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第七話 鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)

「なぜなんだろう?」佑樹は自分のSUVを運転しながら言った。「祠の封印は解いていないはずなのに」


「沢村さんが修繕するときに、過って剥がしちゃったってことはないからしら」


「それはないね。ぼくがずっと見ていたから。封印には指一本触れていなかったはずだ」


「じゃあどうして・・・・・・。祠の中になにか差し入れたのかしら。ガムとかチョコレートとか」


「それもないと思うよ。第一そんなものをわざわざ取りに戻るか?」


「そうよねえ」


「確かすーちゃん霊感があるとか言ってたよな。彼女にも同行してもらえばよかった」


「だめよ。彼女コーヒーの件で、すっごくおびえてたんだから」


「きみもね」


「コーヒーとあれとじゃレベルが違うわよ」


「本当に見たの。女の足?」


 わたしはこっくりと肯いた。あれは確かに女のひとの足だった。ほっそりとしていて、青白くて・・・・・・生きた人間の足ではなかった。もしもあの時わたしが顔をあげていたら、きっと失神してしまっていただろう。


 SUVは滑るようにしてインターを降りて行った。わたしたちはまず郷土資料館を訪れることにした。途中のサービスエリアでたっぷり休憩を取ったおかげで、ちょうど図書館が開館する時間になっていたのだ。


 県警に行くまえに、あの祠についてもっと情報を得ておきたかった。なにかが隠されているような気がしてならなかったのだ。


 わたしたちは入館手続きを済ませ、事情を話して係員にそれらしい資料を集めてもらった。


 資料はいたって簡素なものだった。地元の郷土史研究家が調査収集した手記と、新聞記事ぐらいなものである。


 わたしはカメラを回し始めた。ドキュメンタリーフィルムにするためだ。


 新聞によると行方不明になった女性の名前は田邊すず江(二十二歳)。田邊、偶然にもプロデューサーと同じ苗字。

 犯人とされる男の名前は見嶋猛志みしまたけし(三十五歳)。農家のせがれだった。

 当時の風習とはいえ、強姦したあげくに誘拐して婚姻を強要するのは法律的には有罪であったが、被害者不在のため不起訴になっている。


 郷土史研究家の手記によれば、その後この村に起きた数々の災いを鑑みるにつけ、噂の域を脱しないことではあるが、すず江は猛志によって使われていない古井戸に隠匿された可能性が強いと書かれていた。


 なぜならば、祠は現在ある場所ではなくその昔は別の場所にまつられていた。それを、誰かが井戸の上に移動したことにより災いが収まったという言い伝えがあるからだった。

 戦後の混沌とした時代のことである。井戸の底までは捜査が及ばなかった可能性が高い。


「なるほどそういうことか」佑樹が肯いた。


「つまりあそこにはすず江さんが今でも眠っているってこと?」


「きっとそうに違いない。あの祠の封印は本来、別の目的で貼られていたんだ」


「それじゃあ」


「うん。祠を横にずらしたことがすず江の封印を解いたことになったんだろう」


「じゃあやっぱりわたしがいけなかったの?」


「そうとも限らない。この写真」


 何かの切り抜きだろうか。手記には時間が経過してぼんやりとはしていたが、すず江の写真の隣に見嶋の写真も並べられていた。坊主頭で太った男・・・・・・どことなく沢村に容姿が似ていた。


「そんな」カメラがぶれる。わたしは思わず叫びそうになり口を掌でおさえた。


「それじゃあ、すず江さんは見嶋に復讐するために沢村さんを引き戻したと」


「あり得るね。だけどこれ・・・・・・」佑樹がさらにもう一枚の古い写真を指さした。「すず江さんの婚約者の写真らしい。見嶋殺しで容疑をかけられたと書いてある」


 わたしはその一枚の写真にピントを合わせる。そしてまたもや声をあげそうになった。そこには佑樹の容姿にそっくりな青年が写っていたからだ。


「なっちゃん。もしもきみの前にすず江さんが現われたとしたならば、それはフィアンセを横取りされた恨みを晴らそうとしていたのかもしれない」


「どうすればいいの?」


「ぼくたちふたりで彼女をさがし出して供養してあげたい」


「本気なの」


「ああこれから行こう」


 わたしたちは資料館を後にした。例の祠に到着すると、佑樹はSUVから登山用のザイルを取り出すと、祠にくくりつけSUVで移動しはじめた。


「何が役に立つか分からんな」


 佑樹は大学時代ロック・クライミングをやっていたのだ。祠はズリズリと音を立てて動きはじめた。その跡に、例の鉄板があらわれる。


 佑樹は今度はピッケルを持ち出して、テコの要領で鉄板を持ち上げては板を少しずつずらしていった。何度かそれを繰り返すと、土が崩れて人がひとり入れるぐらいの小ぶりな丸い穴が現われた。この真っ暗な穴の底にすず江がいる?


 佑樹は小石を井戸の中に放り込む。枯れているのだろう。小石が落ちた音しかしなかった。しかも思ったより深くはさそうだ。


 佑樹はゴム付き軍手のまま電灯付きのヘルメットを被る。そしてSUVにくくりつけたザイルをのばした。


「ぼくが合図をしたら車をゆっくりバックさせてくれ」


「だいじょうぶなの?」


「まかせておけって。彼女はぼくには何もしないはずだろ」


「わかったわ。成仏させてあげないとね」


 数分後、井戸の底から佑樹の声が聞こえてきた。「上げてくれ!」


 わたしは慎重にSUVをバックさせた。すず江さんお願い。この前みたいに意地悪しないで。


 佑樹が上がってくる。息が上がって肩で息をついている。


「どうだった?」


「これ」


 腰に下げた布製の袋の口を拡げてみせた。中には茶褐色に変色した明からに人骨と思われるものが入っていた。


 わたしはなぜかふいにそのうちのひとつを指でつまんだ。


「なっちゃん?」


 そして何も考えずにそれを口に含んでいた。

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