目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

茨戸創02

 ここからは中学生の話……を飛ばして高校生の話である。朝ドラでもよくあるだろう。やがて季節は秋になり、年は明けて受験の時が来て、それから二年が過ぎて卒業式です。意味の無い時間は語られない。


 雁来成哉とタカ(当時は鷹宗一)と出会ったのは高校生の時だが、三人とも同じ高校ではない。俺は平凡高校、成哉は偏差値最高超進学校、タカは偏差値最低超エフラン高校。では、どこで出会ったのか。俺達三人は、すすきの児童養護アソシエーションという共通点がある。


 ここまでの20話で時々思い出したように「雁来成哉とタカとは高校の時からの付き合いだ」みたいな事を書いてきたが、実際に会っていたのは高校生としてではなく〝すすきの児童擁護アソシエーション〟という場所で顔を会わせていた。互いにあまり話をしなかったので、成哉に声を掛けられるまではただの顔見知りに留まっていたけれども。


 そこは第二の家、家族……みたいな表現なら一般的に通用するだろうか。俺たちにとっては家というより、義務教育を終えるための学校だったけど。もちろん、正式には学校ではない。


 学校生活や家庭事情で追いやられた子どもが義務教育を与えられたり、失った居場所となる場所だった。今でいうフリースクールだといえば、それで令和の人間には通じるだろうか。違うけどな。子供会といえば地域の人間には聞こえがいいだろうけど、そんな生ぬるいものではない。


 そこに通う子供たちは互いに話をしない。仲良くはしない。最低限の礼儀と常識を学ぶ場所なのだ。家庭環境が劣悪だと歯を磨く習慣がない事例は定番メニュー。読み書きが出来ない子供も多い。そういう最低限を、日本国における最低限を学ぶ場所なのだ。友達をつくる場所ではない。でも、ギスギスはしていない。無関心なだけなのだ。自分の椅子だけ確保して、他の椅子には話しかけない。無干渉。この環境だから、皆次の生活へ進む事ができる。知らなかった小学校や中学校の常識を、その過程が義務教育と呼ばれている事も。そして、その後高校進学する子供がとても多い事も。俺は高校進学が当たり前だという事は知らなかった。教えなかったのは何か大人の事情、配慮だったのかもしれないがそれぐらいは教えてほしかった。もしも俺がこの場所に通ってい無かったら、きっとそのまま最低賃金以下で毎日10時間以上働いていただろう。人生をやり直すと言うことは、違う人間関係を作ることではない。それでは繰り返すだけで、本人は苦痛から逃れられない。それでは作り直せない。例え生まれてから数年の命であったとしても。


 「人生をやり直す」と言うと、お涙頂戴に聞こえてしまうだろうが、「人生を作り直す」といえば一般人間には良くわからなくなるだろうと思い、ここではコレを採用する。


 「人生を作り直す」


 人生には選択肢が幾つも存在し、学校だけがすべてでは無いよと逃げ道にもならない逃げ道を提示する人間の指をへし折りながら歩き出す。作り直す。作り直すのは己か、生活か、人生か。ああ、この場合はきっとどれにも当てはまらず、どれもが正解なのだ。他人には理解できないであろう概念を、この場合は求めたい。共感も、憐れみも、同情もこの場合はいらない。淡々と語っていく。


〝すすきの児童擁護アソシエーション〟で義務教育終了という実績を確保した俺は、世の常識に倣って思考停止で高校に進学した。学力は平均マイナス1くらいだったので、偏差値平均付近の高校になった。もちろん、私立でも公立でも無い。〝すすきの児童擁護アソシエーション〟傘下の高校だ。場所は綺麗なビルの二十一階。少し低いタワマンに近い。


 昼間はそこで勉学に励むものの、学力が乏しいためアホみたいに口を開けて過ごす。放課後は〝すすきの児童擁護アソシエーション〟の本部施設に足を運んで本を読んだ。自分が座っていても問題ない場所というのは、それだけで落ち着くのだ。育ての親には感謝もして、愛情も受け取って、とても良くしてもらっているが、遠慮がゼロになることは無い。今は3/100くらいの数値。


 夕食ごろになったら家に帰り、育ての親と飯を食べた。テレビを見たり風呂に入ったり温かい布団で眠った。成哉とタカ。この二人とはその夕方の本施設で出会った。フリースペースで本を読んでいた時に声を掛けられたのだ。冷たくクールな声を聞いたのは、この時が最初だ。



「茨戸創、と名前を聞いた。間違いないか」


「そうだけど」


「〝薄野レジスタンス〟に入れ」


 〝薄野レジスタンス〟は〝すすきのリバーサイドボーイズ・ガールズ〟の前身組織。俺が最初に誘われたガキ共の集まり。名前はこんなダサい名前だった。今もダサいけど。


「どうして?」


「お前は優れた洞察力を持っている。次の作戦には、優秀な参謀が必要だ。今の組織にいる人間では不十分。頭が良いだけでは不十分なんだよ」


「どうして俺の洞察力が高いって分かったんだ?」


「ここに通っている高校生を助けていたろ。見ていた。館長に酷く褒められていたじゃないか」


「ああ、そんな事もあったな」


「ネットでロマンス詐欺に引っ掛かり、騙されそうになった事案だ。不干渉が基本となるこの空間でさえ、お前は見ていられなかったんだろ。ロマンス詐欺をやった女の裏には半グレ組織がいて、半グレが多くの女を雇って組織的に女に仕事を与えて報酬を与える形で犯行が行われていたひとつの事案に過ぎないと、僅かな時間で見抜いただろ。あれは普通の人間には分からない領域だ。敏腕刑事でも無理だ」


「ああ、そうだっけ」


「お前のチカラが必要だ」


「ええと、雁来成哉だっけ?」


「ああ、そうだ」


「それじゃあ聞くけどさ、お前らのことは噂で聞いているけどさ、つまりお前らは不良グループなんだろ?それは、気が進まない。俺を巻き込むなよ。他所を当たってくれ」


「不良グループというのは、それはそうかもしれない。外部からの俺達の認識は不良グループで一生変わることはないだろう。俺も最初、加入前の外側の人間だった頃はその認識のひとりだった。加入し、全てのバカを殴り倒して頂点に立ったが、その偏見が無くなることはないだろう事は覚悟している。だからこそ、俺はこのガキ共を変えなければいけない。この街の全てに居場所と責務を与えるための組織に作り変えて、俺はこの街のトップに立つ」


「へぇ、なんとも。理想が高いこと」


「お前のチカラが必要だ。二度も言わせるな」


 俺はおもしろいやつだと思った。だから手を取って握手をした。


「そうだな……まあ、一回だけならいいか」


 この時、俺が成哉の手を取ったのはそれが俺にとって初めての事だったからだ。俺を求めてくれた事。俺を認めてくれた事。こんな場所で、仲良しも、切磋琢磨も、会話すらまともにない空間で、俺に声を掛けてくれた事。嬉しかったのだ。



 それから俺は成哉と手を組み、〝薄野レジスタンス〟で活動した。このレジスタンスで活動中にタカと出会った。タカは武力部隊において最強の強さを誇り、〝薄野レジスタンス〟の敵から常に警戒されている悪ガキ。敵を睨みつけ、「けっ」と一瞥していきなり殴りかかる。あと、この時からスモーカーだった。良い子は真似してはいけないよ、と前置いて追述するとこの時タカは既にタバコに手を出している。



 ガキ共のトップ、成哉。武力部隊を率いる不良、タカ。冴える洞察力を持つ参謀、茨戸創。活動を共にするこの三人は自然と話す機会が増え、認め合って友達になった。仲間に近い友人。



喧嘩はタカから教わった。

勉強は成哉から教わった。

成哉は言うまでもなく、とびきり優秀で。

タカは言うまでもなく、とびきり不良で。

俺は才も腕も無く、とても平坦で。平凡にも成れない、平坦で。だから置いていかれないように必死に知恵を回した。それが今に活きている。



 成哉に買われたから俺は走り回るようになった。タカが味方だったからこそ、豊平川の河川敷で殴り合っても負ける気がしなかった。それから、ふたりとも各々の高校を中退していなくなってしまった。俺はまた、ひとりになった。


 ひとりはこの世の不条理に抗い覆すためにIT企業を立ち上げ、ガキ共を率いて頂点へ。ひとりはこの世の不条理を睨みつけて殴り倒すために裏の社会へ。どちらも止めることは出来なかった。俺は中途半端に残った学力と喧嘩のやり方だけを握り潰して二年後に高校を卒業した。ふたりの居ない高校生活の二年間なんて、それこそ語る意味を持たない。


 高校卒業後、職が安定しない俺に声が掛かった。懐かしい冷たい声だった。夏を凍らせる冷たい声。その日も、うなだれるような、意識が朦朧とするような暑い日だったと思う。あれは確か2016年だっただろうか。大谷翔平のDH解除、日本一を見た年だったと思うから、たぶんそうだと思う。次は茨戸久瑠美との出会いを話す。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?