びたいのだろう。事業拡大というより万が一に備えて拠点を分散させておきたいという所だろ。リスクヘッジはどの業界でも基本だ。蛟劉はブラックバイツにその取引材料としてこのクスリを求めた」


「どうやって蛟劉は日本に〝チカ・フィッシュ〟があるって知ったんだ?」


「バカかお前。蛟劉はブラックバイツから俺たちの取引相手の情報を手に入れているだろ。〝チカ・フィッシュ〟を持っているのは〝シン・トルレ・ホロ・ノリア〟。リバーサイドのお友達。お得意様だ。だからデスマッチが行われた」


「?どういうこと?」


「まだ分からんのか。お前は敵の血液が人間の血液じゃないと見抜いただろ」


「いや、地球人じゃないかもしれないとは言ったけど。それが、なんで?」


「あほか。常識的に考えろよ。地球がいくつもあってたまるか。宇宙エネルギーでクスリが出来るか。全部嘘だ。やらせだ。シン・トルレは最初から俺達サイドなんだぞ。コンフィデンスマンだと分からなかったのか。エスエフも多世界解釈あるわけねぇだろ。あるのは暴力と薬物と金と人間だ。この街でこれは変わらない。よく知っているだろ」


「まあ、それはそうだけど」


「デスマッチは隠れ蓑だ。蛟劉は手に入れた情報を使いシン・トルレを探した。〝すすきの〟の地下で恒常的にデスマッチが行われており、その主催者がシン・トルレで景品が〝チカ・フィッシュ〟だと情報を掴んだ。掴ませた。俺様とトルレが共謀して流した情報だ。賭博と薬物の売買と金と取引。死体が積み上がっているのを確認した蛟劉は疑わなかった。言っただろ。お前が戦った二人目は蛟劉だと。他はサクラだ。死んだように見せかけただけ。人は死んでいない。お前は人殺しではない。良かったな」


「えっ、本当に?」 


「俺様が冗談を言ったり、嘘を付く人間だと思うか」


「思わない」


「そういう事だ」


 なんだよ。もっと早く言ってよ、情緒乱れて不採用だよ。めっちゃ苦しかったんだけど。まあ、良かった。殺していなくて。


「シン・トルレは詐欺集団だ。そういう事は何でもうまくやるさ。電話をして息子を名乗って金を取る詐欺ではなく、有名団体やら有名人やらをスケールとストーリーで全て騙す。デスマッチは蛟劉を騙すための舞台だ。蛟劉に、〝チカ・フィッシュ〟が狙われていることをシン・トルレには俺様が教えた。これも取引だ」


 複雑だな。世の中は単純じゃないってことか。


「エスエフとか、宇宙と地球が幾つもあると設定したのは蛟劉の地域では有名な話だからだ。日本とは価値観も信仰も違う。日本人が小馬鹿にして信じない事も、信じて疑わない人間が他の場所にいても何もおかしなことではない。そういう事だ」


 既に撤収済み。跡形もないだろう。成哉はそう言った。


「それで?何を待っているの」


「〝チカ・フィッシュ〟は俺たちが手に入れたことになっている。標的は変わった。蛟劉は俺達を血眼になって探している。下っ端は見つかるんだが、幹部がまだ見つからなくてな。痺れを切らして出てくるはずなんだが」


 ああ、そういう事か。ようやく分かった。成哉が俺に地下のデスマッチに参加しろと言った意味が。やはり複雑。


「来た。いけ」


 成哉が合図を出す。どうやら相手が見つかったらしい。


 蛟劉はブラックバイツと取引を行った。要求されたクスリを求めてブラックバイツは〝すすきの〟に。中々尻尾を出さないシン・トルレを追っている内に、雁来成哉に当たったので利用した。ブラックバイツはシン・トルレの情報を持って蛟劉に報告。


 嵌められたリバーサイドとしてはこのままでは終われない。シン・トルレに相手の狙いや動いている人間などの情報を流す。手を組み、デスマッチという舞台を作り上げて今度は相手を嵌める。そう言えば、外貨がそろそろ欲しい頃合いだとうちのボスは言っていたな。後始末はいつも通りだろう。ヒグマの巣穴に採取したスズメバチの巣と共に放り込まれるのが最近のブーム。アフリカとはまた違う、日本の大自然を満喫できるだろうよ。



 世界の真実が世の中の真実とは限らない。物語の真相が人間の物語を語っているとは限らない。目の前のトラブルと相手を見誤るのはオーガナイザーとしては浅い思考だと教えてくれる一件だった。


 〝すすきの〟も見てくれに騙されてはあっという間にぼったくられる街だ。見えている景色の裏側が見ることができるように、朱色のテレビ塔に登って、赤い観覧車に乗って上から見渡す事にするかな。


 とりあえず、リバーサイドが蛟劉を拉致する様子を見届けて、これで今回の一件は終わりとする。



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