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第五話 捲土重来(けんどちょうらい)

 わたしは佑樹から連絡をもらった後、すぐに実家に電話をかけた。


 しかし沢村さんの居場所はようとして知れない。やはり村には戻ってはいなかったようだ。


 それはそうだ、戻る理由がない。忘れ物?疲労困憊の身体にムチ打ってまで、取りに戻るような忘れ物などあろうはずもない。一週間もすれば嫌でも撮影で現地に戻らなければならないのだから。


 どういうことだろう。


 一瞬、車の屋根にうずくまっていたという女の話が頭をよぎる。全身の肌が総毛立った。そんな・・・・・・まさかすず江?いやそんなはずはない。


 祠はちゃんと直したはずだし、お酒だってお供えしてきた。礼は尽くしたはずだ。それにそもそも祠の扉を開けてはいないから封印は解かれていない。


※※※


「ということで、この企画をこのまま進めるのはいかがなものかと・・・・・・」


 週始めの会議室。佑樹が発言した。


「それで、沢村とまだ連絡つかないのか」プロデューサーの田邊が言う。


「ありません。今朝ご家族から警察に捜索願いが出されたそうです」


「ひとつよろしいでしょうか」墨田すみれが手をあげた。


「なんだね」


「そもそもプロデューサー。この企画を立案したのはどういう状況からでしたっけ?」


「なんだよ。だからこの前に言った通りだよ。突然テレビ画面に因習村の特集が映ったって」


「それ、企画会議の前日の夜でしたよね?」


「ああそうだ」


「わたし調べてみたんです。あの晩どこにもそんな放送を流した局はありませんでした」


「悪い。実はよく覚えていないんだ。酔っていたしな。ユーチューブだったのかもしれない。まあ、どちらにしてもカメラマンの沢村がいないんじゃあ神谷がカメラ回すしかないだろう」


 わたしは思わず声を上げていた。


「やるんですか。撮影・・・・・・。じつはもう一枚ロケハンの画像を集めたレポートがあるんです」


 わたしは例の祠を撮影した風景写真だけを集めたワン・ペーパーを全員に配布した。


「これがどうしたんだね?」田邊が渡されたペーパーを眺める。


「よく見て下さい。所どころ画像が歪んでみえますよね」


「なっちゃんの腕が悪いからだろう」音声の篠田がニヤニヤしながら紙でひらひらと顔を仰いでいる。


「そうじゃないんです。その紙を上下逆さまにして、下から斜めにのぞいてみてください」


 全員がコピー用紙をぐるりと回転させた。まるで大工がカンナの刃でも確認するかのように片目ではすに構えて印刷物を凝視する。


「きゃっ」ふいに墨田すみれが悲鳴をあげた。「これ・・・・・・女のひとの顔・・・・・・じゃないですか」


「うわっ」全員が手に持った紙を放りだした。


「神谷ディレクター」わたしは佑樹を見た。佑樹は観念したように肯いた。「実はロケハン中にわたしの不注意で事故を起こしまして、少しだけ祠を壊してしまったのです」


「それで沢村さんたたられちゃったってわけ?」豊田映子が震える声で言った。「だいじょうぶなの、この企画」


「祠の呪いとかと言われるとわかりません。でも、まったく無関係とも言い切れません。だから沢村さんの無事が確認されるまではこの企画、ボツにした方がいいと思います」


「ちょっと待った」田邊が遮った。「これは因習村の呪いということだろう。そっちの方がただのレポートよりよっぽど数字がとれそうじゃないか」


「しかし田邊さん」佑樹が辟易した顔をする。


「スピルバーグの『ポルターガイスト』って映画知ってるか?映画公開後に出演者が次々と謎の死を遂げたんだ。それが話題になって映画も大ヒットした。沢村には悪いが、これは我々にとって一種のチャンスかもしれない。きみたちもテレビマンとしてそう思わないか?」


 たしかに一理はある。わたしたちの仕事は視聴率の上に成り立っている。でも仲間の誰かを犠牲にしてまでそれを遂行すべきだろうか。


「とりあえず、企画を『因習村の呪い』ということに変更する。おれはスポンサーに掛け合ってくるから全員そのつもりで仕事を続けてくれ。それじゃあ解散だ」


 全員が席を立つ。


「あの田邊さん」


 佑樹がプロデューサーを引き留める。


「なんだ?」


「沢村さんの居場所が分かったら取材に行っていいですか。何があったのか本人から直接訊きたいんです」


「いいとも。そのときカメラを積んで行くのを忘れるなよ」


 その日わたしはいつものように本番の撮影の準備にとりかかった。


 新幹線の切符と宿の手配。小物の準備。ティッシュ、虫除けと除菌スプレー、ペットボトルのお茶を一ダース。

 そして備品室からスタッフとタレント用のパイプ椅子に簡易テーブルを引っ張り出す。なにしろ沢村さんが備品を積んだワンボックスカーごと消えてしまったのだから仕方がない。


「なっちゃん」


 備品室のドアの前に墨田すみれが佇んでいた。


「すーちゃんどうしたの?」


「わたし今日、会議のコーヒーを頼んだのよ」


 ビルの一階には喫茶が併設してある。会議のときにはいつも会議室まで出前をしてくれるので重宝なのだ。


「うん。会議早くおわっちゃったから無駄になっちゃったね。あたしもらうよ」


「ちがうの。なんかおかしいの」


「なにが?」


「数がひとつ多いのよ」


「お店が間違えたんじゃない。あ、それ沢村さんの分とか」


「ちゃんと会議の前に数えたのよ。でもそのときには間違いなく七人いたんだもの・・・・・・」


「七人・・・・・・?」


 わたしはすーちゃんの指を見た。何かにおびえているように震えていた。

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